第10話 もう一人の魔法使い

 査定が終わって、売却額を渡される。アリスにも額面を見せれば特に何かを言うことはないようで、問題はないということだろう。

 俺一人であれば街での取引価格を知らないで騙されているかもしれないが、都市部での生活をしていたアリスであれば野菜の価格から、どの程度正当な価格での交渉かわかるだろうという判断である。

 だが、買い叩かれるなんてことがなくて良かった。田舎者にはそうやって騙してくるかもなんて、警戒心を持ちすぎだっただろうか。申し訳ないことをしたなと、少し反省して買い物に向かう。

 作物の種を数種類と、農具や調理器具。買えるだけ買いたい。売り上げ的にはそんなに種類は揃えなさそうだが、少しでも快適な生活に近づくというだけで気持ちは明るい。


「とりあえず、種や農具はアリスに全部任せていいかい? 俺の素人考えでの購入よりも、畑の責任者のアリスに任せた方がいいと思ったんだが」

「一応、わたしも特別農業に詳しいわけではないですよ。魔法で無理やり細かいところを省略することが出来るってだけですから。本来なら農作業に詳しい人を呼んで、その人に色々と意見を聞きながら作業をして行きたいんですよ」

「だがなあ、人を呼ぼうにもあんなちっぽけな土地に来たがる人はいないし、奴隷を買うだけの余裕もないし、どちらにせよまだまだ先の話だな。それまではアリスに無理をさせてしまうが、頼むよ」


 アリスもわかってくれているので、仕方ないなとそんな表情を見せて、俺たちは農耕ギルドへと足を運ぶ。そこにはこの辺りの土地で育つ作物の種と、いくつかの農具。より高品質なものは鍛冶屋に直接赴いて交渉する必要があるが、そんなこだわりを見せる段階ではない俺たちは、この辺りから必要だと思われる道具、特に現在石器で代用しているものを購入していく。

 石が鉄に変わるだけでも作業効率は非常に高くなることだろう。手に持ったずしりとした重みが俺に笑みを浮かべる。

 ホクホク顔でギルドから出たところで、怒号が聞こえてくる。そちらへと俺たちは顔を向けると、建物から女性が一人、摘み出されるようにして外に出てきた。

 それは街中の喧騒としてはあまりにも異質な音を発しており、当然のように周囲からの注目を集めるものであった。だが、男の方はあまりにも怒っているため、それが見えていないのだろうということも見てとれた。


「もう我慢の限界だ! 二度とうちの敷地を跨ぐんじゃねえ! どこぞにでも行って、くたばっちまえ!」

「あ、あの•••」


 その女の人が何かを発する前に扉がバタンと勢いよく閉まり、周りの人々は関わり合いになりたくはないとそそくさと離れていく。確かに、どんなトラブルがあったにせよ、自ら首を突っ込んでいくほど命知らずな人間はいないということだろう。

 どっちが悪いのかわからないのだから、放っておくのが正解であった。


「あの人、付与魔法使いですね。魔法使いの中でも数少ない、戦場に出なくとも差別されることがない種類の魔法使いですね。都市部から離れたこの辺りにも魔法使いを雇えるような優秀な職人がいるのですね」


 付与魔法なら俺でも聞いたことがある。道具に何かしらの追加の効果を付け加える魔法を使えて、付与魔法による効果が乗った剣は貴族の家宝になることもあるらしい。

 で、そんなすごい魔法使いがどうして追い出されるというのか。あの建物は鍛冶屋だから、おそらくは武器に付与をしていたのだろうに、何を琴線に触れるようなことをしたのか。傲慢な態度でもとっていたのだろうか。勝手なイメージだが、魔法使いと鍛治師なんて水と油にしか見えない。うまく手を取り合う光景など想像できるわけもなかった。

 絶望したような顔をしている彼女はぼーっと虚空を見つめていて、どこに焦点が合っているのかわからないような状態であったが、俺たちの方を向いた途端、ばちんと俺と目が合った。

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