第19話エマとレオンの出会い
現在のエマは亡き母から相続した領地で細々と暮らしている。村一つしかない領地から上がる収入と王の私費から支払われる年金が収入源の全てだ。
王から年金がいつ支払われなくなるかわからないし、大した収入源もない領地しか財産がないから前王妃と思えないくらいにその立場はとても弱い。
伯爵である兄との折り合いも悪く、もし、どちらも失ったら、エマに残された道は親族の貴族家に食客として居候するか修道院に行くかである。
元々、エマは王国内屈指の伯爵の娘として生まれ、王と政略結婚をした。
実家が貴族間の政略に負け、エマは王妃の座を追われた。子供を生めなかったことも離婚の理由となった。
王との仲は悪くなかった。だが、王から愛されたことはなかった。
エマもまた王を愛したことはなかった。
エマは広間の椅子に座りながら、それを思い出していた。窓の外には満天の星空が広がっている。近くにはレオンが座っていて、やはり過去を思い出していた。
レオンは元々、敵国の貴族家の息子だった。
長らくエマの国とレオンの国は戦争をしていて、エマが王妃として戦場の兵士を激励するために訪問したのだ。前線よりも遥か後方で安全な場所にある陣だった。
だが、そこにレオンを含めた数人がエマの訪問を知らずに、奇襲を仕掛けたのである。ただ、後方を混乱させるというのがレオンの任務だった。
エマとレオンはそこで初めて、顔を合わせ、レオンはエマの護衛や女官たちを皆殺しにしたが、エマだけは殺さなかった。
いや、正確には殺せなかった。
テントの中で刃を向けられ、護衛や付き添いの女官たちの血を浴びてもなお、落ち着き払い慈愛と慈悲に満ちた微笑みをレオンに向けて浮かべていたからだ。
その笑みを見て、レオンは背中にゾクリと寒気が走り殺せなかった。
そして、このような場面でもなお、清らかで汚れのないどこまでも白く輝くような慈愛の笑みを向ける眼の前の女は人間ではなく、純白の百合のような汚れのない化け物だと思った。
レオンはエマの首元まで剣を向けたが、突き刺せなかったから降ろした。
仲間の声がした。
レオンは咄嗟にエマにカモフラージュの魔法をかけて、仲間に見つからないように隠した。それがなぜなのかいまだにわからない。
そして、その場を後にした。
その時のレオンは褐色の肌に黒い髪と瞳というこの大陸にはいない容貌だったことから、漆黒の化け物というあだ名をつけられ、エマの国の将兵たちから恐れられていた。
レオンの国は貴族たちの腐敗が進み、汚職や賄賂が日常茶飯事で、戦争も賄賂を支払えない下級な貴族たちや庶民たちが前線へと追いやられ士気も低い。
汚職貴族が満足できる賄賂を払えなかったレオンは前線へと追いやられ、死なないために破竹の勢いで活躍し、漆黒の化け物として名を馳せた。
戦争が始まった理由も貴族たちのご都合主義による何かだ。
戦争は終盤になり、物資は欠乏し、レオンは捕虜として捕まった。そのまま、首を落とされるはずだったが、王都に見せしめのための見世物として連行された。
鎖で繋がれ、水も食料も満足に与えられないまま、捕まった土地から王都まで歩かされ、途中の住民共からは石を投げられた。
仲間も数人同じように連行され、倒れていった。
城へと連れて行かれたレオンはエマと再会した。貴族たちはレオンを世界で一番残酷な方法で処刑しようと盛り上がっていた。
そんな中、エマだけが王に、
「褐色の肌に黒い髪は珍しい。気に入りました。私の奴隷にしたいのです」
と申した。
貴族たちも王も難色を示したが、エマは貴族と王に何かを渡したことで取引は成立したようだ。
王妃としての座を追われた一つの理由が、エマが何かを渡したことにより、エマに価値がなくなったことも関係しているようだ。
こうして、レオンはエマの奴隷となった。実際は魔術により人を殺めてはならないなど様々な制限をかけられている。もっとも真の正体は異世界の大天使様であるレオンのことだから、魔術自体、秒で解除できるのだが。
現在では表向きは女主人と執事だし、村人たちも全員がそう信じている。
レオンはいまだに、なぜエマが何かを明け渡してでも自分の命を乞うたのか訊けていない。
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