第21話暑さで倒れる村人たちと謎のドリンク

 空に炎の妖精たちが大量に集まったせいで、熱は地上へと届いていた。日中は灼熱の暑さ、夜は真夏の暑さとなってしまっている。


 元来、夏は涼しく、冬は寒いという冷涼な気候のため、誰も暑さに身も心も適応できていない。しかも、夜も暑さと明るさのせいでよく眠れない。


 そのため、収穫作業は捗らず、村人の中には倒れるものも出てきた。全て暑いせいである。24時間浴びるほど冷たいビールでも飲めればいいが、貧乏な村はビールをキンキンに冷やす力も1日中浴びるくらい飲める量のビールも全くない。貧乏とはとかく嫌なものである。


 村にあるのは1日中飲み放題の清浄な井戸水だけである。だが、やや冷たいのが唯一の救いである。

 暑さにやられかけているのはレオンも例外ではない。もう面倒くさくて、パンツ1枚とタンクトップで歩いている。

 エマが暑さで倒れたら困るので、屋敷の外には出ないようにキツく言った。そういうわけで、エマは椅子に座って本を読んでいる。だが、暑さで頭がやられているのか本が逆さまである。


 底にひょっこりと現れたのは、かのである。

「……暑い。お空真っ赤」

「空に妖精が集まってきたんだよ」


 レオンは暑さで披露が溜まった体を引きずり、村人たちの収穫作業の確認に行く。かのがついて来た。案の定、暑さで弱った村人たちが倒れこんでいた。このままでは収穫作業がままならない。

 どの村人たちも顔は赤く、汗はダラダラ。そして、汗臭い。


「このままじゃ、収穫できねーぞ」


 今年、収穫したもので来年の秋まで持たせないといけないのである。

 気がつけば、かのがどこかに消えていた。こいつはこういうやつだから、別に問題はない。


 このままでは暑さでくたばるか収穫できずに飢えてくたばるかの二択である。

 レオンが困ったなと思いながら、屋敷に戻るとかのがエマに青い金属製の容器を渡した。


 エマがそれに口をつけようとしたので、レオンが、「待ってください!}

「あ、レオン」

「なんすか、それ」

「なんでもかのちゃんの世界の飲み物だとか……」

「危険すよ」

「でも、かのちゃんが持ってきてくれたものだから、大丈夫よ」

「そいつには安全でも俺たちにはどうなんかわからないすよ。で、これなんだよ」

「ポカリスエト」

「ポカリスエト?」


 かのは頷いて、

「暑い時に飲むと死なない」

「それはすごいわねー」

 エマは再度、飲もうとしてみるが、やはりレオンが止めた。

 同じ人間とはいえ、世界が違うのだから体になにか違いがあるのかもしれない。だとしたら、かのにはよくてもエマには駄目かもしれない。


 レオンはエマから容器を受け取り、

「味見なら俺がしますよ」

 そう言って、グイッと飲んだ。

 甘い。それに、少し塩気もある。

「で、なんでこんなもんが暑い時にいいんだよ?」

「暑いと汗出る。……汗に体の塩とか出る。……だから、ポカリスエト」

「要は体から出ちゃうものを補うってことかしら」

 エマの言葉にかのはニコニコと頷いた。


 レオンの体になんともないということで、エマも味見をしてみる。

「初めての味だわ」

 元々、エマはかのの世界で輪廻転生を繰り返していたが、自分が世界を離れた間に文明が変わりすぎたためか現在のかのの世界についてはとんと知識がない。

「かの。いっぱい持て来る」

「いっぱい持ってこられちゃ困るんだよ。いいか、どっから持ってきたんだよって話になるんだよ」

「……そうね。なら、作りましょう! 味はわかったわ。甘くて塩気があって、ちょっと酸っぱい。レオン、水を汲んできてちょうだい」

 エマは立ち上がり台所へと向かった。レオンは井戸へ水汲みへ向かった。かのはエマについて行った。


 台所ではエマが蜂蜜とドライカシスと塩を用意。レオンが汲んできた水にドライカシスを入れ、蜂蜜と塩を少しずつ加え、味見をする。

「うん。カシスから酸っぱさが出てきたら飲み頃かしら」

 レオンも飲んでみると、かのが持ってきたものよりも飲みやすい。かのの食べ物や飲み物はおいしいが何か不自然さや違和感が残るが、エマのものはない。

「これをたくさん作って、村の人たちに配りましょう」


エマが作ったドリンクは村人たちにも好評だ。作業は辛うじて涼しい時間帯に少しずつ進めることにしたので、倒れる村人たちも激減した。

 暑さに慣れた頃になると、作業もどんどん進む。

 特に作業をしていないかのが、エマの作ったドリンクを、「おいし。おいし」とがぶ飲みし、必要以上に減らしていく。


 レオンもたまに飲むが、カシスの酸味がさっぱりとさせている。それに、塩味がいいアクセントになっている。


 ある夜、エマお手製のポカリスエトを飲んでいると、エマが、

「私が住んでいた頃は甘酒っていうのを暑い時に飲んでいたわ」

「甘酒?」

「麹っていうので作るんだけど、ここでは手に入らないわね。……懐かしいわね」

「どんな味だったんすか?」

「甘かったわ。とっても」


 そして、炎の妖精たちも徐々に少なくなり、村はいつも通りの秋へと戻っていった。

 いつも通りの秋が終わったら、いつも通りの雪に閉ざされる冬を迎える。淋しいが、白く美しい季節だ。


 王国最高の聖女にして、現王妃が前王妃のエマの元を訪れたのは全ての秋の作業が終わり、雪で全てが閉ざされる直前のことだった。

 

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