第6話 ユリエラ、血の盟約を結び心臓を捧げる


「どうしてそうなるの!

わたしは誰にも、突き飛ばされてなどいないわっ。

勝手に踏み外しただけよっ。

何でそうなるわけ!」


また声が大きくなっちゃった。

取り巻きの子たちが恐怖で縮こまって、一回り小さく見える。


恐怖による支配。

わたしのユリエラとしての18年間。

それもしっかり、わたしの中に息づいていると思うと心底へこむ。


素で人を脅してますよ。

ヤクザですよわたし。


「何度も大きな声をだして、ごめんなさい。

どうして、そんな話になったのかしら?」


「あの……その……皆がそう噂していて……」


「皆が噂しているのね。それを学園の先生方も信じた。

そういう事?」


「あの……はい」

「……誰がそんな噂を?」


あれは、つい先日の事ですよっ。

わたしがあの時のことを思い出そうとしたら、取り巻きの子たちの中からすすり泣きが聞こえた。

それは皆に聞こえて、皆の視線が一人の子に集中する。


「あっ」


わたしは声を上げた。

その子は、取り巻きグループの中で最下層の第10位。

グループに入ってまだ日の浅い子だ。


新人という事もあってユリエラ(わたしのこと!)が、下働きとしてこき使ってたんだ。

彼女の受ける授業なんか無視して、いつもわたしのかばん持ちをさせてたんだった。


修行と称して化粧もさせない、髪飾りも付けさせない。

うわっ、やってる事まじヤクザ!

あの時も教室の前で待たせて、鞄持たせて引き連れてたんだ。


わたしそこまで酷いことしといて、この子の名前とか全然覚えてない。

その子が引きつったような声で、すすり泣いてる。

わたしは、できるだけ優しく問いかけた。


「あなた……なの?」

「ひっ、ひぐっ、ひっひっ……」


まずい、この子壊れかけてる。

眼つきで分かった。

何度もメイドを発狂させてきたから、経験で分かる。

すっごい嫌だけど、分かるものは分かる。


名前も覚えてないその子は、引きつった笑みを浮かべて何か言い出した。

よく聞き取れないけど、こう言ってる。


喜んで頂けると思って、喜んで頂けると思って……


壊れたスピーカーみたいに、何度も繰り返していた。

駄目だこれ以上喋らせると、この子の心が押しつぶされる。


わたしは咄嗟とっさに、その子を強く抱きしめた。

周りの子たちは、何が起きたのか分かんなくて啞然あぜんとしてる。

わたしは、腕の中でぶるぶると震える子にささやく。


「怖がらないで、わたしはあなたの事を怒ってないから。

そんなふうにあなたを追い込んだのは、このわたし。

逆に謝らないといけない、ごめんなさい。


だから怖がらないで。

あなたは何も悪くない……悪いのはわたし。

責任は全て、わたしにあるの」


「ひぐっ、ごめんなさい……こっ、殺さないで下さい……

こ……殺さないでっ、ひっ、ひっ、ひぐっ」


やっぱり言葉だけじゃ駄目だ。

ユリエラが言ったって、何かその言葉のウラに、怖いものがあると思っちゃう。

言葉だけじゃだめ。

この子には、言葉だけじゃ足りない。


わたしはいつもえりに忍ばせている、ミスリルの針を引き抜いた。

その針で、自分の人差し指をちょっとだけ刺す。


引き抜くと、血の玉が指先にぷくりと浮かんだ。

その血を、抱きしめている子の唇に含ませる。

これはわたしの、得意な魔法の一つだった。


少しだけ体を離して、わたしはその子の瞳を見つめた。

彼女も蛇に睨まれた蛙みたいに固まって、見つめてくる。


「血の盟約をここに結ぶわ。

この件でわたしは、あなたの事を決して責めたりはしない。

あなたは悪くないと、この場で宣言する。


もしこの盟約が破られたとき。

すなわちわたしが、あなたを責めたとき。

わたしの心臓は、鼓動を止めるでしょう。


さあ、了承してくれるかしら?

うなずいてくれるだけでいいわ」


血の盟約は、おきてを守らせる魔法だ。

盟約を結ばせ、人体の一部を担保にとって服従させる。


相手に恐怖を植え付けて、思い通りにする。

ユリエラが好きな精神魔法の一つだった。


取り巻きの子たちは、皆この魔法を知っている。

だってグループに入るとき、必ず何かしらの条件で血の盟約を結ばせているから。


今回は相手にかけるのではなく、自分自身にかけた。

相手が了承すれば、この盟約は成立する。


名前も覚えてないこの子は、ぶるぶると震えるだけで頷けず固まっている。

しょうがないから、わたしはその子のあごを摘まんで下に引っ張った。


顎を下げた瞬間、わたしの胸にすっと糸を通したような感覚が走る。

いつもの盟約が結ばれる感覚だった。


糸の反対側は了承した子に繋がっていて、一緒に糸を通した感触が胸に走ったはずだ。

その感触は言葉では足りなかった「実感」を、この子の胸にもたらしてくれる。


「はい、これで盟約は結ばれたわ。

どうかお願い、わたしを信じて欲しい」


腕の中の子は実感を得て、ほっとしたのだろうか?

がくんと体の力を抜いて、わたしに寄りかかってきた。


わたしはしっかりと支えて、ゆっくりとしゃがみ込む。

そのままの姿勢で、他の取り巻きの子たちに声をかけた。


「皆にお願いがあるの。

うわさはまったくのデマだと、学園中に広めてちょうだい。

それとこの子の名前は、決して出さないこと。

噂はあくまでも噂。

出所なんてどうでもいいわ」


皆がしんと静まり返っている。

腕の中の子だけじゃなくて、皆も蛙みたいに固まってた。


こういうときは、悪女ユリエラっぽくすると手っ取り早い。

あーやだなあ、やりたくないけど。

わたしはパンっと響くように手を叩いた。


「何をしているの、早く行きなさい!」


取り巻きの子たちの体が全員ビクッと跳ねて、一斉に駆け出していく。

あーまた悪役だわ。

こき使ってるわ。

最低だわ……


わたしは自己嫌悪にかられながら、腕の中の子にささやく。


「医務室へ行きましょう、そこで少し休むといいわ」

「は……はい」


まだちょっと震えてる。

さっき手を叩いたとき、腕の中の子もビクッと跳ねたからなあ。

ほんっと駄目だわ……わたし。


医務室まで付き添って魔法医にその子を預けたあと、わたしはその足で学園長のもとへ行く。

直ぐにイレーネへの誤解を、解かないといけないから。




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