第26話 王妃とエマの会話
エマとレオンはエマの部屋にいた。王妃たちはもちろん客室である。夕方になる少し前から晩餐が始まるから、二人はドレスなどの準備中だ。
エマは落ち着いた臙脂色のドレスを手に持ち見つめながら、
「ドレスなんて久しぶり」
「そっすね」
この日のために木綿のドレスを特注したのである。見積もりを取る際の条件はできるだけ安くなので、飾りも何もない急ごしらえ感がすごいものだ。
「今から着ておいたほうが良いわよね。ドレスって窮屈なのよね。レオン、手伝ってね」
「へいへい」
「コルセットは緩く占めて。私、腰なんてきれいに見せなくてもいいから」
「もちろんですよ」
まさかこんなど田舎の村に貴人様がお越しになられて、ドレス着て晩餐会を催すとは思わなかった。
扉がノックされた。
そこには、ジジイのツテ経由から派遣された女の使用人がいて、エマとレオンを交互に見て叫んだ。
「奥方のお召し替えは私たちが担当しますので、その時になったら、そこの男奴隷をつかわせてください!」
「あら、お気遣い感謝します。それで、どのような御用ですか?」
「王妃様が奥方をお呼びです」
「ただいま向かいます。行きましょう。レオン」
使用人は困ったように、
「あの、奥方一人で来るようにとのことです」
「一人で行きますが?」
「……あの、その奴隷は」
「私の財産です。盗まれてはいけないので、連れ歩くことにしているんです」
確かに、奴隷は人権がなく、家畜と同じ財産扱いだ。それにしても、レオンは執事も兼ねているから身なりだけは良い。レオンのような奴隷が執事として働けるのも小さな村だからだ。
エマはレオンを伴って、王妃ユージェニーのいる部屋へと赴いた。
ユージェニーは侍女たちに、「二人だけで話がしたい」と伝え、下がらせてから、エマに、「あなたもその奴隷を下がらせてください」
エマは、「申し訳ございませんが、お断りいたします。この奴隷は私の財産で、常に連れ歩いております。家畜に聞かれて困る話などありますまい」
ユージェニーの口元がわずかにこわばるが、王妃として糞尿を垂れ流していない眼の前の家畜にとやかく言うことははしたないと思ったようで、
「いいでしょう」
エマは王妃の話を待った。
王妃はゆっくりと口を開いた。
「王は今でもあなたを……愛しています」
「は?」
エマは心底驚いたように声を上げた。
再度、王妃は憎悪を込めた瞳で、エマを見つめ、告げた。
「もう一度いいます。王は今でもあなたを愛しているのです」
王妃がエマのもとに来たのは嫉妬によるものだったのだ。
「王に愛された人がどのような場所で暮らし、どのような女なのか見たかったのです」
溢れんばかりの嫉妬の感情を押し殺しながら言うが、言葉の端々に感情がにじみ出ている。
一方のエマは随分と冷めた表情で、感情のない無機的なほほ笑みを王妃に向け、
「私と王陛下は政略による結婚でした。愛されるなど恐れ多い話でございます」
「それは、王に愛されることを望む私への当てつけですか?」
「滅相もございません。私は単なる貴族の娘であり、王妃殿下は聖女様であらせられます。私は王妃殿下のような尊い人間ではありません。そのような者に王陛下の寵愛をつかめるはずがありませんし、望めるものではないのです」
王妃として暮らしていたエマを思い浮かべても、王とエマが夕方に茶を飲みながら、クッキーを食うという時間を週に1度ほど共有していたくらいで、夜を供にしたことは確かになかった。
朝飯すら週に2回ほど一緒に食っていたかどうかだ。
だが、仲は悪くなく、私的な観劇や演奏会などは時々、一緒に行っていた。夫婦というより友人同士のような付き合い方に見えた。
レオンは王が不能か同性愛者なんだろうと軽く考えていた。この聖女は深く考えすぎたためにエマに嫉妬しているのだろう。
「王は今でもあなたの暮らしを庇護しておられる」
「王の寛大なるご慈悲には感謝しております」
王が自身の秘密をバラされたくないからだろうが、こんなことを王妃に言えるはずもない。
この様子だと王妃は王の秘密を一切知らないのだから。
「あなたは都を去る時、多額の喜捨をロザ派の女子修道院にしましたね?」
「はい」
「ロザ派とアン派は深く対立をしていることを知っていますか?」
「知っております」
「あなたはロザ派を支援することで、国内の宗教対立を激化させようとしたのではありませんか? これはひいては国内に重大な混乱をもたらす可能性すらある重大事項です」
女子修道院たって、大した規模じゃない。女の尼さんが8人ばかしショボい生活を送っているだけだ。
「あなたは国家をロザ派を支援することで、宗教対立を煽り、国内を混乱へと陥れようとしている。これは立派な国家転覆の罪です」そして、王妃は付け加えたように、「神はあなたは危険な存在だと私に予言をくださいました」
レオンはお前の捏造だろうと言いたくなったが、エマは、
「妃殿下。あなたの心のままに従います。あなたがそれでご満足されるのなら、私も満足です」
「そんな言葉聞きたいわけじゃない! もういい! 下がりなさい!」
最後、とうとう王妃は声を荒げた。
二人は静かに部屋へと戻った。
レオンが、
「酷い晩餐会と未来になりそうだ。あんたはそれでも守るのか?」
「何を言っているの? 私はご飯の時間以外何も守ってなどいないわ」
エマは紙に、全てのことはジジイに任せると書いてから、「レオン。至急この紙を教会の神父様にお届けして」
覚悟を決めすべてを受け入れた彼女の表情は、やはり前から何も変わらず、とても安らかだった。
一方のレオンはすべてを受け入れることができず、怒りに満ちていた。
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