第22話フェルム卿の来訪
収穫も終わり、冬も近づき、朝晩も寒くなってきた頃、村では家畜たちの屠殺とソーセージ・ウィンナー・ベーコン作りが進められていた。
製造された加工肉を1年かけて少しずつ食べていくのだ。
村人たちの楽しみの一つに山での鳥獣狩りがある。本来は貴族のみが行うことを許されているが、領主であるエマが村人たちに許可しているのだ。狩られた獲物のいくらかはエマが受け取っている。
エマの屋敷では冬に備えて、衣替えの最中だ。
そういうわけで、村の中にはまだ活気があった。本当の冬になると、厚い雪で閉ざされるし、寒いのでしんと静まり返ってしまう。
そんな村にある日、王妃つきの貴族フェルム卿がやって来た。白髪の中年でやや小太りの男性である。
フェルム卿は王妃の執務の補佐役であり、エマが王妃だった頃にも世話になり、この村に移住する際も道中を同伴してくれたり、便宜をはかってくれた恩人でもある。
「これはフェルム卿。ようこそおいでくださいました。ところ、どうしてこんなのどかな村へ?」
エマは困惑を隠せず、単刀直入に尋ねた。
フェルム卿のような王妃を補佐する立場の貴族は多忙を極めるし、伯爵なのである。暇ができたら、伯爵として自身の領地をなんとかしないといけない。
今更、ど田舎の村で有閑バツイチをしているエマの元に来る暇などないのである。
フェルム卿は神妙そうに、
「エマ様。実はユージェニー様がレイラ神殿へ参拝へ向かわれます。その道中、こちらに寄りたいと申すのです」
「え?」
エマは思わず声が出た。
ユージェニーは王妃だが聖女でもある。だから、神殿への参拝は当然なのだが、なぜ、自分の屋敷に来たいのか意味がわからない。
王都からレイラ神殿への間にエマが暮らす村はなく、道から外れた場所にあるのである。逆方向ではないが、村を通ればかなりの遠回りになってしまう。
「王妃様が……、失礼ながら、私に会うことを希望しているのであれば、王妃様が滞在する場所へとこちらから伺います」
「そのように手配すると言ったのですが、頑なに譲らず。どのような場所でどのような家に住んでいるのかこの目で見てみたいと」
「はぁ。ですが、王妃様とその御一行の皆様方が滞在できるような場所はこの村にはありません」
王妃にして聖女ともなれば、使いの者や護衛、教会の者たちも含めて、1000人規模になるはずだ。
エマの村は大きな町からも遠いから、日帰りで立ち寄れる場所ではなく、最低でも一泊しないといけない。
エマは困っている。
レオンも困ってしまった。
エマとレオンが暮らす館は小さい&古いため、王妃が滞在できるような建物じゃない。王妃どころかそのお供の方々が滞在できる建物でもない。
貴族であるエマの家がこうなのだから、村人たちの家はもちろん王妃様ご一行が足を踏み入れることすらはばかられる。
豊かじゃない村に豊かな暮らしをしておられる高貴な方々がおいでになる。
宿泊施設はない。だが、野宿をさせるわけにもいかない。
フェルム卿が、
「供の者たちは天幕で過ごさせましょう。王妃とその使いの者たちは館に」
「かなり不便ですが……」
「王妃がわがままをしたのです。多少の我慢はしてもらわなければ」
「承知いたしましたが、王妃様をなんとか説得できないのでしょうか。我が村は小さく、資金的にも、皆様方をもてなすことすら難しく……」
「存じております。ですから、王がこれを渡すようにと」
そう言って、フェルム卿が懐から取り出したのは王の小切手帳である。
「こ、これは……」
「必要な資金は王の私財から出すとのことです。遠慮なさらずお受け取りください」
「じゃ、ありがたく」
受け取りを躊躇するエマに変わり、レオンがさっと受け取った。
「レ、レオン! 王のご慈悲をそう軽々と受け取っちゃいけないわよ」
「奥方。この村に引っ越してくる時に指輪だのドレスだの皆売って、寄付しちまうからいざという時に金がなくなっちまうんすよ」
「だってー、女子修道院の建て替え費用がなかったんですもの」
「そういう輩は馬小屋で暮らさせときゃいいんすよ」
「駄目よ、修道女の皆さんは馬じゃないんだから」
女子修道院の院長とエマは友達だったのである。
フェルム卿はため息を付き、
「レオンは相変わらずだな」
「でも、レオンは真面目でいい人なんですよ。毎日、朝にきちんと起きて、ご飯をちゃんと残さず食べて、夜になったら夜ふかしせずにきちんと寝るんですよ」
「夜ふかししたくなるような遊び場がないからっすよ」
「エマ殿。必要な分、ご準備ください。近日、刈り入れが終わった農地に天幕を設営するための部隊を送ります。こちらはもてなす必要はありませんので」
「わかりました。それでは、私はこれにて帰ります」
フェルム卿は立ち上がった。魔法の達人でもあり、ペガサスを召喚し、それに乗って飛び立っていった。
レオンが、「面倒くせーことになりましたね」というと、エマが、「失礼のないようにしないといけないわね」と呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます