第2話 ダンジョンと魔力となんやかや


 俺のダンジョンマスター登録は完了したらしい。

 ……特になんの変化も感じないけど、そういうアナウンスがされたなら間違いないでしょ。ダンジョンコアさんが言ってんだ、何か文句あっか?


 しかしその瞬間から。


「ばあちゃーん! おーい! 返事してー!」


 いくら呼んでも、叫んでも、泣いても、暴れても、歌っても、踊っても。

 返事はなかった。


 その上、あろうことか俺をマスターと認めてくれたはずのダンジョンコアも。


「うんともすんとも言わねえじゃん。本当に登録できたのか? おいコラ、ダンジョンコアさんよ。さっきのは何だったんだよ、パチこいたんか? あ?」


 やっぱり、呼んでも、叫んでも、泣いても、暴れても、歌っても、踊っても。


 ――返事はなかった。

 

 

「はぁ〜……腹減った……」


 いや、本当に歌ったり踊ったりしたわけじゃないよ。物の例えというやつだよ。叫んだり泣いたりは……ちょっとした。

 ダンジョンコアの方は撫でたりつついたりくすぐったりもしてみたが何の反応も示さなかった。

 

 世界の向こうにいるはずの曾祖母と壁に埋まったダンジョンコアへ向かってひとしきり騒いだあと、俺は洞窟の真ん中にゴロンと寝転ぶ。

 少し見慣れてきた天井。


 ――ぐぅぅぅ


 鳴り止まない腹の虫。


「焼肉なんて贅沢言わないから、とにかく何か食いたい」


 ああ、空腹とは悲しいものだ。どんどん気分が落ち込む。

 気を紛らわすためポケットを探れば、草むしり前にばあちゃんがくれた塩飴が一つ指先に当たった。

 そうだよな。人間、水と塩が無けりゃあっという間にお陀仏だ。短い人生だった。南無。


 

 ……いやいやダメだろ! まだ諦める時間じゃない! というか俺、こっち来てから流れで管理者登録しただけで、何一つ自力で成してない。

 こりゃあいかんぞ。仕切り直しだ。

 俺は勢いよく立ち上がり、唯一のエネルギー源――塩飴を口に放り込んだ。

 

 そもそもなんで急に念話が届かなくなったか、考えるところから始めないと。

 幼き日、通知表に書かれがちだった担任の言葉「何事にも積極的に取り組む姿勢は立派ですが、もう少し物事を慎重に考えてから行動に移しましょう」、これだ。

 俺は今こそ、慎重に考えて行動せねばならない。


「ええと、まず、マスター登録する前に、ばあちゃんが『登録した後のことを話す』って言ったような」


 薄らと覚えてる。後のことは後で聞けば良いじゃんと(自称)合理主義者の俺は思ってしまった。

 それに、突然登録するか問われたから、急かされてる気がして焦ったんだ。急かすも何も相手はダンジョンコアだってのに。

 選択を迫られた時、待たせちゃいけない、早く返事しないとって、深く考えず受け入れて後から後悔すんの、あるあるじゃね? 俺だけ?

 姉ちゃんには「いつか詐欺に引っかかる」と言われたな。否定できねえわ。


「あと、登録にはダンジョンの魔力を使うとかなんとか……」


 一度立ち止まって思い返せば、重要そうな話だと理解できる。

 しかし目の前のことに集中しすぎた時の俺は……全然、そっちに意識行かねえのな。反省。


「ダンジョンの魔力を使う……使えば当然減るよな」


 魔力と言うからには、ファンタジーの定番"魔法"を使うための力だったりするんだろう。

 ばあちゃんの念話は多分魔法だ。なんか、声だけこっちに転送してるって言ってた。

 原理はさっぱり分からないが、俺が分からないってことはこっちの世界のものと考えるのが妥当。

 あっちでも"超能力"なんてのがたまにテレビで特集組まれてたけど、異世界人のばあちゃんが使うなら魔法じゃないかな?

 

 残念ながら、俺はあまりそういう方面に詳しくない。

 有名な小説や漫画は読むが、それより動画観たり音楽聴いたり自然の中で体動かしたりが好きなタイプ。ゲームは多少やる。

 自分で読んでると進みが遅くてイライラするんだよな。ページ捲るの億劫だし。


 そんな俺が魔力とかダンジョンなんてファンタジーワードを考えても、時間の無駄でしかない。

 

 なら例えば、あっちの世界、日本で使われてる通信装置に置き換えたらどうだろう。

 確かスマホで通信する場合、基地局や交換局を中継して電気信号を送り合っていたはず。その基地局、交換局の役割をダンジョンコアがしてると考えたら、辻褄が合うんじゃなかろうか。


 現在、俺の管理者登録からダンジョンの魔力がなくなるか極端に減るかして、通信の中継設備が機能していない。

 つまり中継機能が回復すれば通信できる。かも。

 コアを動かすためには魔力が必要で……俺は魔力について何も知らん。

 ダンジョンに魔力を貯めるだけならあっちの世界でできるって言ってたが、それを待つのは得策じゃないと思うんだ。

 なにせ食料がない。水がない。このままだと、いつになるか分からない通信の復旧を待って脱水で死ぬかも。

 一縷の望みを賭けてダンジョンの外へ出る?

 未知なるファンタジー世界だよ? ダンジョンの外にモンスターがいないとは言い切れないじゃん! 無理無理、怖い!


 だったらどうするか。一つだけ可能性――ばあちゃんが『大事な魔力源』と言っていたモノがある。

 今や物言わぬむくろとなって、岩の隙間に転がるそれ。


「ひぃぃぃ、やっぱ般若顔怖っ!」


 俺は意を決し、マンドレイクに歩み寄った。


「動かないよな? また叫んだり……噛みついて来たりしないよな? こっわ、なんで植物の根がこんな造形取るの?」


 騒ぎながら気持ちを奮い立たせ、腕を伸ばす。

 いや本当に怖いんだって。叫び声一つで人間を気絶させる般若、悪夢でしかない。


「うん……モサモサしてるな」


 覚えのある感触。

 これは雑草、これは雑草、と自己暗示をかける。

 少なくとも手触りは完全に植物で、それが何よりの救いだ。


「はぁ……回収したは良いけど、この後……ダンジョンコアにあげたら魔力吸収してくれるか? まさか俺自身が食べて何かするとかじゃないよな? やだよ、般若の丸齧りなんて」


 祈るような気持ちでダンジョンコアに近寄る。


 当のダンジョンコアは……心なしか期待に満ちた艶感?

 ……これが欲しいのかー? ほーら、魔力たっぷり般若マンドレイクだぞー。異世界輸入品で超希少、他では手に入らないよー。


「ほいっ」


 俺の手を離れた般若は綺麗な山なりの放物線を描き、ダンジョンコアへぶつかる……寸前で、光に包まれ消えた。


 

『ユウくーん。……あらまあやっと繋がったわ〜』

「ばあちゃん!!!!!」




『――あなた、人の話を最後まできちんと聞かない癖、本当に良くないわよ。改善なさい』

「はい……面目ない……」

 

 ご尤も。言い訳のしようもございません。


 無事にばあちゃんと感動の再会(声のみ)を果たした俺は、ちょっと瞳に汗などかきつつ情報のすり合わせを行った。

 やはりダンジョンコアは念話の中継みたいなことをしていて、ばあちゃんも、コアへの登録後不足した魔力をマンドレイクで補充させるつもりだったらしい。

 あちらの世界からこちらのコアに魔力を送るのは効率が悪く、今回使ったマンドレイクも直接補充でなければかなりの魔力ロスが出るのだそうだ。

 だから俺がもう数刻魔力補充方法に気づかなければ、強引な手を使って無理やり繋げることも考えたとか。

 

『できなくはないと思うのだけど。それが世界壁の歪みにどの程度影響を及ぼすか分からないから、なるべくなら使いたくないのよねぇ』

「影響って、爆発するとか?」

『道が狭まって、転移が困難になるかもしれない、ということよ』

「そうなったら俺は一生帰れない!?」

『ええそうね、私もそちらへは戻れなくなる。でもユウくんの命には変えられないでしょう?』

「気づいて良かったぁぁぁ……」


 ありがとうばあちゃん!!!! 鬼かと思っててごめんなさい!!!!


『ところでユウくん?』

「なに?」

『グランマと呼んでちょうだい』

「あ、はい…….グランマ」


 ばあちゃんのこれ、おじさんおばさんたちはもちろんハトコ連中も8割くらいやんわり拒絶しているのだが、いかんせん今の俺にはばあちゃん以外頼れるものがない。甘んじて受け入れるしかないだろう。

 世の中ギブアンドテイクだからな。


「あのさあ、ばあちゃ……グランマ」

『何かしら』

「こっちの世界のこと、教えて欲しいんだけど。特に魔力とダンジョンについて」


 いつまた何かしらの想定外が起きて、念話が途切れないとも限らない。これは絶対聞いておかねば。

 

『そうね、ユウくんもだいぶ落ち着いたようだし、少し解説しましょうか』


 ばあちゃんの異世界講座、魔力&ダンジョン編スタートです!


『魔力とダンジョンというのは、密接に関係しているの。ユウくんはまずダンジョンマスターとして知識を身につけなくてはならないから、ダンジョンにとっての魔力というものを説明するわね』

「お願いします!」

『ダンジョンにとっての魔力、それは、全てを形作る力よ』

「漠然としてるね」

『ダンジョンの中のものは何でもかんでも全て、魔力によって作られているの』

「は?」

『例えばその部屋の岩壁――他にも水、植物、魔物、金属、宝石、雨や風といった自然現象、目に見えない気体に空間だって。ダンジョンはあらゆるものを魔力で作り出すのよ』

「スケールデカすぎてピンと来ねえ……」

『そうねえ……例えば、ダンジョンマスターになるとダンジョンの階層を追加できるのだけど、それは本当に地面を削って空間を確保するわけじゃなくってね』

「もしかして、魔法?」

『似たようなものよ。それにしても、あなた魔法なんて知っていたのねぇ』

「そこまで疎くないよ!」


 そりゃファンタジー知識にあまり自信はないけど。

 

『魔力で新しい空間が作られ、そこにまた魔力で土を作る、魔力で草木を生やし魔力で魔物を作る、魔力で風を吹かせ、魔力で朝と夜を作る。ダンジョンにはまるで屋外のような自然の階層が存在していて、それらは全て魔力が形を変えたものよ』

「偽物ってこと?」

『いいえ、ちゃんと重さがあって温度があって匂いや味があって命がある。不思議よねえ。こちらの世界へ越してきてからは、より一層そう思うわ』

 

 果たしてそれは、不思議の一言で済ませて良いものなのだろうか。


『多分、世界の成り立ちが違うのね』

「世界の成り立ち?」


 そこからの話は、この世界の神話についてだった。

 主神が天と地を創り、朝と夜を創り、自然を創り、生き物を創り、それぞれ司る神々を創り……って、地球の神話でもそういうの多いよね。

 向こうとこっちの神話で決定的に違うのが、 "魔素"と"魔力"の存在。魔素……また知らん言葉が増えた。

 

『つまりそちらの世界のものは元々、全て創造神の魔力によって作られたってことね』

「へぇ〜、すごいね〜」

『本当に分かっているのかしら……』


 神話、ばあちゃんの惚気話より眠くなったよぉ。

 まあようは、主神――創造神イーズリは凄い、ってことかな!


『はぁ〜……』


 深いため息が聞こえ、ばあちゃんは呆れ声で続ける。

 ため息まで拾う念話、精度高いな。


『ダンジョンというのは、その凄〜いイーズリ神が自らの力を閉じ込めたものと言われているわ』

「あ、だから魔力でなんでも作れるって?」

『ええ、その通り。通常、火を出そうと思えば火魔法、植物を育てるには木魔法、空間や生き物を作るには、それこそ様々な魔法を複合する技術と技量が必要なの』

「ダンジョンは、それを全部簡単に作り出せてしまう……?」

『もちろん元となる魔力は要りますけどね』

「すっごい便利じゃん!」

『ダンジョンのこの特性が"魔法"という括りになるかは議論が分かれていて、便宜上"創造魔法"と呼ばれるわ』

「ああ、創造神の魔法で創造魔法ね」

『そう。つまりダンジョンに認められて管理者に登録するというのは、創造神の魔法を操れるようになること。だから大変な名誉を伴うのよ』

「へえー、じゃあ、俺登録できてラッキーだったな」

『そのことなのだけれど……』


 急に言い淀むばあちゃん。

 なんだ? 悪い知らせともっと悪い知らせか? やめてくれよ?


『コアに登録できたなら、ユウくんは魔力を発現しているということになるわ』

「魔力の発現?」

『ええ、そちらの世界の生き物は、その多くが体内に魔力を持っている。――魔力を生成し溜め込む器官がある、と言った方が正確かしら』

「その器官が、日本生まれ日本育ちの俺にもあったってことだよな」

『私の血を受け継いでいるからそれ自体に不思議はないの。だけど、その器官が魔力生成を始めるには、一定量の魔素を浴びる必要がある』

「魔素……」


 神話の話してる時出て来たやつ!


「魔力の元になるエネルギー、だっけ?」

『そう。一定の魔素に晒されなければ魔力が作られることはないはずだわ――』


 ばあちゃんの話はこうだ。

 魔素から魔力を作り溜める器官、 "魔臓まぞう"(正確には魔臓器まぞうき)が正しく稼働し始めるのは、人間なら大体3歳から5歳くらい。それまで魔臓は周囲の魔素を取り込んで体に定着する。

 で、しっかり馴染んでから魔力を作るらしい。

 ちなみに、魔素の濃い地域では魔臓の定着が速くなるため、胎内にいる時点で既に魔力の発現が見られる場合レアケースもあるそうだ。


 つまり、初めに一定の魔素を吸収しなければ、いつまで経っても魔臓は働き始めない。

 魔力は、発現しない。

 

「それで? 俺が魔力を持ってるのはおかしいことなのか?」

『うーん……少なくとも、私の子や孫、曾孫まで、全員確認したけれど、発現している子はいなかったと思うの』

「マジで?! あんだけいて一人も?!」


 夫の没後二十数年経っても熱々な惚気を見せつけるだけあって、曾祖父母は九人も子をもうけた。ちなみに今も全員元気。驚愕の健康長寿遺伝子だよね。

 その九人には全部で三十四人の子がいる。

 三十四人には平均して二人くらい子がいるので――あちらの世界のばあちゃんの直系血族は百人を超えるのだ。


 余談だが、俺より年上のハトコで既に結婚し子を持つ人がいるので、ばあちゃんは曾孫どころか玄孫やしゃごも抱いてる。強い。

 俺にはそんな未来が来るような予感、一片もない。


『でも確実じゃないわよ。ユウくんも、何度か見ていたけれど、少なくとも転移する前の時点では魔力を感知できなかったもの』

「この歳になって、急に魔力が出て来たりするんだ」

『そちらの世界ならあり得ないでしょうね。生まれてから20年魔臓が定着しないほど、魔素が薄い場所なんて存在しないから』

「ってことは、地球は魔素が薄い?」

『ええとっても。でも全く無いわけではないの。自然の濃いところなら多少は魔法を使えるわ。それに魔素は土中に溜まりやすいから、転移陣にマンドレイクを使ったのよ』

「転移陣……」


 今回の元凶転移陣。

 そーいやあれって、ばあちゃんがもっとしっかり注意しといてくれれば回避できたんじゃ……。


「なんで、もっとちゃんと言っといてくれなかったんだよ。あそこに近寄るなって」


 注意を適当に流した自分を棚上げしている気もするが、実際サラッと流してしまえるほど軽い言い方だったのだ。恨み言の一つくらい許されるだろう。


『あれは……完全に想定外だったのよねぇ』


 困りきった八の字眉が目に見えるような声で、ばあちゃんはぽつり呟いた。


「想定外?」

『特定の魔力属性が発現していなければ、そもそも作動しない術式だったのよ。だからあの時点のユウくんなら、仮に踏み入っても問題ないと判断してしまって……申し訳ないわ』

「え? じゃあなんで……」

『考えられるのは、世界壁の歪みから漏れ出たそちらの魔素を浴びて、ちょうどピッタリユウくんの魔臓が定着してしまった、というところかしら。転移陣を敷いたことで魔素濃度が上がっていたのかもしれない。私がもっと注意しておけば良かったのに、ごめんなさいね』


 いかにも申し訳なさそうな声で続けて謝られ、なんだか毒気を抜かれる。


 ……あれ? ばあちゃんさっき、あっちの世界でも自然の濃いところは魔素が多いって言ってた? それから、土には魔素が溜まりやすいとも?

 

 俺の趣味は山歩きと温泉と土いじり。

 

 高校ではワンダーフォーゲル部に所属して月に一度はどこかしら登り、予定のない週末は父の実家で畑仕事(小遣い付き)、二輪免許取ってからは、暇さえあれば温泉巡りソロキャンプを敢行していたような……?


「アウトドア趣味で魔素を浴び続けて、最後のダメ押しが転移陣だったってこと?」

『……とっても、運が悪かったわね』


 なんてこったよ!!!!

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