第5話 ユリエラ、自分のやってる恐怖政治にへこむ


ユリエラ、貫徹かんてつで学校に行く。


学園寮から校舎まで、歩いて15分。

わたしは一睡もしないまま登校した。


寝ようと思っても寝られない。

なんだか気がたかぶっちゃって、どうしようもない。


眠いのに、なにこれ!?

気持ち悪いっ。


寝れなくても、寮の自室に閉じこもっていれば良いかな……

そう思ったけど、わたしのゲームイベントってどこまで来たんだっけ?

それが気になって学園に来ちゃった。


正確には「わたしの」じゃなくて、このゲーム世界の主人公「イレーネ」のイベント。

わたしはイレーネを引き立てる、悪役でしかない。


主人公のイレーネ・フェルルは、光属性を扱う平民の子。

光属性は貴重だから特別に国の公費で、貴族や資産家の子だけが通える学園に入学している。


そこで第一王子とか、その他にも様々な男子と運命の出会いをして、沢山の恋に落ちていく。

ああ……こう思うと、イレーネってもってもてだな。


やっぱり主人公って、いいとこ全部持って行くんだな。

悪役令嬢のユリエラは、婚約者である第一王子を取られそうになって、主人公に嫌がらせを始めるんだけど……


うん、主人公の視点以外から見ると、イレーネってすっごい嫌な感じがする。

あたしが言うのもアレだけど。


あっ、まずい。

今ちょっと、ゲームのユリエラの視点が入ってた。

主人公にムカついてしまった。

わたしはこめかみをんで、大きくかぶりをふる。


「あーそういう気持ち、もういいから。要らないからっ」


もう第一王子との婚約なんて、どうでもいい。

わたしは邪魔しないから、くっつくんなら、さっさとくっついて欲しい。

わたしを断罪しないで欲しい。


「今は3年生の春だから、わたしが断罪される5年生の卒業イベントまで、あと2年半……」


2年と半年。

なんだまだ随分と先じゃないかなんて、安心しては駄目。


ゲーム内のイベントとイベントの間なんて、平気で「数ヶ月の時間」がジャンプするんだから。

酷い時にはテキストのたった一行で、来年とかになっちゃうんだから。


ぼけっとしてたら、あっという間に2年半が経っちゃう。

わたしの中では「時間ジャンプ」はしてなくて、一日一日をちゃんと過ごしているんだけど……

そういう記憶があるんです。


だけど、この記憶って正しいのかな?

そこを疑い出すと怖くなっちゃう。


学園の寮で引きこもってたら、ゲームイベントが勝手にぽんぽん進んで、わたしの断罪イベントが始まったらどうしよう!?

そんな妄想が膨らんだら、もうじっとしてられない。


「えっと主人公のイレーネが、1年生として入ってきたのが去年の秋だから、

もう7ヶ月は経っているのかな?

それぐらいだともうイレーネは、かなり第一王子たちと仲良くなっているはず。


ゲームってわたし絡みのイベントだけで、ストーリーが進むんじゃないんだよね。

他のキャラとの絡みでもずんずん進んで行くから、わたしだけの視点じゃ、正確な進み具合が分からない」


わたしは近くのベンチに腰を下ろした。

登校中だけど、ちょっと頭を整理したい。


「わたし絡みのイベントって、次なんだっけ?

魔物討伐授業だったかな?

ピクニックだったかな?

だったらどっちも、2ヶ月ぐらい先か……


あと何かあったかな?

思い出せわたしの頭っ、わたしのすーぱーずのー!」


わたしが頭を抱えてうんうんしていると、誰かがおずおずと声をかけてきた。


「あの……ユリエラ様、お加減はどうですか?」


顔を上げると眼の前に、とっても綺麗な女の子たちがずらりと並んでいる。

「霧島ゆり」であるわたしは一瞬ぽかんとしたけれど、ユリエラである「私」の記憶が、直ぐに補足説明をしてくれた。


この子たちはあれだ、ユリエラの取り巻きたちだ。

1人、2人、3人……うわっ、10人もいるっ。

多すぎるー!


取り巻きの女の子たちが、次々にわたしへこびてくる。

上ずった声で挨拶あいさつしてくる。


これ完全に、恐怖政治だなと思った。

みんな微笑んでいるけど、誰一人目が笑ってないよっ。


みんなユリエラが怖いんだ。

ヤクザと変わんないな。

このグループから抜けたくても、抜けられないんだよ。


うわあ……過去の記憶が浮かんでくる。

以前グループを抜けようと、ユリエラから距離を取ろうとした子がいたけど、その子がどんな末路をたどったか。

このわたしが、どんな仕打ちを加えたか。


ヤバいっ、胸が痛いっ、胃が痛いっ。

わたしは謝りたい気持ちで、いっぱいになった。

ていうか、本当に口に出して謝っていた。


「本当にごめんなさいっ」


取り巻きの子たちが困惑している。

何を謝ってんのか、分かんないんだろうな。

えっと、どう言ったら良いんだろう。


これまで無理に、わたしに突き合わせてごめんなさい。

今日でこのグループは解散です。

とか言ったら良いのかな?


いきなり解散とか言ったら、ユリエラが「私たちの忠誠心を試してる」とか思いそうで怖い。

解散と言われても、それでも付いてくる子たちを可愛がって、去っていく子たちを社会的に抹殺する。

10人を、ふるいにかけている。

そう思われそうで、すっごいヤバい。


わたしが何と言おうか迷っていると、寝不足のせいで顔色が悪いせいか、しきりに体調を気遣ってくれる。

気を使われるたびに、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

だけどそのとき。

気遣いの中にまぎれ込んだ一言に、わたしは強く反応しちゃう。


「えっ、今のどういうことっ!」


わたしに問われた子が、自分に視線が集まってビクッとした。


「ごめんなさい、大きな声を出して。

今のもう一度、言ってくれるかしら?」


つとめて優しく問いかけると、びくびくしながらもう一度話してくれた。


「えっとあの、本当に酷いですよイレーネは。

ユリエラ様を、階段から突き落とすなんて」


その言葉を補足するように、取り巻きの子たちが色々と教えてくれる。


「誰かが見ていたんです。イレーネが、ユリエラ様を突き飛ばすところを」

「本当に、なんて野蛮な子なのでしょう」

「やっぱり庶民の出は、この学園に似つかわしくありませんわ」

「ご安心くださいユリエラ様。イレーネは退学処分になるそうですよ」


「たい……がくっ!?」


わたしは、ぽかんとしていたと思う。

だってわたしは、突き飛ばされていないんだもの。

自分で足を踏み外したんだもの。


それが何で、イレーネ退学みたいな話になってんのっ!?




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