第24話真夜中の失礼な訪問者たち

 兵士たちの村の中での横暴により、村人たちも辟易し、女たちは家から一歩も出れなくなった。

 兵士たちが手を付けようとすら思わないであろうババア連中も引きこもるようになった。ただ、世の中には女ならなんでもいい連中がいるのも確かだから、用心に越したことはない。


 家の外を出歩くのは男ばかり。垢抜けない地味な村から男臭いむさ苦しい村へと変貌したのだった。

 もちろん、エマも館の中に引きこもっている。ノノは最初から館の中に引きこもっているから問題ない。


 最初、レオンは館に来たジジイに軒下で過ごさせようとしたが、ジジイは館の一番日当たりのいい部屋を自分の部屋に定めたのだった。ちなみに、エマの隣の部屋である。


レオンはジジイに向かって、

「血迷って奥方に手を出したら承知しねーからな」と釘を刺すと、

「手など出すか!」と怒鳴り返してくる。


 ちなみに、レオンの部屋は西日がキツく、夏は暑いという最悪な部屋である。


 そして、ジジイは居座りこんだ部屋にこもりっきりだ。 

 今、館に出入りを繰り返すのは兵士たちの問題を報告しにやってくる村人だけである。

 その報告を聞く係はジジイがしていた。


 こんな調子で数日が過ぎたわけだが、夜に館の扉を強く叩く音が聞こえた。

 酔った男たちの大声も聞こえる。


「おい! 股開き女! 俺たちにも股を開きやがれ」

 レオンが面倒くさそうに、扉越しから、

「ここに、そのような女性はおりません。お帰りください」

「お前の主人の事だよ! お前にも股開いてんだろ! ギャハハハ」

 レオンは一度もエマでそういう良い思いをしたことがない。


 エマがレオンの後ろにいつの間にかいて、小声で、

「レオン」

「隠れててください」

「……わかりました」

 エマは後ろに下がり、「後はお任せします」と言って奥へと下がっていった。

 レオンが心になにか引っかかりながら、「もちろん」と呟く。


 男たちがとうとう扉を蹴破ってきて、レオンに襲いかかろうとした時、男たちの体は顔を残して、岩石に包まれていく。


「おい! この奴隷風情が!」

「俺じゃねえ!」

 レオンが声を上げると、背後から、

「そうだよ。この僕さ」


レオンの背後にいたのはノノとジジイである。

「なんだ、神父とそれに仕える魔術師か!?」


 レオンは合点がいった。

 エマが、「後はお任せします」と言った相手はレオンではなくジジイだったのだ。

 ジジイは前に出て、

「ワシはこう見えても王の養育係も務めたガレット・デロワじゃ。村で神父もしておるが、現在も王の相談役として仕えておる」

 そう言って、ジジイが兵に見せたのは王国祭祀官の証である指輪である。

「そんな馬鹿な!?」

 兵士が目をむいて驚いた。


 ジジイが、

「エマ前王妃は王に不貞を働いたから、離縁になったわけではない。貴族の政治問題じゃ。お主たちはデマを信じたのじゃな」

 兵士たちはぐうの音も出ない。

 ここに王の教育係も務めた祭祀官がいるということは、エマが現在も間接的にでも王の庇護を受けていることの現れだからだ。


 そして、今、ジジイはハッキリと、離婚の原因は政治問題であり、エマと王の関係には言及しなかった。

 王がエマに対して、いまだに好意を持っていれば、そのエマに不届きを働いた自分たちには何が待ち受けているのか。


兵士の一人が、

「失礼いたしました。奥方様並びに村人の皆様には謝罪をいたしますので、どうかご穏便に……」

 土下座をし、床に額を擦りつけているが、ジジイはしれっと、

「お前たちのしたことは毎日、王に報告しておる。王も心の広いお方じゃから、お主等に沙汰はないじゃろうが、出世はできぬぞ」

 兵士たちは謝罪を繰り返しながら、自分たちの宿営地に戻っていった。


 ジジイは後ろ姿を見送りながら、でかい声で兵士たちに、

「くたばれ、このクズども! ヒャハハハハ」と叫んでいた。

 ジジイはジジイで立派なクズである。


 エマがジジイをたしなめる。

「いけませんよ、神父様」

「これは失礼」

 ジジイは真面目な顔つきへと戻り、

「夜も遅いのでのワシは部屋へと戻りますじゃ」

「遅い時間に本当にありがとうございました」

「いや、いいんですじゃ。ワシは本当は夜型で今の時間帯のほうが元気なのですじゃ」

 ジジイは自分の部屋へと戻っていた。


 残ったノノがレオンに、

「あのおじいさんは人間の世界じゃ偉いのかい?」

「表立って地位の高い役職についてるわけじゃねーし、魔力も低いから神官としての力もそんなにあるわけじゃねーんだけど、ガキの頃の王に気に入られて、そのまま養育係として雇われたらしい」

「ふーん。で、どうしてこの村に?」

「隠居らしいぞ。っていうのは、表向きの理由だな。今みたいな形で奥方を守ってんだよ」


「へー。王は今でもエマに恋愛感情があるのかい?」

「それは知らん。だが、奥方には王への愛情は全くねーな」

 そもそもエマは誰かへの強い愛情というものは一切合切持ち合わせていない人間に感じる。


 ノノも部屋に戻った後、レオンとエマは館の居間で向かい合って座っていた。

 二人の間にはろうそくが1本だけあり、顔をほのかに照らしている。

 部屋は少し寒いが、暖を取るほどでもない。


 エマがレオンに、


「奥方。ノノが言ってましたよ。王はいまだに奥方のことを好きなのかと」

「私と王が結婚をしたのは政略のもの。恋愛感情も愛情も一切ないのよ」

「で、王が好きなのは誰なんすか?」

「なんのこと?」


「はぐらかしても無駄っすよ。俺が城にいた頃、王とあんたの会話を物陰から聞いたことがある。私のことも私が愛する人のことも、認めてくれてありがとうと王があんたに言っていた」

「そうだったかしら? 覚えてないわ。王妃として色々な人とお話をしてきたんだもの。王との会話もいちいち覚えてないわ。さぁ、私たちももう眠りましょう」

 エマは静かに立ち上がった。微笑むばかりで決して真実は告げない。


 王妃ご一行の宿営地の設営も終わり、部隊が戻った頃と入れ替わるように王妃とその一行が本当にやってきた。

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