第6話 気分は転校生

「着いたよー、といってもまだ門の前だけどね。」

 そう、この学校は敷地の広さ故、門に到着してからも教室に行くまで時間がかかるというわけだ。つまり、遅刻寸前で門の前に来たからといって、「セーフ」なんて油断することは決してできないのである。

「二人とも、この自転車に乗ってねー。」

 門をまたいですぐのところに止めてある二台の自転車を、彼女は指さした。

 構内を歩きで移動するのは、時間がかかりすぎるらしい。 

「雪見先輩の自転車は、どこか別のところに止めてあるのですか?」

 天降は辺りを見回しながら言った。

「ごめんごめん、流石に三台運んでくるのはキツくてねー。君たちは二人で、お願い。」


 


 高校生男女が自転車に二人乗りしている。まさに青春の象徴たる光景だ。

 前にN○Kの朝のドラマかなんかで見たような光景だ、と明平は自分の腰にまわる腕と背中に当たるモノの柔らかな感触に心を躍らせながら、そう思った。

「明平君、大丈夫ですか、重くないですか?」

 前から浴びる心地よい風をのけるように、後ろから天降の声がする。

「大丈夫だよ……余裕余裕。」

 そう言いながらも、実は結構重い。

 いや別に、天降が太っているとか、そういうわけじゃなくて。

 テレビでよく見る、軽々自転車をこいで二人乗りするシーンは幻想に過ぎないのだ。ヒト一人を運ぶのだから、当然ペダルは重くなる。

「私服の人が、多いですね……」

 重い自転車をこいでいるとはいえ、会話をするくらいの余裕はある。

「そうだよー。同じ敷地に大学もあるからねー。……というか、そもそも大学がメインなんだけどね。」

 雪見の話によれば、北海道国立高校はもともとあった大学の校舎の一部を利用して設置されたものらしい。なんでも、一期生から人数が少なかったため、そのような方法をとったのだそうだ。

「まあ、生徒数が少ないのは今でも変わらないけどねー。だからここの大学に通ってる人でも、北高生の存在に気付かないことが多いんだよ。」

「気づかないとは、どういうことなのですか?」

 背後で髪をなびかせながら、天降が訊いた。

「いやあ、ほら、人数がすごく少ないせいで、制服を見てもそれが北高のだって分からない人が多いみたい。大体いつも、どこかの高校生がキャンパスの見学に来たんだろうって思われるんだよ。」

「そんなに、少ないのですか?」

「うーん、全校生徒合わせて五人だからねえ……。みんなが生徒会役員やってる変な状態だよ。普通の高校だったらとっくに閉校してるねー。」

「そこまで少ないと……ちょっと寂しいですね……。」

「まあ、休み時間に廊下が静かなのは、寂しいねー。でもみんな友達だから、一人ぼっちになるなんてことはないよ。」

「それはよかったです。」

 後ろにいる天降はきっと笑顔でそう言ったのだろう。


「お、もうすぐ着くよー。」


 三階建ての小綺麗な建物……よりも先に目に入ったのは、文字が大きく書かれた横長の模造紙を持つ四人の女子の姿だった。


『よ う こ そ ! 東 京 の み な さ ん』


 ツアー客をもてなすわけでもないのに、「みなさん」と書くほどの大袈裟っぷりである。

 四人のうち二人が、興味津々な目でこちらを見ては、東京人を見た感想を言い合って盛り上がっている。

「あはは、東京からの転校生って聞いて、みんな大騒ぎでねー。」

 雪見が少々恥ずかしそうに微笑んだ。

 明平と天降が自転車を降りると、一番右で模造紙を持っていた人が近づいてきた。

 盛り上がっていた人たち方の生徒である。

 身長が高く、切れ長の目をこちらに向けながら淡々と話し始めた。

「こんにちは。私は生徒会副会長の三年生、氷室蘭ひむろ らんだ。よろしく。向こうにいるのはそれぞれ、二年の書記、波留萌なみどめ もえ、同じく二年、会計の冴苫小牧さえとま こまき、そして一年庶務の雪見霞ゆきみ かすみだ。」

「『雪見』さんということは……氷華さんの妹さんですか?」

 天降が訊ねた。

「そうだよー。あたしの妹。仲良くしてあげてね。」

「はい! 氷華さんの妹さんなら、すぐにお友達になれそうです。」

 当の妹本人は、他の二人と「ようこそ東京のみなさん」を片付けながらこちらの様子をおずおずと窺っているだけだった。




「じゃあ、初めて来た二人に、この学校のこととか、今後のことについて色々伝えるね。」

 校舎の中を簡単に案内された後、生徒会室で長机を囲んだ会議が始まった。

 お出迎えの時から盛り上がっていた波留と冴苫は、今もなお興奮を隠せない様子でこちらを熱心に観察していた。

 明平は期待と不安に翻弄される転校生のあの心情を、初めて噛みしめることとなった。

「まず、君たちはどんな理由でここに来たのか、知ってるかな?」

 真剣な顔つきに変わった氷華が、二人に訊ねた。

「え、えっと、天降さんが俺を助けようとして、色々あって……。」

「それは表向きの理由ね。」

 ?を顔に浮かべた二人に、氷華はずずずいっと身を乗り出して説明を始めた。

「まあ、これはあたしの憶測にすぎないんだけどね……」

 どうやらこの地は超能力がらみの海外組織の侵入がたびたび起こるらしく、彼女らは有事の際に防衛網として活動しなければならないそうだ。

 おいおい、いきなり北に飛ばされたかと思ったら、軍事行動のお手伝いをしなきゃいけないなんて、聞いてないよそんなこと。

 ただでさえ女子しかいなくて、この先みんなと上手くやっていけるか心配してるのに、さらに大きな問題を押し付けられるだなんて。

 彼の心の天秤は、一気に不安に傾いた。

 まあ、それはそうとして、話に戻ろう……。

 普通の人間よりは強い超能力者が揃っているとはいえ、ここにいるのはたったの五人。

 戦力に不安があるため、彼女らは中央理事会に何度も増員の希望を出していたらしい。

 何度申請しても、「受理されました」という返答のみ。だが彼女らは、郵便ポストの投函口のメッキが剥げるまで請願書を送り続けたそうだ。

 そしたらなんと、東京で学校をぶっ壊したコンビが転校してきたそうだ……


 あきらめないことって、大事だね!


「一応、『北方奉行ノーザン・マギストレート』なんて組織名だけはついてるんだけどね。ネーミングセンスが微妙ってのは置いといて、蓋を開けたら五人しかいない集団ってのは明らかにマズいと思うんだよねー。今は海域に侵入されるくらいで済んでるけど、いざ攻撃を受けたとなったら、対応しきれそうにないよ。」

 彼女らが入学するよりもずっと前、北方奉行ノーザン・マギストレートは中央理事会に直接管理されていたこともあったらしい。しかし、とやらでまた元の体制に戻ったそうなのだ。

「その時はある程度の戦力が確保できるように、人員が派遣されていたらしいんだけどねー。――まあ、要するに君たちがここに来た原因は、少なからずあたしたちにもあるんだよ。ごめんね、いろいろ大変なことになっちゃって。」

「いえ、私たちにも原因はありますから、気にしないでください。これも何かの縁だと思って、頑張りますので! 」

「あ、あはは、そうですね、俺たち、が、頑張ります。」

 明るく話す天降の隣で、ああどうか、何事もなく平和に過ごせますように、と明平は己の強運に願いを託していたのだった。 

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