第5話 氷の少女
「ここから札幌駅まで行って、さらにそこから歩くんですよね。」
「かなり遠いなあ。」
彼らはグルメを堪能した後、空港から歩いて数分の新千歳空港駅で電車を待っていた。
しばらくしてアナウンスが流れた後、プラットフォームに緑のラインが入ったシルバーの車体が滑り込んできた。
同時に冷たい風が吹き込み、明平は思わず体を震わせた。隣にいる天降も白い頬を赤く染めていた。
飛行機に少し劣る座り心地のシートが彼らを出迎えた。空気の抜けるような音がしてドアが閉まると、銀色の車体は鈍い輝きを放ちながら流星の如く走り出した。
快速とはいえ札幌駅までは約四十分かかるらしい。
暇を持て余していた明平に、天降がスマホの画面を見せてきた。
「することがないなら……一緒に見ますか?」
彼は最初その画面に流れる動画を映画のワンシーンだと思ったのだが、数秒でそうではないことが分かった。
「え?これって……」
「ニュースです。」
「そ、そうなんだ……」
さすが優等生だと思いながらも、報道番組に興味のない明平は反応に困った。
「べ、別のにしますか?」
残念そうな表情の彼を前に、天降は少々申し訳なさそうにした。
「いや、大丈夫だよ……うん。ちょうど俺も、ニュース見たいなーって思ってたから。」
実際は、そのようなことを今までの人生で一度たりとも思ったことがない。
「映画やドラマもいいかと思ったのですが、あいにくイヤホンが手元にないもので……」
なるほど、クソ真面目が理由じゃなかったのか、と明平は思った。
『超能力開発の懸念点、国会で審議』
『野党側 ”憲法9条に抵触する”』
『これに対し……』
スマホの画面に字幕が淡々と表示されていく。
しばらく見ていると、スーツ姿の若い男の姿が写った。
『大槻 環境大臣』と書かれた縦書きの字幕が彼の発言に添えられている。
『能力開発に関する問題は、このままではいけないと思っています。だからこそ、この問題はこのままではいけない。』
一瞬、時が止まったかのような不思議な感覚が訪れた。
脳の処理が追いつかない。
まるで思考のループに囚われたかのように感じた。
何食わぬ様子で流れてきたこの文章を、画面の前の二人は理解することができなかったのである。
座席に座ったまま、彼らは静かに首をかしげ、目を合わせた。数秒経って、相手もその文章が理解できていないということを互いに察した二人は、謎の安心感を覚えた。
「字幕の間違いでしょうか。珍しいですね。」
天降がくすっと笑った。
その後も迷言に溢れたニュースを横目に見ながら、数十分ほど時間を潰していた。
初めての場所で乗る電車は余計に長く感じられるものだ。そろそろ腰のあたりが痛くなってきたというところで、札幌駅に停車した。
「やっと着きましたね。」
「そうだなー。でも、今度はかなり歩くんだもんなあ。」
「もう少しの辛抱です。頑張りましょう。」
四月の北海道はまだ肌寒い。
駅を出ると冷たい風が彼らに吹き付けた。
「おおっ、寒っ。」
二人が縮こまりながらスマホの画面とにらめっこし、高校までの道順を調べていると、食べかけのソフトクリームを片手に持った一人の少女が駆け寄ってきた。
「ねえ、もしかして君たちが首都高校東京から来た人?」
「――はい、そうです! もしかして、北海道国立高校の方ですか?」
「うん! あたしは
編み込みの入ったショートヘアを揺らしながら、溌剌とした声で彼女はそう言った。
「私は一年生の天降神子です。こちらは同じく一年の明平君です。」
女子たちの会話に入っていけない明平は、取り敢えずお辞儀をしておいた。
「二人とも、よろしくね! ――北高まで案内してあげる。ついてきて!」
「迎えに来てくださって、本当に助かりました。初めての場所は不安なもので……。」
「あたしもちょっと心配だったからねー。まあ、校門に行くだけなら簡単なんだけど、問題はその後なんだよねえ。」
「あ。私、聞きましたよ。敷地が広くて迷いやすいんですってね。」
「いやあもう、迷うって次元じゃないよ。特に冬は雪が酷いと、遭難してもおかしくないよ。」
「遭難ですか!?」
道中二人の会話は盛り上がっていたが、彼女らの後ろを歩く明平はその輪に入っていくことができなかった。
彼はこのままやり過ごそうかと思ったのだが、約二十分間無言を貫くのは良くないと思い、必死で話題を探した。
そういえば、彼女が手に持っているソフトクリーム、全く溶ける様子がない。先程よりは小さくなったものの、それは持ち主にかじられた部分だと思われる。彼女の手が汚れていないことから、溶け落ちたわけではないようだ。
「そのソフトクリーム、溶けにくいものだったりするんですか? かなり時間が経ってますけど、垂れたりしてないですね。」
二人の会話が静まった頃に、明平はそう言った。
「あはは、こっちにタネはないよ。これはあたしの能力。」
ほら、わかる? と言ってソフトを持ったまま差し出してきた彼女の右手の近辺から、かすかな冷気を感じた。
「じゃじゃーん!
彼女は白い歯を見せながら、自慢気に笑った。
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