第51話年明け
冬至の翌日。つまり、この世界では新年である。
夜明け前にエマもレオンも起き、教会へ向かう。
村人たちも教会に集まっている。いないのはジジイだけだ。
教会の主であるはずのジジイは寝過ごしていてレオンが叩き起こす。
村の女性たちが村人たちにスープとパンを配っている。もちろん、エマとレオンも受け取る。
スープは新年だから、いつもより大きなベーコンが入っている。
女性の一人がニコニコしながら、エマに、
「領主様がお土産にベーコンやハムを買ってきてくれたので、いつもより多くいれることができたんですよ」
「あら良かった」
エマは寝ずに村人たちの食事を用意した女性たちをねぎらう。
スープはベーコンと野菜だけの素朴なもの。そこに、焼いた黒パンを浸して食べる。
新年の日の出はとても神聖で重要な意味を持つため、昨日、酔い潰れた村人もひどい頭痛と吐き気を引きずりながら、死んだ目で椅子に座っている。
そして、初日の出である。
村人たちと一緒に、太陽神と光の精霊を称える聖歌を歌い、新年を祝う。
レオンがジジイを見ると、立ちながら寝ていた。着替えが間に合わず寝間着姿である。
新年朝の儀式も終わり、あとは日没まで広場の火を燃やし続け、村人たちは新年恒例のポーカーとサイコロというギャンブルを行い、酒を飲む。
金とは縁のない村なので、かけるのは酒や酒のつまみである。
レオンとエマは屋敷へと戻る。
エマの後ろ姿を見て、昨日のかのの言葉を思い出していた。
今はまだ道を開くときではない。
かのはそう言った。
自由に世界を行き来したい思いを、何者かに会いたいというレオンの思いを見透かしたかのような言葉だった。
エマへの言葉もなんなのだろう。
世界喰いもエマを鍵と表現した。
「眠っている……か」
エマがやって来て、
「ねぇ、レオン。神様って本当にいるのかしら?」
「神っすか?」
レオンはいると言いかけたが、飲みこんだ。
エマは不思議そうに、
「この世界には精霊がいて、目に見えるのに、神様は神話や聖なる経典にしかいないじゃない」
レオンが人間に生まれる前に散々、神を探したが確かにこの世界にはいなかった。
「私が元いた世界でも神話の中にしかいなかった。そもそも神ってなんなのかしら?」
レオンにとっての神は世界を作り、世界を統べ、世界の理を統べ、従わなければならない存在である。
だが、それは言わなかった。
エマがポツリと、
「世界に神様がいるのなら、ぜひお会いしてみたいものよね。精霊界があるくらいだから、この世界の何処かに神様の世界もあるんだわ。もしかしたら、私が元いた世界にも神様の世界もあったのかもしれないわね」
世界は複数の小世界で構成されている。二人が暮らす今の世界にはレオンたちが暮らす地上世界、精霊たちが暮らす精霊界がある。
もしかしたら、この世界以外にも世界はあるのかもしれない。
「こことは違う世界や神様を見つけてみたいわね。それで、尋ねるの。どうして私だけ、輪廻転生を続けているのかを」
エマはポツリと言った。
その瞳には様々な感情が込められていた。
喜びも、愛しさも、悲しみも、憎しみも、諦めも、疲労も。
その時初めて、レオンは思った。
エマは能天気に朗らかに笑っているだけではなかったのだと。
長い輪廻転生の中、多くのものを得て、多くのものを失ってきたのだろう。
エマは、
「私ね、時々、思うことがあるの。未来を変えたいって。でも、誰の、どんな未来をどのように変えたいのか、てんでわからないのよ」
「奥方自身の未来じゃないっすか? たとえば、輪廻転生を抜け出したいとか」
「そうだったかしら? でも、ちょっと違うような気がする。いつかきっと思い出せると思うんだけど」
その微笑みは希望に満ちていた。
エマは希望を失っていない。
レオンはなぜか安心していた。
「奥方。この世界の神を、そして、かのの世界の神を見つけましょう。探し方も見つけ方もわかりませんが、必ず見つけます。それで……」
それで、自分は元いた世界に戻る。
エマはエマで忘れた何かを思い出せば良い。
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