第18話 魔物と宗教

 魔物とは、魔力を保有している動物のことである。突然変異的に生まれて、大抵が人間社会に大きな災いをもたらすと言われている。そのため、魔物が発見され次第討伐することが求められている。少なくとも、発見されてから現在まで生存が確認されている魔物など存在しない。

 そして、魔物を討伐するのは魔法使いたちの仕事の一つでもあるのだ。逆にいえば、魔法使いでなければ討伐できないほどに強大な力を有しているということでもある。

 そのため、夜になって四人であの親子を殺すべきかどうかと議論になっている。アリスはどうしてか、俺の側にまわってくれているが、残りの二人はそうではないのである。


「ご主人様、今なら万全の状態ではない魔物を安全に討伐できるチャンスです。快復して、元気になってからでは遅いのです」

「だがなあ、見た目は普通のオオカミだしな。ただ、生物としての力が強くなるぐらいだろう。うまく躾けることができれば、強力な番犬になるだろうよ」

「あのねえ。魔物はそんなつもりじゃなかろうと、周りの生き物を簡単に殺してしまうのよ。破壊に愛されてしまった呪われた生き物なのよ」

「なんか、破壊衝動とか、そういうのに襲われたりするのか?」

「多分そうよ。今まで魔物を討伐するってなった時は少なくない犠牲が出て来たのよ。それがたとえネズミの魔物であろうとも。より凶暴に、より破壊的に。魔物になるとそういう本能が生まれると考えられているのよ」


 だが、俺の視線の先にいるオオカミの親子は破壊衝動に襲われたり、そんな危険なものに愛された存在には見えない。微笑ましい動物の母子である。

 この親子を殺したら、俺は間違いなく大切な何かを失うような、そんな気がしてならないのである。

 当然二人にもその光景は見えている。今までの伝聞から知らされている前情報と、今こうして実際に見ているもの。それに差異が生まれてしまっているために、否定はしつつも、そこに強さは感じられないというのが俺にとって好材料であった。


「俺は、この親子を殺す方が破壊に愛されているように見えてならない。そもそも、討伐も人間が攻撃を仕掛けるから反撃で死者が出るだけじゃないのか? だから危険だってなって、討伐対象になっているんじゃないのか?」

「フーマさん。魔力は人間が神に与えられたものであり、他の生き物は持ちえないという、思想を知っていますか?」

「いや、知らない。二人はどうなんだ?」


 二人も知らないようで、首を横に振る。これはアリスだけしか知りえない話であるらしかった。ガッシュはともかくとして、マリンも知らないというのはどういうことであろうか。


「これは学校で扱うような内容ではないからです。魔法学校には大きな図書館が併設されていますが、あの大量の蔵書の九割を読み漁ったのはわたしくらいのはずです」

「や、やばいわね、それ。一日中図書館に張り付いてでもないとそんなことは出来ないわ」

「もしかしたら、植物魔法だろうと攻撃に使える方法があるのではないかと探していたんです。結局そんなものはありませんでしたけど」


 彼女のその言葉には悲壮感に近いものが混じっており、その努力がどれほどのものであるかをなんとなくに理解させられるものがあった。マリンも流石に、何もいうことが出来なくなっているようだ。


「まあ、それは置いておくとしまして。その思想は原始宗教の一つです。その絶対の柱となるのが魔力を持つのは人間だけであって、それ以外は悪魔の手先なんだという価値観なんです。わたしも勉強だけは頑張ったので、そういう知識はありますが、おそらくほとんどの人はそんなことを知らずに生きていますし、知らなくても問題ないんです。で、その価値観に基づいて魔物を狩っていた時代があって、今はその魔物は討伐しなくちゃならないって考えだけが継承されて来たと、わたしはそう思っているんです」

「つまり?」

「あのオオカミたちを殺さなくていいと思うんです。そして、魔物と人間が共存できることをここで証明するべきだと思うんです。前時代の化石のような価値観は今こそ捨て去るべきなんです。そのチャンスが今まさにここにあるんです」


 この中で、アリスが最も熱を帯びて説得していたので、結論としてなにか危険な兆候がない限り殺すことは禁止ということになった。

 二人もわざわざ生き物の命を食べるという以外で望んで奪いたくはないのだ。それに見るからにただの親子にしか見えないのであれば余計に。殺さなくていい理由というものがあればそれにすぐにでもなびくということなのだ。

 アリスが俺たちの仲間としていてくれて助かったと心の底から思った。こんなにも賢く優れた人が近くにいて、どれほど幸せなのだろうか。

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