第11話 付与魔法使い

 俺と目が合ったその女性は、まるで人間の尊厳を捨て去ったのかと思わせるほどに、カサカサと地面を這うように近づいたかと思えば、俺の足元へとしがみつく。その顔は必死で、俺を逃したら死ぬのではないかという鬼気迫るものであった。


「お願いします。何でもしますから雇ってください」

「なんでも?」

「はい、何でもしますから」


 俺はチラリと彼女の顔や胸を見てしまい、それを目ざとく気づいたアリスに思い切りつねられる。仕方ないだろう。美人がなんでもしてくれると言ったのだから、その程度の妄想をちらつかせてしまうのも、性というやつである。


「冗談はダメですよ、フーマさん。というか、この人わたしの一学年先輩のマリンさんです。学業の成績がかなり優秀で、軍の鍛治部門に雇われたって聞いていたはずなんですけどね」

「この人が?」

「はい、この人がです」


 人は見かけによらないということだろう。そんな人がどうして都市から離れたこの地方の街にいるというのだろうか。まあ、先ほど見た光景のように、摘み出されてしまったのだろうが。だとしても、どうして優秀な魔法使いを捨てることになるのか。


「あたしのことを知ってるって、貴女も魔法使い? だったら、あたしもついでに雇ってください! 大抵の付与魔法は使えるように勉強してきてます! どんなものにでも付与してみせます! お願いします!」


 ずり落ちた眼鏡を掛け直しながら、懇願してくるマリンと呼ばれた魔法使い。だが、俺には彼女は雇えない。理由は言うまでもない。


「あの、先輩。残念ですがわたしはこの人に雇われているわけではないんです。なので、先輩も雇うと言うことは出来なくてですね」

「え!? ってことは二人は夫婦ってこと!? 魔法使いなんて晩婚になるのが基本なのに、あたしより若くて旦那もいるなんて、何で勝ち組なの! ズルいから、せめてあんたの職場で働かせてよ。この哀れな先輩を思ってさあ」

「あー、すみませんマリンさん。別に夫婦というわけではなくてですね。彼女と俺は開拓地の仲間なんです。今はこの他に俺の奴隷を入れて三人で土地の開拓をしていまして、金銭による契約とかは出来ませんが、一緒に開拓しますか? それだったら着いてきても構いませんよ。当然街での暮らしなんかよりはよっぽど貧相な生活になりますけど」

「開拓ってことは、あなた、自分の家を継げなかったってところかしら」

「はい、そうです。次男なんで。で、今回収穫できた野菜を売りに街まで来たんですよ」


 土地の開拓なんてそう簡単な話ではないことは誰でも知っているだろうし、自らの意思で開拓するような人間など現代ではそうはいない。だからこそ簡単に予想は出来て、そんな人間と一緒に開拓をしたいとは思わないだろうという考えもあった。

 付与魔法なんて、開拓地で使い所もなさそうというのも大きい。アリスの植物魔法だからこそ、受け入れたところが大きいわけだ。

 まあ、それでも人手が足りないわけで、内職でもして小物を作ってくれるならそれもありかと思うが、この人がそれで受け入れるかどうかというところである。


「いいわ、何でもするって言ったでしょ。あたし多分魔法使いに向いてなかったんだろうし、心機一転生まれ変わったつもり生きるから、開拓地に連れて行って欲しいわ。どうせ街で暮らしていたって楽しい生活があるわけじゃないし」


 そのまさかの選択をした。彼女はかなりあっさりとした性格の人であったらしい。

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