第9話 ハメられた男

「――はっ。俺はなにを……」


 なんだかクソ下らない夢を見ていた気がする。


 目覚めたのは冷たい床の上。


 てか金玉いてぇ……。


 激痛のビッグウェーブは過ぎたようだが鈍い痛みが腹の底で下手くそなダンスを踊っていやがる。


「この泥棒猫! 竿谷はあ~しが先に目を付けてたんだし!」

「そっちこそいきなり出てきて貴重なサンプルになんて事するんですか! 男の子のタマタマはデリケートなんですよぉ!」


 声に視線を向けると俺の頭のすぐそばで美一と愛園先輩ががっつり手四つで睨み合っていた。


 偶然かつ必然的に二人のスカートの内側が視界に入る。


 絶景かな絶景かな。


 俺の心の石川五右衛門がクワァッ! と刮目した。


 美一は今日も派手なアニマル柄だ。テカテカの黄色地に細胞壁みたいな角の丸い四角がギュッと並んでいる。多分キリン柄だろう。黒ギャルらしく面積も控え目で煮卵みたいな尻が惜しげもなく溢れている。


 個人的に派手な下着は趣味じゃないのだが、雰囲気だけは肉食系な黒ギャルのむっちりとした生命力溢れる日焼け肌とアニマル柄の組み合わせはいかにも性欲が旺盛ですといった感じがして俺の中の普段は理性の鎖で縛られた獣の本能がビンビン刺激される。


 なるほど、これがセックスアピールという奴ですか。


 対照的に愛園先輩はシンプル過ぎる程素っ気ない白パンだ。


 ふんわりとした素材は綿だろう。布面積も広く安産型の大きなお尻を余裕を持って包んでいる。見た目だけは大人っぽい愛園先輩のイメージからすると少々野暮ったい気もするが、それはそれで逆にエロいから不思議なものだ。


 特に露出の多い美一を見た後だと逆ベクトルのエロスを感じる。


 美一のパンツは彼女自身のムッチリ煮卵ボディを引き立てる良いスパイスになっているし、愛園先輩の場合は色白のわがままボディとシンプルな白パンが解け合うように調和している。


 美一の場合はあくまでもそれを身に着ける本人の身体が主体だが、愛園先輩の場合はパンツあっての尻、尻あってのパンツといった具合である。


 どちらが良いかなんて無粋な判定をする気はない。


 紳士は黙って両方楽しみただただ目の前の光景に感謝するだけである。


 う~んマンダム。


 お陰で下腹部の痛みも大分紛れた。


 時にエロスは天然の鎮痛剤にもなるらしい。


 さてと。


 そろそろ喧嘩を仲裁するか。


「ストップ! そこまで! 二人とも落ち着けよ!」

「シャァッ!」

「ガルルルル!」


 割って入った俺の肩越しに威嚇し合うと。


「元はと言えばあんたが悪いんでしょ!」

「竿谷君! この子はなんなんですか!?」 


 まさか万年非モテの俺が修羅場に巻き込まれる日がこようとは。


 俺のせい(じゃないとおもうけど)で二人の美少女が喧嘩するのは正直悪くない気分である。


 まぁ、これもエロ漫画世界の影響なのだろう。


 愛のないご都合セックスには反対だがこういった健全なラブコメ展開なら大歓迎だ。


 俺今、メッチャ青春してないか?


「……え? なに拳握りしめて震えてんの?」

「竿谷君! 流石に女子にグーパンはよくないと思います!」

「ちげぇわ! 感極まってるだけだから!」


 勝手に人をDVキャラにしないで欲しい。


「てか美一。来るなって言っただろ!」

「だって心配じゃん! 案の定誘惑されてるし!」

「されてねぇだろ……。ちゃんと話聞いてたか? 俺はただ貴重な男子のサンプルとしてオナホのテスターに選ばれただけだ」

「そんなん浮気と一緒じゃん!」

「浮気じゃねぇし! そもそもお前とは付き合ってねぇだろ!」

「分かりました!」


 美一とのやり取りを見て愛園先輩がポンと手を叩く。


「この子が噂になってる竿谷君のセフレですね! あれ? でも、竿谷君は童貞なのでは……。嘘ついたんですか!?」

「違います! この黒ギャルはクラスメイトの美一っていって、周りに見栄張ってビッチのふりしてる処女ビッチなんですよ」

「わぁー! わぁー! それ言っちゃダメだし!?」


 わたわたと美一が慌てるが知った事じゃない。


「うるせー! お前のくだらねぇ見栄に付き合ってられるか! そもそも俺はお前のクソみたいなキャラ作りには反対なんだよ! そういうのは一人でやれ! 他人様を巻き込むな!」

「うぅ……うぅうっ!」


 言い返せず悔しそうに呻る美一。


「なるほどー。そういう事情でしたか。安心してください美一さん! 私、秘密は守るタイプなので!」

「愛園先輩っ! ……って、今更優しい先輩面しても騙されないし! 自作のオナホ後輩に使わせるとかどう考えても異常者じゃん! あーしは絶対認めないから!」

「騙すもなにも初対面なんですけど……」


 愛園先輩は困惑すると。


「私にも目的がありますので。邪魔をするなら美一さんの秘密みんなに広めちゃいますよ?」

「ひ、卑怯だし! ねぇ竿谷! なんとかしてよ!」

「断る。いい機会だろ。これを機にビッチキャラから足を洗えよ」

「無理だってば! 小学生の頃からビッチキャラだったんだよ!? 今更嘘でしたーとか許されないし! 友達にも嫌われて絶対イジメられちゃうじゃん!」


 自業自得だろ。


 とは思うのだが。


 俺だって鬼じゃない。


 クラスメイトだし、エロ漫画世界の強制力のせいとはいえこんな俺とエッチしたいと言ってくれた初めての女子である。


 イジメられるのは流石に可哀想だ。


「もしそうなったら責任取って俺がなんとかしてやる」

「け、結婚!? い、いくら何でも急すぎだし……。あ~しにも心の準備が……」

「なんでだよ!? 普通に友達としてイジメと戦うって意味だろ!」


 赤くなってモジモジしていた美一がさらに赤くなる。


「にゃっ!? ま、紛らわしい事言うなし!」

「紛らわしい要素なんか一ミリもなかっただろうが!」

「責任取るって言ったら結婚しかないっしょ!」

「ビッチの癖に頭お花畑かよ!」

「だって本当はビッチじゃないし……。しょうがないじゃんか!」


 涙目になって俺を睨む。


「つまり美一さんは竿谷君の事が大大大好きって事ですね?」

「にゃぁああっ!? ち、ちげーし! だだだ、誰がこんな奴!」

「そうっすよ愛園先輩。こいつは俺の身体が目当てって言うか単にエッチしたいだけなんで。それだって俺が嘘ビッチなの見抜いたから意地になってるだけだし。好きとか恋愛感情とかそういうんじゃないんすよ。 ――イッテェ!? なんで蹴るんだよ!」

「ムカついたから。とにかく、そーいう事なんで! こんなデカチンのオマケみたいな男、ずぅぇええんずぇん好きじゃないんで!」


 誤解されないようにフォローしてやったのになに怒ってんだこいつは。


 女心は分からん。


「え~……。完全に惚れちゃってるようにしか見えないですけど……。まぁいいか。好きじゃないなら竿谷君が私のオナホでシコっても文句ないですよね?」

「それとこれとは話が別じゃん!?」

「なんでだよ……」

「だ、だって……。竿谷のチンコはあーしが先に目を付けたんだし! 横取りされたら悔しいじゃん! 使うならせめて、あーしとエッチした後にして貰わないと! そうだし! これは女のプライドの話!」

「また訳の分からんことを。たかがオナホだぞ? 愛園先輩とエッチするわけじゃない。そうでなくとも彼女でもないお前にとやかく言われる筋合いないだろうが」


 既に俺も息子もすっかりその気になっている。


 今更美一に邪魔されるわけにはいかない。


「たかがオナホ、されどオナホだし! 先輩のアレで型取ってるならそんなん先輩のアレと一緒じゃん! あーしにはビッチ辞めろって言っておいて竿谷は女遊びするわけ!?」

「だから女遊びじゃないだろ……」

「あーしにとっては同じだもん! いやいやいや! 絶対やだぁああああ!」

「駄々こねんなよ……」


 地団駄を踏み今にも泣き出しそうな勢いである。


 愛園先輩の研究の助けにはなりたいが、美一を説得するのは難しそうだ。


「はい! 私にいい考えがあります!」


 突然手をあげると、愛園先輩が美一になにか耳打ちする。


 ……俺に内緒にするような話なのか?


「え? そんなの、ありなんですか?」

「それは美一さん次第ですけど。悪いアイディアではないですよね?」

「んー……」


 俺と相棒をチラチラ見ながら美一が考え込む。


「目の前で内緒話ってのはあんまりいい気分じゃないんすけど」

「別に内緒じゃないですよ? 美一さんが認めてくれたら、代わりに竿谷君の男性器をプレゼントするって提案をしてたんです」

「プレゼントって、勝手に決めないで下さいよ!?」


 なにを言い出すんだこの先輩は。


「ですから、次は竿谷君にお伺いを立てようと」

「そんなの絶対イヤに決まってるでしょ!?」


 全く、隙あらばこのエロ漫画世界は俺と美一に愛のないセックスをさせようとする。


 その手には乗らんからな!


「……そこまで嫌がる事ないじゃんか」


 半ギレの俺を見て美一が拗ねる。


「だってイヤだろ! 愛園先輩のオナホでシコる為にお前とエッチするとか、そんな失礼な事出来るかよ! 俺は愛のないエッチをしたくないだけで、お前とエッチしたくないわけじゃないんだ! むしろしたいかしたくないかで言ったらメチャクチャしたい! 作り物のオナホなんかより万倍したい! それなのにそんな取引、俺と美一とセックスを冒涜してるだろ!」

「わ、わかったから!? そんなに熱弁しなくていいし!?」


 真っ赤になって美一が俯く。


「誤解が解けたならいいけどよ。それよりも愛園先輩! そんな取引持ち出すなんてちょっと失望っすよ!」


 博愛がどうこう言うから、その辺は弁えていると思っていたのだが。


「竿谷君も落ち着いて下さい。私だって竿谷君に美一さんとエッチしろと言ってるわけじゃありません」

「いや、めちゃくちゃ言ってたと思いますけど」

「男性器をプレゼントするって言っただけです。実は私、オナホだけでなくディルドの研究もしてまして」

「ぁ、はい」


 音速で理解した。


 性具で世の中を良くしようとしている人だ。


 男用を作って女用を作らないのは片手落ちだろう。


「竿谷君がオナホのテスターになる事を認めてくれたら美一さんに竿谷君のおちんちんで型を取ったディルドをプレゼントします。これなら美一さんにも利がありますし、私も竿谷君のおちんちんのデータと感想が手に入ってWIN―WINというわけです」

「理屈の上ではそうでしょうけど……。美一はそれでいいのかよ」


 美一の立場になって考えれば、俺のディルドを貰った所で俺が愛園先輩のオナホでシコる事を許せはしないと思うのだが。


「……よくはないけど。わがまま言ってるのはこっちの方だし。その条件だったらまぁ……」


 妥協は出来るラインという事らしい。


「というわけなので、後は竿谷君次第です。ディルド作らせて貰えますか?」

「……少し考えさせてください」


 まさか、一年上の可愛い先輩にお前のチンコでディルド作ってええかなんて尋ねられる日が来るとは思わない。しかもそれをクラスメイトの処女ビッチが使うと言うのだ。


 果たしてこれはセーフなのだろうか?


 いや、普通に考えたらアウトだろう。


 でも、それを言ったらそもそも愛園先輩のオナホを使う事自体余裕でアウトだ。


 前提として、愛園先輩は世の中をより良くする奉仕活動の一環として行っているという事を忘れてはいけない。


 事実、ある意味ではこの状況自体が一つのモデルケースなのだ。


 俺は現状の関係では美一とエッチしたくない。


 でも、美一はどうしても俺とエッチしたい。


 普通なら矛盾する二つの願いが同時に叶う事はない。


 だが、ディルドを介す事で間接的に美一の願いを叶え、彼女の中で荒ぶる抑えがたい欲望をいくらか発散させる事が出来るはずだ。


 それで美一の俺に対する執着が少しでも鎮まれば俺にも利点はある。


 美一もそれで冷静になり、適切な距離を取れるようになるかもしれない。


 それこそが性具の力、正しい欲望との付き合い方というものだろう。


 そう思えば、美一の為にも俺は相棒のレプリカを作るべきな気がする。


 それにクラスメイトのエロギャルが俺のディルドで致すという状況は色々とそそるものがないでもない。


 ていうか正直メッチャそそる。


 なにそれ、エロ漫画じゃん!


 って、エロ漫画の世界だった!


 まぁ、俺もこのふざけた世界と上手く折り合いをつけてやっていかなければいけないのだ。


 俺にとってもこの辺りが妥協点と言えるだろう。


「……竿谷が嫌なら無理にとは言わないけど」


 恥じらう美一の横顔で決意が固まる。


「いや。お前みたいなエロギャルに使われるんならむしろ本望だ。暴れん坊だが、可愛がってやってくれ」


 いつの間にか勃起した相棒をズボンの上からポンと撫でる。


「……バカ」


 想像したのか、美一は赤くなって視線を逸らした。

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