第33話魔石を王の元へ

 レオンは王都に向かう道中にある町で、エマの裁判が終わり、処刑日もさっさと決まったことを知った。それも、明日だ。もう時間がない。


 ジジイの元に戻ると、

「おいジジイ! なんぼなんでも裁判終了が早すぎんだろ! 奥方は控訴しねーしよ!」

「ワシもびっくりじゃよ。一度、王妃に会って説得を試みたのじゃが、けんもほろろであった。神託の効果というのは恐ろしーのう。聖女の神託は絶対のものとされておる」

「随分と自分に都合のいい神様じゃねーか! 王妃をはっ倒してやろうか!」


 レオンは珍しく頭に血が上っている。

 エマは自分が元の世界に戻るための手がかりかもしれない人間だから、死なれては困るのである。


 いざとなったら、エマを拉致して国外にずらかろうと心に決めた。行き着く先がメガネが増税し続ける低賃金過重労働インフレ国家だったとしてもである。

 神託を頭から鵜呑みにするカルト政治国家で生きるよりもメガネが増税し続ける国で暮らしたほうがまだマシかも知れないではないか。


 本当は今すぐにだってそうしたいが、村に戻れなければ、今後、かのに会えなくなるかもしれない。

 かのがエマやレオンの元に無条件にやってくるのであれば、今すぐにでもこの国とはおさらばしたいものである。


 レオンが赤黒い魔石をジジイに渡した。

「とりあえず、これが魔石だ。ルビー竜の魔石は早くに浄化しないと気が触れるぞ」

「浄化の必要はないのじゃが、実はのぅ」

 ジジイが困ったとばかりにレオンを見た。

「んだよ」


「ユージェニー様が王の傍らから一時も離れん。離れてくれぬとワシもやりづらいんじゃ……」

 王の長年の養育係を務めたジジイなら、人払いをして王と二人っきりになることは簡単だが、身分の高い王妃を払うことはできない。

「とにかく、王妃をどかさんことにはのう」


 ユージェニーは聖女として、癒やしと浄化の魔法をかけつづけているが、王が目覚める気配がない。

 ジジイは引き続き困ったように、

「普通なら、あれだけの魔法を使い続ければ、聖女とはいえ、疲労で倒れるはずなんじゃが……」


「頑丈なのも聖女の条件なんだろうな」

「頑丈と言うよりは癒やしの力で自身も自然と癒やされておるのじゃろう」

「とりあえず、王の側から聖女を引っ剥がせば良いんだな」

「とにかく、ひっぺがすんじゃ」

「夜まで待ってくれ」

「頼んじゃぞ」

「任せろ」


 深夜になり、レオンは透明化の魔法、幻影の魔法、無音の魔法などを使って静かに部屋に忍び込んだ。アイテールは一心不乱に癒やしの魔法を使っていた。

 自分に気づきそうにない。レオンは無味無臭の眠りの香を部屋の隅に置き、部屋を出た。

 周囲に兵士はいるが、王の部屋の扉が開いたことすら気づかれていない。


 30分後、ジジイを伴って王の部屋へと向かう。

 名目は深夜になってもがんばる聖女様へのお菓子の差し入れだ。


 扉を開けると、聖女は倒れ込んでいた。

 付き添った女官と兵が驚いて、聖女に駆け寄るが寝息を立ててすやすやと寝ているのを見て、すぐに安心する。


ジジイがおもむろに、

「疲れておいでなのじゃな。ワシたちは王の顔を少し見てから戻りますので、王妃様を寝室へ」

「は、はい。ただいま」

 聖女様はすぐに兵士に抱えられ、部屋を後にした。


 レオンは香を消し、窓を開け、換気をした。こうしないと、自分たちも眠りこけてしまう。

「幻影の魔法やら色々かけた。外の連中からは何をしようがバレりゃしねーよ」

「そうか。なら良い」

 ジジイはそう言って、魔石を取り出し、王の胸元を開けた。


 レオンが不思議そうに見ると、ジジイは魔石を王の胸へとあてがう。すると、魔石が王へと取り込まれていった。

「!? なんだこれ、どういうことだ? 普通の人間なら、魔石が体に吸い込まれるなんてことはねーぞ!」

「そういうことじゃ、レオン」

「だから、どういうことだよ」

 ジジイはそれ以上は言わず、部屋を出ていった。

 レオンは仕方なく、ジジイに続いた。


 レオンはあてがわれた部屋でぼんやりと過ごしていた。奴隷の分際で部屋をあてがわれるなぞと役人に嫌味を言われたが、どうでもいいことである。

 ジジイの奴隷ということで飯もそこそこのものを食えているし、町にも自由に行けるが、行っていない。

 町に行ってしまえば、危急の出来事が起きた時、それを知ることができなくなる。だから、当然暇だった。


 ぼんやりと眠りそうになっていると、「レオン」と声が聞こえた。

 ハッとして顔を上げると、かのが立っていた。

「お前、どっから来たんだよ」

「知んない」

 かのは首を横に振った。

「知る努力しろよ。どうやって入ったんだよ」

「知んない」

 首を横にふるばかりだ。


「たまには縦に振ってみろ」

 瞬間、かのはすごい勢いで首を縦に降り出した。緩やかなウェーブした長い髪が暴れるように動き、首がもげそうな勢いだ。

「やめろ! うっとうしー」

 かのはキョロキョロとあたりを見回し、「奥は?」

「奥はいねーよ」

「ふーん」

 かのは好奇心の赴くまま、歩き出し、部屋から出ようとしたので、頭を掴んで止めさせた瞬間、次元が変わった。


 レオンは焦った。このまま元の世界に戻ってこれなかったらどうするのだ?

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