第7話 まずは日常を楽しもう

 明平たちが転校してから早くも一週間が経った。

「やっほー、君たちー。ここの生活には慣れてきた頃かーい?」

「まあ、そうですね。ぼちぼち……」

 廊下を歩く彼に話しかけてきたのは一人の生徒。

 歩く冷凍庫にして陽気なS級超能力者、これまで全校生徒五人の中でも五本の指に入る者として生徒会を導いてきた者……

 そう、雪見氷華は気遣いのできる人間である。

 今日も東京から来たばかりの二人の転校生たちに、興味本……コミュニケーションの機会を増やそうと頑張っている。

「そっかそっかー、それは良かったねー。あたしは安心したよー。」

 本当に良い話である。明平は校内と寮にある便所の場所をほとんど把握しているし、校内の生徒全員と顔見知りなのだ。一週間のうちに、普通の高校生にしては大きな成長を遂げている。

「まあ、皆が同じ教室で授業を受けるっていうのは、なかなか慣れませんね。」

「私も同感です。」

 天降も会話に入ってきた。

「あっははー、そうだねー、寝ようと思っても寝れないねー。」

 生徒が少ないという理由で、授業に関してもこの学校は変わった方式を採っている。全員が一箇所の教室で、それぞれの学年ごとに異なる勉強をするのだ。

「いやー、君たちが来てくれたおかげで、霞と一緒に同じ勉強をする人ができたよ。よかった、よかった。」

「そう言えば、以前は一年生は霞さん一人だけだったんですよね。ちょっと寂しそうです。」

 同情を寄せる天降に、氷華が大きく頷く。

「うんうん。霞はいつも、寂しそうにしてたよー。けど今は君たちがいるおかげで、少しはその気持ちが和らいだかもね。」

「俺からしたら、最初に会った時と大して変わらないように見えますけど……」

 まあ、そもそも明平は「おはよう」と「さようなら」くらいしか彼女と話さないのだが……

「分かるんだよ。姉妹だからねー。」

 そう言った彼女の微笑みからは、強く優しい姉としての面影がにじみ出ていた。

「私にも分かります!」

 珍しく、少々はしゃぐような様子で天降が言った。

「そうだねー。神子ちゃんには結構懐いてるからねー。」

 そう、天降は明平を差し置いて、予想以上の速さで霞との距離を縮めているのだ。

「明平くんも、頼んだよー。同学年の子はこれから長い間一緒に過ごすんだから、仲良くなっておいた方がいいよー。」

「確かに、そうですね……」

「それに、あの子のためにも……」

 氷華はまた、姉としての温かい表情でそう言いかけて、途中でやめた。


「よーし、次は体育だー。張り切っていこーっ!」


 先程の言葉を紛らわすような明るい声が廊下に響く。

 言われたからには、挨拶だけでなく雑談に挑戦してみようかと、明平は彼女らと歩きながらあれこれ考えていた。

 高校時代の友情は、その後も長く続くと聞く。もう二度と東京に戻ることはできないのだろうから、ここで良い友人関係を作らねば、と明平は意気込んだ。




 その日の放課後。

「いやー、今日も来てくれてうれしいよー。」

 書類の整理をする氷室の隣で、雪見氷華は目を輝かせた。妹や他のメンバーたちは三人で何かを話し合っている。

 明平と天降は放課後の生徒会室に呼び出されていた。

「でも、俺たち特に仕事とかやってないですよ?」

「いいのいいのー。君たちは役員じゃないんだから、仕事を押し付けるわけにはいかないよー。」 

 「それよりも」と言って氷華は目を輝かせ、食い気味に二人の顔を見つめた。

「あたし、文化祭をやってみたいんだよ。」

 彼女によれば、この高校には文化祭がないそうだ。理由はもちろん、人数不足である。

「そういうわけで、あたしも、他の皆も、一度も文化祭を経験しないで卒業しちゃうのはもったいないと思ってさ。」

「いいですね!」

 天降が隣で賛同の声を上げる。

「俺も賛成です。一度は高校の文化祭に参加しておきたいですから。」

「お! いいねいいね、楽しくなってきたよー!」

「では、具体的に何をやりましょうか? 七人だけでは、出来ることが限られますからね。」

 考え込む天降に、氷華がぱっと手を挙げて答える。

「はいはーい、実は昨日から解決策を考えていたんですよー。」

「やる気満々ですね。」

「そら当然よー! あたしの作戦は……」

 まるで重大発表でもするかのように間を空けてから彼女は言った。

「大学の文化祭に参加するんだよ!」


「確かにそれなら規模が大きいですから、人数の問題は関係なくなりますし、私達も十分楽しめますね。」

 氷華の意見は、同じ敷地内にある北海道国立大学の文化祭に参加して模擬店を出すという内容だった。

「そうでしょ、そうでしょー? 敷地が同じだから、きっと何らかのコネがあるはずだよ。ムロランもそう思うでしょ?」

 氷室が顔を上げて氷華の方を見た。どうやらムロランというのは彼女のあだ名らしい。

「良い案だと思う。だが、そこまで容易に許可を出してくれるだろうか……。」

「まあまあ、そんなに心配しないで大丈夫。あたしの交渉術なら、北国大きたぐにだいのおエライさん達を納得させられるから。」

 文化祭を楽しみにしていなさい、と言って彼女は早速交渉の準備に取り掛かった。

 向こうで作業をしていた他の三人は彼女の宣言を聞いて、初めての文化祭に期待を寄せ喜びの声を上げた。

 ただ一人、氷室と同じように不安げな表情をしていた雪見霞を除いて……。




 その夜、明平は寮でいつも通り暇を潰していた。

 やることといえば、支給されたスマホでネットサーフィンをするくらいなのだが。

「ゲーム機とかがあればなあ……。でも、バイトは禁止だし。」

 そんなことをつぶやいているうちに、今日の放課後のことを思い出した。

「文化祭、どんな店を出すのかな。中学の時は屋台とかなかったから、ちょっと気になるなぁ、どんな感じなのか。」


 と、その時、外から奇妙な音が聞こえてきた。

 先程の呑気な考え事をしていたときとは一転。彼の脳内はあっという間に恐怖に支配された。

 ガサガサと雑草を掻き分ける音がして、不気味な音は彼の部屋の窓の前で止まった。

「何だ、泥棒か? でも、学生寮なんかに入ったところで大したものは……。」

 幸い女子たちは二階の部屋にいるので危険はない。しかし、侵入されるのは時間の問題だ。ここで怯えて待っていても仕方がない。

「よし……。」

 彼はほんの少ししかない勇気を振り絞り、カーテンに手をかけた。大声を上げて脅かしてやれば、泥棒は怯んで逃げていくだろうという算段だ。

 心の中で、三、二、と数えた。

 そしていちを刻んだとき、彼は今までにないほど大きな声で叫んだ。


「どろぼぉぉぉーっ!!!」

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