第3話 従姉妹の美波

「――で、そのおばちゃん達から良い知恵は得られたの?」


 リオンモール内のフードコートである。

 コート内のコーヒーショップで買ったキャラメルシロップ増量のホットラテを一口飲み、「それが」と恭太はため息をついた。


 向かいに座るのは恭太の従姉妹の美波みなみだ。リオンモールに入っているギャル向けアパレルブランド『GALAガラ』で働いていて、数ヶ月前に真知子にも紹介済みである。だから万が一、ここでばったり遭遇しても以前のような誤解は生まれないだろう。人の多いフードコートを選んだのも、疚しさの欠片もありません、というアピールのつもりである。


 休憩のタイミングで捕まえて、ここの新作を奢るからと無理やり付き合わせている。それだけじゃ割に合わないと言われ、ランチ代もむしられたが、致し方ない。


「案として出たのはまず花。花束とか」

「良いじゃん。まず、ってことは他にもあるんだ?」

「ある。学食のおばちゃん七人いるから、七人全員に聞いた。でも過半数が花だったんだよな。だけどマチコさん、花は外で咲いてるのを愛でたい派でさ」

「なんそれ」

「花束ってさ、まぁ、いずれは枯れるじゃん」

「そりゃね」

「それを捨てるのが忍びないんだと」

「あーね」

 

 じゃああれは? 鉢植えのやつ、と美波が人差し指を立てて提案する。「ナイスアイデアでしょ」とでも言わんばかりの表情である。


「それも考えたんだけどさ。なんかどうやら花を育てるのが苦手らしくて。あと、虫が駄目だって」

「えっ!? ってその辺のスキルが――、ってごめんって」


 おばさん、の単語に恭太の視線が鋭くなる。漫画ならこめかみに、びきり、という効果音付きで青筋が浮かび上がっているところだ。


 年齢はもうどうしようもない。何をどうしたって若返ることは出来ないし、出来たとしたって、その年齢の積み重ねも含めての彼女だ。恭太としては、老いも若きも年齢相応の魅力があるはずだと考えている。だから、真知子が五つ上だからといって、どうということはない。三十二には三十二の魅力がある。

 けれど同時に、世間一般的に、三十を過ぎたあたりから『おばさん』と呼ばれがちになることも理解している。いずれ、どこかのタイミングでそう呼ばれるのだから、それ自体は決して悪いことではないと思うのだ。ただ、そこに負の意味が込められているなら話は違ってくる。


 世の中のおばさんがすべて『土いじりが趣味で虫が平気』などと思うな。俺の婚約者をそんな雑に括ってんじゃねぇぞ。咄嗟にそんなことを考えてしまい、つい表情が険しくなる。


「ちょ、もー、マジでごめんて。あのさ、イケメンの睨みとかマジで怖いから。特にアンタ結構きつい顔してるしさ」

「いやごめん、ついつい。とにかくさ。花は駄目なんだって」

「そんじゃ、フツーにマシュマロとかクッキーで良くね?」

「駄目。マシュマロなんて特に駄目」

「何でよ」

「関係を終わらせたいとか、そんな意味だって書いてた。クッキーは友達だって」


 むす、と口を尖らせてソーサーの上のスプーンをいじる。昔からありえないほどにモテまくって来た従兄弟のその姿に、美波はぎょっと目を剝いた。


「……は、はぁ? 何、恭太。そんなんイチイチ調べたの?! アンタそういうの気にするタイプだったっけ?!」


『はぁ? お返し? 知らねぇよ。お前が勝手に押し付けて来ただけだし。つうか、食ってねぇし。何混ぜられてるかわかったもんじゃねぇもん。ソッコー捨てたわ。そんなにお返しがほしいっつーんなら、さっき駅前でもらったティッシュやるわ。いちお新品だから』


 過去に一度、美波が偶然目撃した、高校時代の恭太のホワイトデーである。

 それでポケットティッシュをもらった女子は、カラオケ店のチラシが挟み込まれたそれを友人達に自慢しまくった結果、同じくチョコを渡したのに何ももらえなかった女子とトラブルを起こし、停学処分になっている。

 

 それからもずっと恭太はこの手のイベントの度に、毎回大なり小なりのトラブルを起こしてきた。最も、トラブルを起こしているのは恭太の周囲の女子であって、彼は一切関わっていないのだが。それでも火種は彼だ。もし美波が『常に彼氏がいるタイプのギャル』でなければ、恭太との関係を疑われて割とシャレにならないレベルの嫌がらせを受けていただろう。


『ホワイトデーとかマジめんどい。こんなことにイチイチ頭使うやつとか馬鹿だろ。俺もう一生ホワイトデーとか関わらない方が良くね?』


 何か起こる度にうんざりした顔でそう零していた恭太を知っているから、彼が一言何かを発する度に、


「あの恭太がねぇ」


 という言葉が口をついて出そうになる。


「じゃあさ、アクセサリーは? 婚約指輪もまだだって言ってたしさ、ちょうど良いじゃん」

「俺もそれは考えたし、おばちゃん達からも出たんだけどさ。マチコさん、指輪は結婚指輪だけで良いって言うし。そうなると俺の分も買うわけだし、お返し、って感じじゃないじゃん」

「確かに」

「それにさ、アクセサリーはあんま良い顔しないんだよな。こないだ、リサーチ目的でちらっと探り入れたわけよ。こういうの可愛くね? って。ほら、前に美波が勧めてたブランドの」

「あーはいはい。ヴェンクリーフ&アーペルヴェンクリね。あれのアルカサルシリーズでしょ。あれマジ可愛いんだよねぇ。安いやつなら二十万くらい? それでもまぁ高額だけど、ちょっと奮発ってことで――」

「めっちゃ怒られた」

「え。怒られるとかある?! 何で?」

「何でも何も。無駄遣いしちゃ駄目です、って言われた」

「無駄遣いって……嘘でしょ。ヴェンクリのアルカサルなんて婚約者さんの年代なんか絶対欲しいやつでしょ」

「欲しがらないんだよ。マチコさんは」

「嘘ぉ……。私なら飛びつくのに」

「お前とは違うんだって」

「えー」


 これが駄目なら、私もう何もないんだけど。


「あとは? おばちゃん達の案は? 花と? アクセと? それ以外は? まだあるんでしょ?」


 美波がそう振ると、恭太は「あとはさ――」と深く息を吐いた。

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