第1話 異世界でダンマス始めます!


 妙に現実味のない視界。何の音も拾わぬ耳介。静けさが支配。お次の展開に期待。

 ――あっぶね! パニクりすぎて韻踏んじまった!


 まず聞きたいのが、ココはドコ。いや答えてもらえるとは思ってないんだけどさ。

 なにせ、一人だもんで。俺ってば謎の洞窟で独りぼっちだもんで!!!

 

「……嘘だろ、なにこれ? どゆこと?」

『まあ、そっちに飛んじゃったのねえ』


 頭の奥から大層聞き覚えのあるのんびりした声が。

 

「ホワッツ!?!?!?」

 

 これは……この声は……。


「ばあちゃん!?」

 

 そう、他でもない、俺に庭の草むしりを言いつけた御年99歳のひいお祖母様である。

 

『あらあらユウくん、いつも言っているじゃないの。グランマと呼んでちょうだい』

「あ、えっと……その、グランマは、この究極アルティメットハイパースペシャルハイパークレイジー緊急事態の詳細をご存知なのでしょうか……?」

『なんだか阿保みたいだから、そういうおちゃらけおやめなさいな』

「すんません」

 

 うちの曾祖母は曾孫に厳しい。

 

『それで、ユウくんが今直面している状況ね。ええ、もちろん分かるわよ』

「ほう、なればお聞かせ願えましょうか」

『異世界転移ね』

「は?」

 

 異世界……転移……?

 

 ちょっと待って。もうじき百寿へ届こうかというご婦人の口から、そうそう聞けたもんじゃない言葉が飛び出したんですけど? 空耳かな? いやそもそもこれって口から発して耳で聞いてんの? 頭に直接響くが?

 

『ユウくんには言っていなかったのだけれど、私ねえ、実は、異世界出身なの』

「はあ?!?!?!」

 

 とんでもないカミングアウトに、目の前が真っ白く染まりかける……が、どうにか踏みとどまった。

 

「……もう一度、よろしいですか?」

『だから、グランマは、元々地球や日本のあるユウくんたちの世界でなくて、別の世界の人間? なのよ〜』


 気を失わなかった自分を褒めてやりたい。

 夢じゃないのかなあこれ。いやぁ流石に夢でしょう、どう考えても。

 あいてっ! ……はは、思い切り抓ったほっぺがズキズキすらぁ。

 ……人間、が疑問系だったのも地味に気になるぞ。


 そこから小一時間、膝……は突き合わせられないけど、じっくりお話聞かせていただきました。


 

「……つまり、ばあちゃんは異世界から偶然昭和の日本、じいちゃんちの庭へ転移して、そこでじいちゃんに会って、お互い恋に落ちたと」

『桜一郎さんとはねぇ、運命的な出会いをしたのよ〜』

 

 まあ話の内容八割くらい惚気だったんだけどね。なんで若き曾祖父母のラブラブ話を、頭に直接小一時間流し込まれにゃならんのか。

 きっと対面していたら、キラキラなお目目で熱く愛を語ってくれていただろう。良かった念話で。

 

 そう、念話。現在ばあちゃんは日本から声だけこちらへ転送している状態で、近くにいるわけではないらしい。もしやばあちゃんが俺の脳にインストールされてたり……とか、世にも恐ろしいSF展開想像しちゃったじゃないの。くわばら、くわばら。


 いや今も十分異常な展開なんですけどね!

 

「転移の原因は、当時ばあちゃんが研究してたダンジョンの最深部にあるダンジョンコア、ねえ」

『グランマあの頃は現役バリバリの研究者だったの、専門はダンジョン魔工学。冒険者と二足の草鞋わらじを履いて、大陸中のダンジョンを巡ったわ。そんな折、地元の未踏破ダンジョンを攻略したら、運良く第一管理者に登録できたのだもの。調べ尽くすしかないじゃない?』

「調べ尽くした結果、ダンジョンのエネルギーが暴発。ばあちゃんは単身日本に転移……」

『そうねえ。ダンジョンコアを基点に双方の座標は解析できたから、昔は魔力を補充して何度か帰っていたのだけれど。桜一郎さんと結ばれて、息子や娘、孫たち曾孫たちーー賑やかな毎日が幸せで、そんな暇なくなっていたわ』


 とか言ってまた惚気に突入しようとしているばあちゃん。俺もう惚気の気配完全に嗅ぎ分けられっからね、絶対見逃さないからね。

 

 ここが仮に、一日の終わりほっと一息ついて目を閉じる前の布団の中とか、山間やまあいに海を臨む絶景露天風呂とか、縁側で猫撫でながらとかだったら、美しい思い出に浸るのも大変結構なのだが……今この時ばかりはご遠慮くださいませ。

 

「で、なんで俺が転移したわけ? ばあちゃんは日本にいるんだよな?」

 

 問題はこれだよ。

 なぜ、異世界出身のばあちゃんでなく、日本生まれ日本育ち生粋の日本人の俺が異世界へ飛ばされたのか。

 

 というかまずここ何処。

 

『我が家のお庭とそちらのダンジョンが、あのダンジョンコア暴走によって繋がってしまったの。大規模な魔力爆発は世界の壁すら歪ませるのねぇ。興味深いわ』

「え、じゃあ俺今ダンジョンにいるの!?」

『そうよ〜』

 

 当たり前のように怖いこと言わないでくれます!?

 

『桜一郎さんが亡くなって、もうずいぶん経つでしょう? 私もそろそろ地元へ戻るつもりで、転移する魔力を貯めていたのよね。コアに魔力を貯めるだけならどちら側からも可能だから』

「いやとりあえずその話後にして! ばあちゃんダンジョンってさ」

『矢車草は、土魔力の影響を受けるとそちらのマンドレイク種に近い進化をするの。不思議よねえ。魔力保持に優れた媒体として転移陣に使っていたのだけれど、私が飛ぶ前にユウくんが転移の時限装置を作動させてしまうのだもの。気づいた時、とっても驚いたわ』

「呑気に驚いてないでよばあちゃん! ダンジョンの中に転移したって、危なくない?! 好戦的なモンスターとか、人喰い魔獣とか、服だけ溶かすスライムとか! いるんでしょ! そういうの! ねえ、俺自分の全然自分で守れないんだけど?!」

 

 ダンジョンだと分かった途端、室内の静けさが尚更不気味に感じられる。

 俺は武術の達人でもなければクレバーな軍師でも身の軽い曲芸師でもない。戦うすべなど何一つ持たない、極々平凡な一般20代日本男児だ。

 

『まあ、そこを心配していたのね。そのダンジョンはあなたが転移するまで、ずうっと機能を止めていて、現時点で魔物はいないわ』

 

 その一言に、ホッと胸を撫で下ろす。

 

『だけど、転移を切っ掛けに再稼働を始めたから、しばらくしたら生み出されるはずなの』

「マジで?!」

 

 一難去ってまた一難。

 

『だからね、ユウくん、早くダンジョンコアに管理者として登録なさいな』

「意味が分からない!!!!!」



 

 いや、意味はなんとなく分かってました。思いもよらない超展開に、つい心の叫びが口からほとばしりました。

 

 ――話を要約すると、今このダンジョンの管理者マスターに設定されてるばあちゃんは、ダンジョンシステムにアクセスできない。動きを止めたり、モンスターの発生場所を移動したり、階層を増やしたりといった、魔力を貯めて転移する操作は、現地――こちらの世界じゃないと無理なんだそうだ。

 俺が身の安全を確保するためには、ダンジョンコアの近くに管理者をお招きするしかない。でも転移のために貯めてた魔力は俺が使っちゃったから、ばあちゃんはもうしばらくこちらへ来られない。

 つまり、自身でダンジョンコアに管理者登録しない限り、俺には、いずれ生み出されるダンジョンモンスに蹂躙される未来しかないってわけ! マイッタネ!


「そんなのってないよ……」

『あらぁ、良いじゃない。ダンジョンマスターなんて滅多になれるものじゃないのよ〜』

「異世界来てまずすることがダンジョンの管理者登録とか、大丈夫なの? 人類の敵! 討伐だー! ってならない? そもそもダンジョンマスターがどういう存在かすら分からんのだけど」

『しっかり管理していれば、褒められこそすれ、誰も敵対しやしませんよ。ダンジョンに認められるというのは、そちらの世界において大変な名誉ですもの』

「え? そうなの? ならやろっかな」

 

 現金な俺。あ、ばあちゃんに草むしりのお駄賃現金もらう前にこっち来ちゃったじゃん! 今夜の焼肉代! 牛タン! カルビ! ハラミ! ミスジ! ハツ! ミノ! ユッケ! ビビンバ! 冷麺! 白飯大盛り!

 

 ――ぐぅぅぅぅ〜

 

『管理者に登録すれば食料の心配もしなくて済むわよ』

「何? どういうこと?」


 そりゃあ聞き捨てならんぞ。

 暑い中草抜いて、昼も食いっぱぐれてる。ダンジョンのモンス以前に空腹で死にそうだ。

 

『詳しい説明は後でね。さ、コアはその部屋の壁に嵌っていたはずだから探してちょうだい』

「へーい」


 改めて周囲を観察する。

 なんの変哲もない天然洞窟……に見えるな。所々石が転がり、岩が突き出し、あまり歩き良いとは言えない。

 目覚めた当初は、薄暗いし怖いしでさほど詳しく見なかったが、仄かな灯りの中改めて目を凝らすとそこそこ広い空間だ。学校のプール程度はすっぽり入りそう。

 どこかに光源があるのか? いや、壁全体がぼんやり光ってる? ひとまずダンジョンの不思議ということで処理しておこう。

 

 壁際に歩み寄り右手をつくと、モソリとした異物感。あれ、俺何か持ってる。

 着の身着のままこちらの世界へ転移して、極限状態の中、自分の身体に気を配る余裕はなかった。

 

『ああ、ユウくんそれは……』

「うわあっ!!!」

 

 安心毛布よろしく無意識に握りしてめいたらしいブツを、慌てて放り投げる。

 

『いけません、大事な魔力源よ。養殖ものでもマンドレイクに違いないのだから』

 

 マンドレイク! うん、マンドレイクだよ! 俺がこっちに飛ばされた原因、引っこ抜いて叫び声聞いて気絶して……だったらそりゃ、そのまま持って来てますよねえ!

 心許ない俺の右手ちゃんが今まで縋り付いていた拠り所は、植物のおぐしに般若のお顔がついた、不気味なファンタジー生物だったようだ。

 

「わ……和風ぅ〜」

たねが日本のものだからかしら、矢車草を魔力操作して作ると、みんなそんな風になるの。その見た目でも含有魔力は一級よ。分かったら拾ってらっしゃい』

 

 ファンタジーの洗礼にビビりまくる曾孫にも、容赦ないばあちゃん。鬼か? あんたの息子の娘の息子、大学二浪した末職無し金無し彼女無しの21歳、可愛くないんか?

 

 ああ、そうね、可愛い要素皆無だね。潔く諦めよう。

 

「分かった分かった。拾うよ」

 

 ――コツン

 

 視界の悪い洞窟内を歩くため、バランスを取ろうと寄りかかった岩壁。そこに今度は、何か硬質な手触りを感じた。

 

『あら、ダンジョンコア見つけたの』

 

 展開早いなオイ!

 

 直径30センチほどだろうか。黒曜石を丸く削り取ったような滑らかなそれは、確かに紛れもなくこのダンジョンの核、ダンジョンコアだった。

 何故ならその球体に触れた途端……。


【非登録者の魔力接触を確認しました】

【属性――木、確認】

【属性――土、確認】

【属性――水、確認】

【属性――火、確認】

【属性――風、確認できません】

【システムへのアクセスに一部制限が掛かります】

【ダンジョンコアに登録しますか?】


 矢継ぎ早に流れて来たシステム音声。

 ばあちゃんの声より明瞭に聞こえる。

 

「え? え? 何? 魔力接触? 属性? 制限?」

『ユウくん落ち着いて。ダンジョンコアは触れた者の魔力を解析して、登録に値するかどうか篩にかけるのよ』

「登録しますかって聞かれたら、値するってこと?」

『そうね、ユウくんなら大丈夫だと思う。でもその前に、登録した後のことを話しておくわね』

「そんなの登録した後に聞けば良いじゃん」

『登録にはダンジョンの魔力がたくさん使われて』

「分かった分かった、では、登録します!」

『ちょっと、ユウくn……』


【管理者登録を確認しました】

【新たな管理者との魔力リンクを構築します】

 

 ――途端、静まり返る脳内。


「あれ……? ばあちゃん……?」

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