第25話 王妃ご一行ご到着

 聖女とは神からの祝福を受け、人々を癒やし、土地などを浄化する能力がとてつもなく高い女性への称号である。


もちろん、常人よりも魔力も高いのだが、彼女たちの特質すべき点は前述したように癒やしと浄化能力の高さだ。


 聖女になった女性は等しく神殿や教会の所属となり、人々と世界のための奉仕を行う。

 奉仕と言えば、聞こえは良いが、その人生は人々から敬われこそすれ、自由はないのである。

 王国内にはいくつかの宗教と宗派があり、聖女が所属しているのは国で一番大きく、ほぼ国教扱いとなっている聖教アン派である。


 聖女から王妃となったユージェニーも自由はなく、結婚も教会と王国の政略によるものだ。

 王が再婚したのはエマが村での生活を初めた頃のことだ。エマの離婚後まもなくの時期でもあり、離婚前から聖女との政略結婚は決まっていたのだろう。


 エマとレオンは王と聖女の二人の仲がどうなのかは知らないが、悪かろうが良かろうが、政略で結婚したから離婚しない限りは夫婦なのであるし、政略の結婚だから夫婦仲などどうでもいいことでもある。


 王妃ご一行がやってくる日を迎えたとはいえ、エマもレオンもいつも通りで、いつも通りでないのは館の中くらいだ。


神父のジジイが手配した従僕たちが王妃たちを出迎える準備で忙しいためだ。村人たちでは王妃一行をもてなすのに必要なマナーなど習得していないため、ジジイに相談をしたのである。


 エマにも実家はあるが、折り合いが悪く相談しづらかったのだ。

 派遣されたのは村人のようなにわか使用人ではなく、プロの使用人たちなだけあり、エマもレオンも何もしなくても事が運ばれていく。その手際の良さに感心して、遠目から面白く見学している次第である。


 こっちは気楽でいいが、料理人たちは狭い台所で大人数の飯をまかなわなければならないのだから大変だろう。


 ここにいる連中のほとんどが村の神父の正体が王の養育係だということを知っている者たちらしく、エマを無碍に扱う者もいない。


 レオンはなぜ、ジジイがエマとともにこの村にいるのか深く考えたことはなかったが、エマの監視のためなのかもしれない。


 エマは王の何かを知っている。それは外部に漏れてはいけないもののようだ。王にとても近しいジジイもその秘密を知っているのだろう。


 本来、ジジイは王の相談役として王の側に控えていてもおかしくない立場だ。そんなジジイがわざわざついてくるくらいだから、王の秘密を知っているのは本当にごく僅かな身内と呼べる人間だけだし、バレたら困るのだ。


 エマは現在、暖炉でパンとチーズを焼いている最中で、レオンはその後姿を見つめた。いつもどおりの後ろ姿で、王の重大な秘密を知っている人間とは到底思えない。


 厨房は職人たちで忙しいため、エマとレオンの朝食はかなり質素なもので、エマが団らん室の暖炉でパンとチーズを焼いて作ったトーストだ。


 チーズがとろりと溶けて、カリカリに焼かれた黒パンに絡みつく。

 レオンはそこにたっぷりの蜂蜜をかける。


 エマはハーブティーを入れ、レオンに渡した。


 二人の朝食風景を見つけた使用人の中でも地位が高そうな男が顔面蒼白で、「申し訳ございません!」と頭を下げるが、エマが、「いえ。私はここに来てから、毎日、こんな感じですよ」と朗らかに言う。


 それを聞いて、男は卒倒しそうになっていた。


 王妃兼聖女御一行様がお越しになられたのは昼を少し過ぎた頃のことだ。村の入口で村人たちが整列し、村総出でのお出迎えである。


 馬車の列が館へと向かっていく。館に滞在する王妃様とその仲間たちである。館に滞在できない者たちは畑に設えれた陣へと向かっていく。


 館で王妃を出迎えたのはエマとレオンとジジイが遣わした使用人たちである。

 エマは慣例により頭を下げ、王妃ユージェニーの言葉を待った。レオンも仕方なく従う。ふたりとも特別緊張している風もなく、いつも通りだ。


 エマは地球で長い間輪廻転生を繰り返しているから、経験が一般人とは違うし、レオンも誰にも明かしていないが元々は遠い世界での人外だ。

 相手が誰であろうと媚びへつらうような真似はしない。


 王妃様が豪奢な馬車から降りられた。青い瞳に長く艶のある黒髪。ピンク色の唇。

 くっきりとした目鼻立ち。年齢は20代前半といったところか。美人の部類である。

 今は赤と白が基調となっている教会の正装を着ていて、頭には白いベールを被っている。


 のほほんとした癒し系のエマに比べて、知性的な顔立ちをしていた。エマがガーベラだとすると、ユージェニーはカトレアくらいに華やかさに違いがある。


 ユージェニーが、

「頭を上げよ。あなたが前王妃……ですか?」

 エマは頭を上げ、

「はい。そのとおりでございます。この度はお越しいただき誠にありがとうございます。小さな屋敷で不便ではありましょうが、どうかお寛ぎください」

「感謝しましょう」

 早速、使用人の一人が王妃とその侍女たちを部屋へと案内する。


 レオンはユージェニーが敵意の瞳を持って、エマを見たのを見逃さなかった。

 田舎に引っ込んで、ほそぼそと暮らしているだけの元王妃をそんな目で見てくんな。

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