第34話 危険な男
かのの頭を掴んでいただけで辿り着いたのは荒涼として殺伐とした世界だった。
見たことのない魔物だか化け物の死骸がうじゃうじゃと横たわって、黒い血溜まりが広がっている。
かのはとてとてと横たわる化け物たちの間を歩いていく。
風は冷たく、ヒュオーヒュオーと音がする。歩いても 歩いても化け物以外は土と岩がむき出しの隆起した地面が続くだけだ。
かのはそんなものは気にせず、進んでいく。こいつの神経もやはり大概おかしい。
いかに、人間というのがイカれていて、自分のような天使という存在がとてもマトモで真っ当な存在なのだろうと思わざるを得ない。
レオンが元々いた世界では天使は完全完璧な存在である神に作られた存在であるが、人間たちは自然発生したものだ。
完全完璧な存在によって神の仕事を助けるために作られた天使と違って、自然発生した人間は存在した目的や意義などなく、ただ、程度の差こそあれ皆がイカれていて、愚かなのである。
そういう視点で人間を見ると、侮蔑を通り越して哀れさを感じる。人間よりもはるか上の存在である自分がやはり人間に多少は寛大になってやったほうがいいのだろう。
歩き続けていると、化け物の死体は終わり、たった一人の黒髪の男が立っていた。凛々しい顔立ちをしている。
化け物の返り血にまみれた男はニッコリと、「この世界に人間がいるとは思わなかったけどな。もしかして、僕と一緒で他所から来たのかい?」
「他所からってことはお前も……」
「あぁ、そうだよ。僕は世界と世界を渡り歩いているんだ」
男の口ぶりは穏やかだが、鋭利な刃物のような雰囲気が全身からにじみ出ている。
男は微笑んで、
「直接、世界に行くこともあれば、新しい肉体が欲しい時は転生することもあるよ」
「ほぉ。便利なもんだなー」
「今までどういう世界を渡り歩いてきたんだ」
「数え切れないな。僕は渡った先の世界を破壊し、食べてしまうことを繰り返してきんだ。腹の中にその世界を収めてコレクションしてるんだ」
世界を食う?
初耳である。
世界を食うなんてのは人間のできる芸当じゃない。
こいつはイカれている上に人間じゃない。
「久しぶりにきちんと会話ができる存在と出会えることができたから、ちょっと語りたくなっちゃったな。僕は世界を渡り歩いては壊して食ってを繰り返すと、僕はその分、強くなれるし、お腹いっぱいになって気持ちよくなれるんだ」
「……だろうな」
微笑んでいた男は急に表情を変え、
「でも一つだけ食えなかった世界があるんだ。その世界を食うためにどうしたらいいか調べに調べたら、とある女が鍵を握っていることがわかった。その世界に僕はとある高貴な家柄の息子として生まれたんだ。当時、その女はその家に仕えていてね。なんとか女の身内に生まれたかったんだけど、うまくいかなくて」 男は言葉を続ける。
レオンはどこかで似た話を聞いた気がしてきた。
「ただ、その女が僕の母の侍女だったんだけど、家督争いか何かで僕の移動に過度な制限がかかってさ。なんとか散歩好きのガキを装って、母の侍女に接触しようとしたんだけど、僕がとうとうその女に手を出そうとした時、何か別のものが介入してきた」
レオンは嫌な予感がした。
「見知らぬ世界に飛ばされて、そこからなかなか抜け出せなかったんだ。ついには、なかなか元の屋敷に戻れなくなってしまってさ。仕方なく、色々な世界で腹いせに化け物を倒しまくってから世界を食うを繰り返してきたんだ。別に世界を食うのに化け物を倒す必要はないのにさ」
「大変なんだな」
「最近、やっとその世界に戻ったんだけど、女はその世界にいなかった。介入している何者かも全然見つけられないし。だから、仕方なくこの化け物だらけの世界に来たんだ。ここならストレス発散にも最適だ。でも、飽きたな。もう食っちまおう」
男はそう言って、大口を開けた世界が、大地が、男の口へと吸い込まれていく。
レオンはかのを抱き寄せ、空を飛んだ。そして、逃げた。
次元が揺らいだ。かのの力だ。
元の城の部屋へと戻ることができた。
かのはいなかった。おそらく別の世界に飛んだのだろう。
レオンの胸が早鐘のように動いている。
男が話していた女はエマだろう。
男とエマを会わせてはいけない。
エマを死なせてはいけない。
人間のレオンとしてではなくて、大天使の自分としての直感が強く働いていた。
早く王が目覚めて、王妃を説得してもらわなければ困る。だが、王は処刑当日になっても目覚めなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます