第7話 出ていくタイミングを失っていた女

 調子に乗っていたわけではないと思う。


 自分自身を振り返っても自己評価はそれほど高くない。


 諸々を加味しても、精々中の下と言った所だろう。


 普通を名乗るには色々と足りないし、どう間違ってもモテるようなタイプではないと思う。


 というか、ここ最近の異常事態を除外すれば、中学までの俺は本当にビックリするくらいモテない男だったのだ。


 それでも俺は思っていた。


 いつかは運命の相手と出会って愛のあるエッチが出来るだろうと。


 アイドルみたいな美人なんて高望みは言わない。


 金持ちかどうかなんて考えた事もない。


 胸だって小さくていい。


 運命も、たまたま席が隣だったとか、その程度のささやかさだと思っている。


 精々中の下な俺にお似合いの、はたから見ればそれ程可愛くもないだろう、けれど俺にとっては世界中の誰よりも可愛いに決まっている、そんな相手と出会い、父さんと母さんみたいな関係になれるだろうと当然のように思っていた。


 その相手がいつ見つかるかなんてわからない。


 高校生かもしれないし、大学生になってかもしれない。


 あるいは社会人、20代とか、30代の時かもしれない。


 もしかしたらその相手とは結婚まではいけないかもしれないけれど。


 とにかく俺は、そんな相手といつか必ず初エッチを迎えるだろうと無邪気に確信していた。


 なぜ?


 それはまぁ、悔しいけれど俺がバカだったからだ。


 バカだから、この世の男の約二割が童貞のまま死んでいくという事を知らなかった。


 知ってしまったからには俺は一つ賢くなり、無邪気な夢を見れなくなった。


 俺がその二割に入らないといったい誰が言えるだろう。


 果たして、この世界は本当にエロ漫画の世界なのか?


 そんなのは俺が勝手に思い込んでいる狂った妄想で、たまたま俺の周りには頭のおかしな女が集まっていて、一生に一度のモテ期が到来しているだけかもしれない。


 変な妄想に固執したせいで、俺は貴重なチャンスを見逃してしまい、一生童貞のまま終わるかもしれない。


 そう思ったら急に怖くなった。


 運命とか、相手とか、愛だ恋だ手順がどうだなんて綺麗ごとは全部どうでもよくなった。


 それよりも、せっかく男に産まれたのに一度もエッチをしないで死んでしまう事の方が怖くなった。


 なんでそんな事が怖いのか自分でも分からない。


 でも、想像すると怖くなる。


 自分でもビックリする程怖くなって虚しくなる。


 そして悲しい。


 胸の中に空いた大穴に吸い込まれてそのまま消えてなくなりそうだ……。


「――竿谷君? 竿谷く~ん?」

「はっ。ここは一体……」

「大丈夫? なんだか遠い目をしてブツブツ呟いてたけど……」

「愛園先輩が急に変な事いいだすからでしょ!」

「もしかして、想像して怖くなっちゃった?」


 図星を突かれ、俺は顔をそらした。


「……まぁ、ちょっと」

「恥ずかしがる事ないですよ。私も怖くなりましたから。そんなの、誰だって怖くなるに決まってます。だってそうでしょう? 一生に一度も恋人が出来ないなんてイヤ。一生に一度もエッチが出来ないのだってイヤ。たった15%だって言うけど、私からしたら15%もです。割合で言ったら大体七人に一人で、クラスに5人はいる確率です。くじ引きで決まるわけじゃないですけど。だったら余計に、私はその5人の中の1人になっちゃうような気がしちゃうから」

「……先輩は可愛いし、胸もデカいから大丈夫っすよ」


 言ってから失言に気づく。


「……すんません。そういうつもりじゃなくて……」

「わかってますよ。でも、自分がその5人の内に入らなくても、ああよかったとは思えません。中には望んでそうしてる人もいるかもしれませんけど、そうじゃない人だっているでしょう? 想像して怖くなった自分が辿ったかもしれない未来。私にはどうしても他人事に思えない。助けたいって言うのは違うけど。本当に全然そんなんじゃないんですけど。でも、そんな人達の為になにかしたいなって思うんです。そうなるかもしれない自分の為に、なにか出来ないかなって。それで色々考えて」

「オナホっすか」

「色々やってる中の一つです。相手が居なくても、それに近い物は得られるんじゃないかと」

「……どうっすかね。俺は童貞なんでわかんないっすけど。多分、セックスとオナニーじゃ全然別物だと思うんすけど」

「私もそう思います」

「……ならどうして」

「無駄ではないでしょ? 選択肢は多い方がいいと思うし。セックス出来なくても、オナニーの方が気持ちよかったらそれでオッケー! とはならないかもしれないいですけど……」


 先輩なりに悩みながら色々頑張っているという事なのだろう。


「それにほら! セックスレスとか、たまたま相手がいない人とか、性欲が強い人とか、世の中にはいろんな人がいるでしょう? 一括りには出来ないけど、中にはそれで浮気とか性犯罪に走っちゃう人もいるみたいですし。もしもすっごく気持ち良いオナホがあったら、少しでもそんな人を救えるんじゃないかって。上手く行ったら被害に遭ってたかもしれない女の人も救えて二度おいしいなって。それってすっごく奉仕活動だなって思うんだけど……どうでしょうか?」


 誇らしげに、けれどどこか不安そうに。

 

 愛園先輩が俺の顔色を伺う。


 パンパンパン。


 俺は大きく手を鳴らす。


「これ以上ないくらい奉仕活動だと思います。先入観で否定した自分が恥ずかしいですよ」


 気づけば俺はすっかり愛園先輩を尊敬していた。


 あれ程猛っていた相棒も今は真面目な顔で垂れ下がっている。


 オナホを研究していると聞いた時は頭のおかしい変態だと思ったがとんでもない。


 彼女こそ愛聖が産んだ現代の聖母マリアだろう。


 まったく、こんな立派な人がいるなんて。


 ここが本当にエロ漫画の世界なのか疑わしくなってきた。


「それじゃあ、竿谷君の男性器を貸して貰えますか?」

「喜んで! と言っても俺の場合、デカすぎてあんまり役に立たないかもしれないですけど」

「そんな事ありませんよ! 世の中には大きすぎて苦労してる人もいるはずです! そんな人には、竿谷君のデータはきっとすごく役に立ちます!」

「……確かに。それは俄然やる気が出てきました!」

「それでは早速お願いします」


 愛園先輩が当たり前のような顔をして胸の谷間から透明な筒状のオナホを取り出す。


 ……やっぱりここはエロ漫画の世界かもしれない。


 なんて思っていると。


「人肌に温めておいた方が気持ち良いそうなので」

「あ、はい」


 だとしても、胸の間で温める必要はないと思うんだが。


「この方が男の子は興奮すると思うので!」

「人の思考を読むのはやめてください」


 いやまぁ、めっちゃ胸ガン見してたし、そりゃバレるか。


「って、待ってください。今ここでするんですか!?」

「まっさか~」

「ですよね~」

「すぐそこに男子トイレがありますのでそちらでシコって来てください」

「学校でシコらせんなって言ってんの!」

「え~! でもでも~、それだと折角おっぱいで温めたオナホが冷めちゃいますよ~?」


 それは惜しい。


 正直に言ってものすご~く惜しい。


「で、でも、学校のトイレでシコるのは抵抗があるというか……」

「そうなんですか? 私が聞いた話だと竿谷君はしょっちゅう男子トイレでシコってるって噂なんですけど」

「ハハハハ。イヤダナー。そんなわけないじゃないデスカ」

「授業中に勃起する度トイレに駆け込んでスッキリした顔で戻って来るからバレバレだって」

「顔を洗って落ち着いてるだけです。両親の名誉に誓って学校のトイレでシコったりなんかしてません」

「他の男子からも竿谷君が入った後の個室はイカ臭い、用務員さんからはトイレが詰まるからやめて欲しいと苦情が入ってるそうなんですけど」

「ああそうですよシコってます! 仕方ないでしょ勃っちゃうんですから! なんすか! それじゃあ先輩は勃起したまま授業受けろって言うんすか!」


 父さん母さんごめんなさい。


 誰でもいい。


 今すぐ俺を殺してくれ。


「言いませんけど。だったらトイレでシコれますよね?」

「……はい」


 まぁ、本音を言えば俺も先輩のオナホが温かい内にシコりたいと思っていたのだが。


 てか、学校の先輩にシコ許可を貰うとか完全に射精管理モノだろ!


 エロ漫画かよ!


 ……エロ漫画の世界だった!


 だ、ダメだ!


 こんなエロ漫画展開に流されちゃダメだ!


 いやでも、別に先輩とセックスするわけじゃないし……。


 世の為人の為になるんだし、オナホでするくらいならセーフだよな。


 というわけで、先輩の胸の谷間で温まったオナホを受け取る。


 ズボンの中ではムクムクと気の早い相棒がアップを始めていた。


「あ。ちなみにそのオナホは私がモデルです」

「……え~と。それはつまり、どういう意味でしょうか」

「私の女性器で型を取りました」


 いやそんなんほとんどセックスじゃん!


 結局これだ!


 露骨なエロ漫画展開だ!


 全てはエロ漫画世界の強制力だったんだ!


 ……いやでも、オナホでシコるだけだし。


 泣こうが喚こうが俺はこの世界で生きていかないといけないんだし。


 もしかしなくてもこんなチャンス二度とないかもしれないし。


 オナホでシコるだけなら……。


 あぁ!


 金玉の中で天使と悪魔が争っているぅうううう!


 結局答えが出せず、俺は愛園先輩に全てを委ねることにした。


「使っちゃっていいんでしょうか」

「思いっきりシコってください。その為に愛情たっぷり込めて作ったオナホです」


 先輩の曇りなき笑みが罪悪感を洗い流す。


「わかりました。では!」


 いざ行かん男子トイレへ!


 愛園印のオナホを片手に奉仕部の扉を開けると、そこには凄まじい顔をした美一が仁王立ちしていた。


 さてはこの女、ずっとそこで盗み聞きしてたな!


「待て美一! 落ち着いて話し合おう!」

「いいわけ、あるかぁああああああああ!?」

「ふごっ!?」


 美一のつま先が股間にめり込み、俺の意識は断絶した。

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