助けてグランマ!〜雑草抜いたら異世界ダンジョンの管理人になりました〜
塔矢久丸
管理者登録編
プロローグ
「ユウくん、矢車時計の辺りには近づかないようにね」
そんな声がけにおざなりな返事をしながら、俺――
ヤグルマドケイ? 何だそりゃ。
茹だる暑さで濁る思考のまま、まずは玄関横にしゃがみ込み雑草どもを引っこ抜く。45リットルゴミ袋一杯あたりお駄賃二千円。俺みたいなプータローの身には、なかなか割の良いお仕事じゃないか?
引っこ抜き、放り込む、引っこ抜き、放り込む――ああ、暑いな――引っこ抜き、放り込む、引っこ抜き――何だってこんな広いんだ――放り込む、引っこ抜き、放り込む、引っこ抜き、引っこ抜く、引っこ抜き――ここの土地にアパート建てる話あったよな、結局どうなったんだろ――引っこ抜く、引っこ抜き、引っこ抜いたら、まとめて放り込む――まあ俺には関係ないけど――引っこ抜き、放り込む、引っこ抜き――放り込む――
「うひぃ、流石にバテるわこれ」
青臭い野草どもをギュウギュウ押し込め、ゴミ袋の口を縛りながら、雑然としたイングリッシュガーデンを見回す。まだまだ先は長い。
背伸び、肩回し、ストレッチ。ピチピチの20代だって、長時間しゃがみ姿勢は辛いのだ。
母方祖父の生家であるこの
聞くと祖父の父――神崎
明治に入ってから、反物や日本美術の貿易事業に乗り出したひいじいちゃんちの呉服屋さん。国内の売り場も西洋式に建て替え、結構繁盛したそうだ。
しかし相次ぐ大戦で貿易事業は破綻、小売業は先細り。
終いには第二次開戦後、付き合いのあった業者が
そうして唯一残ったのが、この
長閑っつっても徒歩圏内に準急止まる駅あるし、スーパーあるしコンビニあるし、全然不便さないけどね。
曾祖父亡き後屋敷を相続した曾祖母――シノばあちゃんは、愛しいダーリン(ばあちゃん談)の思い出と共に99歳の今も元気に余生を過ごしまくっていらっしゃる。
大正一桁生まれの曾祖父が逝去したのはうちの姉が生まれる前年。しかし俺は強火じいちゃん担なばあちゃんから散々色々聞かされてきた。
自分の夫が如何に才能溢れ、ハンサムで優しかったか……涼しげな切れ長
そんな夫一筋な曾祖母に小遣いをせびりに来た結果、命じられたのが庭の草取りだ。
まあ俺も土いじり好きで昔から親父の実家の畑手伝ったりしてるし、今回も二つ返事で応じたわけだけど。
曾祖父母の愛の巣に蔓延る雑草は、この曾孫が直々に成敗してやるぜ!
さて、水分補給したら次の二千円に取り掛かりますか。
抜いては詰めて、詰めては抜いて……首を守護する真っ
そろそろ一休み……庭の中ほどまで進めた作業を暫し止める。
陽光は天高く輝き、方々へ投げて来た労働の成果――二千円ゴミ袋たちを照らした。
あと一袋やれば、今日はもう十分かな。
現代工学の恩恵、保温力抜群なステンレス製魔法びんの蓋を開け口をつけると、冷えた麦茶が喉を転がって……ああ生き返るううう!
――そんな時ふと、奇妙な感覚に襲われた。
風もない庭。日差しに照らされ火照った肌が、少しざわつくというか、粟立つというか……。
「なんだ?」
目の前に生えた草が左右に揺れている。なんだっけこの草。
まあ、多分雑草だろ。ちっちゃな花みたいな白いのがポコポコ密集してついてるけど、観賞用っぽくはないし。
――揺れる雑草。
雑草は取らないとね。なかなかデカくて袋に詰めたら嵩が稼げるんじゃないか?
――揺れる雑草。本能が小さな警鐘を告げる。
あと一袋満杯にしてばあちゃんからお駄賃もらったら、焼肉食って帰るんだ。
――揺れる雑草。
うわ、周りに生えてるのも全部同じ草?! こりゃあ二千円あっという間だな。
――揺れる雑草。
よっしゃ抜くぞ! ここらで引き上げないと限界だ。さっきから頭がクラクラしてる。
――揺れる雑草。
うげ……結構根が張って……くっ、しぶといやつめ。
――揺れる――
ん? なんか、音が。
――チク――タク――揺れる――
視界がユーラユラ。暑さにやられたなこりゃ。
――チク、タク――チク、タク――
変な耳鳴りまで聞こえるし、ラスト一袋は諦めるか〜。
――チク、タク、チク、タク、チク、タク――
でも最後にこれだけは! もう抜かないと終われない! ばあちゃん、特大雑草ボーナス頂戴! お願いします!
――チク、タク、チク、タク、チク、タク――
そーいや、草むしり始める前に何か言われたっけ。ヤグルマがどうとか。
――チク、タク、チク、タク、チク、タク――
ヤグルマ? えっと……矢車? あと、時計……? うーん、適当に流しちゃったからなあ。
時計といえば、この雑草妙に規則正しく並んでる。まるで時計の文字盤みた、い……に……
――矢車時計の辺りには近づかないようにね――
スポンッ!
軽妙な音を立て、頑固な雑草――矢車草の根がついにその顔を地面から表した。そう、それはまさしく、顔。
この時ほど、俺が自分の迂闊さ軽率さを後悔したことはない。
ギュワアァアアァアァアアアアアァッッッ!!!!
耳をつんざく叫び声と共に、俺の意識は闇へと落ちていった。
「……は?」
そうして次に瞼を開いた時、俺の目は知らない天井……もとい、ゴツゴツとした見知らぬ岩肌を映していたのだった。
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