第50話冬至の日のおうどん
冬至がやって来た。
レオンたちの世界ではこの日が1年の終わりとなる。
日没から翌日の日没まで火を燃やし続けるため、広場には薪が積み上がっている。
朝早くからエマは台所で小麦粉と塩と水を入れてこねくり回し始めた。うどん作りである。
作り方は難しいことは何もなく、こねくり回して、寝かせて、こねくり回して、寝かせて切る、茹でるという単純な作業だ。
茶色みがかった小麦粉に水を入れ、混ぜていくと、粉が水を吸うので、一つにまとめていく。
そして、艶が出るまで根気強くこねていく。
寒い朝とはいえ、さすがに体が暑くなってくる。
艶が出てきたので、濡れ布巾を被せて半日ほど寝かせる。
今日の朝食もいつもと同じ、素朴なオートミール粥である。
レオンはレーズンをたくさん入れて、甘さを足している。本当は蜂蜜を入れたいのだろうが、蜂蜜も砂糖も貴重品なので節約しているのだ。
そこに、チーズである。
エマはオートミールに事前に茹でておいた白いんげん豆と塩にチーズを入れた粥である。
朝食後はすぐにうどんの汁作りに取りかかった。
エマはうどんの汁作りに取りかかった。
かのが残していった味噌も鰹節もエマが生きていた時代のものとさほど違いはない。
「煮貫(にぬき)が作れそうね」
煮貫は醤油が貴重品だった頃に作られていた味噌味のタレのことである。エマが生きていた時代ではうどんのつゆとして主流だった。
味噌と鰹節と水を鍋に入れ、火にかけ布で濾す。この時、力を入れて無理やり濾すと汁が濁るので、自然に任せる。
午後になると、村人たちは教会に集まり、神々への祈りを行い、聖歌を歌い、一年無事に過ごせたことを感謝する。
もちろん、エマとレオンも村人たちとともに感謝をし、聖歌を歌う。
終わったら、教会へ行く前に一度、こね直していたうどんを綿棒で伸ばし、切り分ける。
くっつかないように粉を振っておく。
日没になると、広場に積み上げられた薪に火が赤々と灯り、人々を照らす。そして、宴会である。
エマは宴会で挨拶を済ませると早々にレオンとともに屋敷へと戻った。領主である自分がいると村人たちが気を使ってしまうからだ。
屋敷に戻ったエマはたっぷりの湯を沸かし、うどんを茹でていく。透明感のあるつややかに麺に茹で上がり、たっぷりの水で洗いぬめりを取る。
そして、皿に盛る。
次に作っておいた煮貫を水で薄め、うどんにかけた。
「あら、やろうと思えばできるものなのね」
エマは自分でもそのできあがりに感心した。
テーブルの上に持っていくと、ちょこんとかのが座っていた。
「あらかのちゃん。来てたの」
「うん」
「今日はね、えっとちょっと変わった料理を作ったの」
「?」
エマはうっかりうどんと言いそうになったのを引っ込める。この世界にはうどんはないのだ。
エマが何事もなかったかのように、かのの分のうどんも皿に入れ、テーブルに置いた。
その頃にはレオンも座っていた。
かのが、
「おうどん!」と声を上げた。
「あら、かのちゃんの世界だとおうどんって言うの?」
「うん」
エマはフォークを渡す。
レオンも料理をしげしげと見つめる。
こちらの国では麺料理はとてもマイナーだから、レオンには茶色い液体の中に紐が沈んでいるように見えていることだろう。
「へー、これがおうどんっすか」
食べてみると、コクのあるみその風味と鰹節の香りが広がる。昔食べた懐かしい味である。
かのもレオンも美味しそうに食べている。
かのが食後、エマをまじまじと見て、
「鍵」
「え?」
「鍵は、鍵の穴に入れるの」
エマは困惑している。
かのは気にせず続ける。いつもの舌っ足らずではなく、ハッキリと落ち着いた口調だ。
「世界の、秘密」
「どうしたの、かのちゃん?」
「今は、まだ眠ってるの」
「何が?」
「私もあなたも。寝ていなければいけないの」
「起きてるけど?」
エマは困ったようにレオンを見た。
レオンは険しい表情でかのを見つめ、かのの後頭部に剣を突きつけている。いつでも刺し貫けるように。
かのはレオンを見た。
「今はまだ道を開く時ではない」
そういった瞬間、かのはパタリと倒れるように寝息を立てた。
「レオン?」
エマの言葉に、レオンが、
「奥方。そのガキがあんたに鍵と話しかける直前に、そのガキの雰囲気が変わった。まるで人格が変わったみたいに」
「変わったのかしら? だとしたら、どういうこと?」
エマは困惑している。レオンも同様で一言だけ、
「わかりません」
さらにわからないのは最後のレオンに向けたかのの言葉である。
「今はまだ道を開くときではない」どういう意味なのだろう。
わけがわからないが、寝ているかのを放置はできない。客用の寝室に寝かせることにした。
エマは自分の寝室の窓から村を見た。広場の炎は依然として燃え続け、村人たちの歓声が小さく聞こえた。
「鍵とはなんなのだろう? 誰が、どこで寝ているのかしら」
答える者はいない。
だが、心の、記憶のどこか遠くで、何かが疼いている。
これはなんなのだろう。
エマはかのの言葉を聞いたレオンは平常を装っていたが、神妙そうにしていた。その表情を思い出しながら、ベッドに潜った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます