第3話 ユリエラ、すずめの声を聞き朝帰りする


もう学園なんかやめて、実家の侯爵領こうしゃくりょうに戻って、引きこもっちゃえばいい!

そうしたら、断罪イベントなんか起きない。


階段から落ちた後遺症が酷いとか言って、フェードアウトすればいいっ。

すっごく言い考えだから、すぐに実行した。

最低限の支度をして馬車に乗って、陽の落ちかけた学園城下の街を走らせた。


わたしは馬車の中で、ほっと胸をで下ろしたんだけど、なんか変だった。

いつまで経っても、街の端っこに着かない。


大通りを真っ直ぐ走れば、城壁の門までなんて30分で着くのに、全然着かない。

どうして!?

なんで!?


「どうなっているの!」


つい恐怖にかられて、御者ぎょしゃに怒鳴ってしまった。

気持ちは「霧島ゆり」だけど、こういう所にユリエラが出ちゃう。


馬車を操る御者は、これ以上ないくらい縮こまって震えてる。

わたし=ユリエラが、どんな性格か知っているから。


残酷で陰湿なお嬢様。

わたしはこれじゃ駄目だと思って、深呼吸した。

3回やって、気持ちを落ち着かせてから尋ねる。


「真っ直ぐ走っているけれど、城壁の門に着けないのね?」

「はい、その通りでございます。

私も何がなんだか分からなくて、その――」


「そう、分かったわ。怒鳴ってしまってごめんなさい」

「えっ!?」


わたしが謝ったからびっくりしてる。

そういう態度を見せられるとへこむけど、わたしはこれから、このリアクションに慣れないといけないなと思った。


「少しここで、待っていてくれるかしら?」

「お嬢様どちらへ?」


そう聞かれて、わたしは遠くに見える城壁の門を見つめた。

ここから思い切り見える。

見えるのにたどり着けない。

もうすっかり夜になって、門に大きな篝火かがりびかれていた。


「ちょっと歩いて、行ってみるわ」

「あっ、夜の一人歩きは危険です。私も一緒にっ」


「わたしのことを、守ってくれるの?」

「はい、私はお嬢様にお仕えする身。当然でございます」


わたしはその言葉を聞いて、胸が熱くなった。

わたしのこと怖いはずなのに、嫌いなはずなのに。

それでもわたしを、守ろうとしてくれるんだ。


こんなわたしでも、まだ守ってくれるんだ。

そう思ったら鼻の辺りがつーんとした。

目頭が熱くなって、涙がたまってぽろぽろこぼれた。


「うぐ……うぐっ……ありがと、ありがとう」


自分でも分かんないけど、こらえ切れなくて声をだして泣いた。

御者がびっくりしてオロオロしてる。


泣いちゃ駄目って思うけど、全然とまらない。

立っていられなくて、しゃがんで声がでないよう、口を押さえるだけでいっぱいいっぱいだった。

そんなわたしに、御者が声をかけてくれる。


「あのお嬢様、よろしいでしょうか」


ぐしゅぐしゅの顔を上げると、目の前に御者が正座していた。

この世界にも正座ってあるんだ。

そんな事をちょっと思ったりする。


「あの……何があったか知りませんが、こんな私で良ければお話願えませんか?

少しは楽になるかと思います。

分をわきまえない、愚か者でございますが」


「うう……ありがと……ありが……うううっ」


わたしは気づいたら、御者に全部話してた。

あーえっと、全部じゃない。

この世界が、ゲームの世界だってことは話さなかった。


階段を転げ落ちて頭を打ってから、わたしの頭の中が変化したこと。

今まで自分が周りにやってきた酷いことを思い出して、耐えられなくなったこと。


苦しくて、どうして良いか分からなくて、逃げようとしたこと。

そんな事を鼻水混じりに、とりとめもなく話した。


「こんなクズなわたしを、まだ守ってくれるって言った、あなたの言葉が嬉しかったの。

どうしようもなく嬉しくて、どうしようもないの~っ」


御者が戸惑ってる。

そうだよね、いきなりそんな事を言われたって警戒するよね。

わたしがまた何か、企んでるって思うよね。


でも充分だよ。

ありがとう。

わたしに声をかけてくれて、ありがとう。


そう感謝して、尊いって思っていると、他にも声をかけてくれる人がいた。


「おんや、どうしたんかいお嬢さん?」

「こんな所で座り込んで、綺麗な服が汚れてしまうがね」

「なんか知らんが、訳ありかいお嬢さん」


わたしの事を知らない、街の一般住民の皆さん。

ゲームで言うとモブキャラさんだ。

そんな皆さんが、優しく声をかけてくれる。


ふと見ると、わたしがしゃがみ込んでいる場所は、ちょうど酒場の前だった。

多分わたしの泣き声を聞いて、店から出てきたのだろう。


「うううっ、何でもないです。

ありがとうございます、ありがとうございます~」


お店の女の人がわたしを優しく抱いて、立ち上がらせてくれた。


「とりあえず店においで。あったかい物でも飲んで、気持を落ち着かせなさいな」

「ぐすん、ありがとうございます~」


わたしはすっかり、ありがとうボットみたいになって、差し出された布切れで鼻をちーんとかんだ。

人の温かみが有難くってありがたくって、わたしは救われた。



ちゅんちゅん、ちゅちゅん、ちゅんちゅんちゅん。


朝の定番、すずめの鳴き声が聞こえてくる。

わたしは酒場からでて、う~んと背伸びをした。


オールしてしまった。

お嬢様なのに、大学生のノリでオールをしてしまったー!

だってわたしの悪行を知らなくて、気兼ねなく接してくれる人たちが嬉しかったんだもの。


心の隅で、ユリエラである「私」がささやく。

金持ちのお嬢様ってことで、ていよく皆の酒代を払わされただけじゃないの。

そんな事はどうでも良くて、わたしは「私」の声を無視した。


街には朝靄あさもやがかかって、遠くに見える城壁門がちょっとかすんで見えた。

わたしは御者を連れて、門へ歩いていく。


けれど馬車と同じで、門にはたどり着けなかった。

いつの間にか、別の道を歩いてたりした。


御者が額に手をあてて、顔が青くなってた。

名状しがたい不可思議な状況に置かれたら、みんなそうなるだろう。

けれどわたしは、この世界がゲームだって知っているから、何となくに落ちた。


「わたしの学園イベントが終わってないからだ。

移動制限がかかってる」


「いどうせいげん? それは魔法か何かですか?」


御者が寝不足の顔で尋ねてくる。

一緒に徹夜して飲み明かしたおかげで、かなりわたしに対する態度が柔らかくなっていた。

わたしも「霧島ゆり」のノリで返事をした。


「うんそう、魔法みたいなもの。

ごめんカイルさん、悪いけど学園の寮まで帰ってくれる?

わたしはまだ、色々とやることがあるみたい」


御者はわたしを見つめて、深々と頭を下げる。


「かしこまりました、ユリエラさま」




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