第17話 オオカミの母子

 森で採集をしていると、なにかの微かな鳴き声。そちらへと向かってみるとオオカミの親子がいた。

 だが、俺のことを見ても襲ってくる様子はない。なんでかと近づいてみても唸り声を上げるばかりで動き出す様子もない。子供も小さく親から離れる様子も見えない。むしろ、俺のことがなんなのかわかっていないで、きょとんとしているだけか。

 どうやら足を怪我して歩けなくなっているようだ。おそらく何かから逃げてきたのだろう。この辺りでオオカミに出会ったことはないので、この足で遠くから逃げてきて、ここで力尽きてしまったというわけか。

 唸っても俺が逃げないことを理解出来たか、諦めたように顔を下げる。そして子供を顔を擦り付ける。なんというか、死ぬことすらも覚悟したような、そんな風に見えてしまった。

 正直、食べても美味しくない。だったら、番犬として飼うのもありだろう。調教すれば作物を狙う小動物を追い払ってくれるだろうし、向こうも流石に助けてくれた人間を襲おうだなんて恩知らずな訳はないだろうし。


「助けてやるから、大人しくしといてくれよ」


 通じるかはわからないが、声掛けくらいはしておかないと、いきなりはびっくりするだろうと思った。

 一人では歩けないであろう親のオオカミ。多分母親をなんとか持ち上げて、歩き出す。子供は心配そうに俺の後をついてきてくれた。噛みつくだけの元気もなくて少し安心した。子供ももしかしたら俺が母親を助けてくれる存在であることをなんとなく察してくれたのかもしれない。

 途中、少し歩いて疲れた子供を背負っていた籠の中に入れるなんてことはあったが、俺はなんとかこの重い荷物を開拓地まで運び切ることができた。


「フーマさん、おかえりなさいって、なんですかそれ!? どこで拾ってきたんですか!?」


 アリスが大声を出して驚いていることに俺とオオカミたちが逆に驚いてしまった。バタバタと暴れるのをなんとか抑える。落としてしまえば怪我が悪化してしまうかもしれないと、俺も必死なのである。

 アリスにどういう経緯でこうなったのかを伝える必要はあった。だが、それよりも優先することがあるので、一旦オオカミたちは俺の家に寝かせる。説明は後にするが、なんとなく俺の表情からもそれはすぐに察してくれた。


「アリス、薬草をいくつか見繕ってきてほしい。あの母親は足を怪我していて歩けなくなっているんだ」

「わ、わかりました」


 これで軽く手当をしてあとは彼女の頑張り次第だな。この場所には怪我をきちんと治療できる人間がいないし、いても動物を治せるかと言われると怪しいところだろう。自然治癒でどこまで治るだろうか。俺は医者ではないからわからないのだ。

 ひとまず応急処置程度の簡単な治療でしかないが、それを施してあとは安静にさせる。しばらくはウサギなんかを積極的に狩りに行く必要があるな。

 それよりも問題になってくるのは、このオオカミに怪我をさせてここまで逃げて来させるような存在である。この森の奥深くにその何かが生息しているのか、それとも人間と争いになったのか。あと、この二頭しかいないのか。他のオオカミはどこに行ったのか。少なくとも母子だけで生活しているとは考えにくかった。


「フーマさん。この森に魔物なんていたんですね。よく持って帰ろうとしましたね」

「魔物?」

「あれ? 気づいてなかったんですか? あのオオカミは魔物ですよ。ちゃんと体内に魔力が渦巻いていますもん」

「いや、俺たち魔力がない人間には魔力なんて感じ取れないから。見た目が普通のオオカミを魔物かどうかと見分けることなんて出来ないから」

「そうなんですか。で、どうするんですか? 殺しちゃうんですか?」

「いや、助けようとした命を魔物だからと殺すことは出来ない。俺のことを信頼して委ねてくれたのに、それを裏切ったら、俺は人としての大事なものを失うと思う」

「そうですか。いいと思いますよ」


 どうやら俺は魔物を助けてしまったらしい。少しまずいことをしてしまったかと思うが、それでも助けようと思った命を捨てるなんてことは出来ず、このままにすることに決めた。

 アリスもそのことを特に非難する様子は見れない。むしろ、その決断に喜色すら浮かんでいた。魔法使いであるというのに、そこは変わっているところだったが、俺には好都合である。

 だが、残りの二人がどうするかは未知数である。というか、確実に殺すことを提案するはずであって、それをどうやって説得しようかと考えなくてはならないのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る