第18話王宮風読み士フォルテの緊急来訪

 フォルテは何も食べていないということだったので、彼女も交えての夕食となった。

 エマがきのこスープとパンとチーズをフォルテの前に置いた。


「まさか奥方自らがこのようなことをなされるとは……。いつもこのようなそま……いえ、質素な食事なのですか?」

「お前、粗末って言いそうになったろ」

「い、いえ。とんでもありません。前王妃様に向かって……」

「フォルテさん。エマで結構よ。私はもう王妃ではないし、小さな村が1つだけの小さな所領の主でしかないもの」

「失礼いたしました」

「確かに普通の貴族の食事に比べれば質素だけれど、私はこれでいいと思っているの。身の丈に合った暮らしが大切だもの」

「……そうですか」


 フォルテはエマに、

「話を戻しますが、このあたりは大雪に包まれます。陛下は雪が降った場合は……」

「ねえ、フォルテさん。その話は聞かなかったことにしたいの。大雪に包まれたら、陛下は即座に風読み師を転移魔法で連れてきて雪を止めてくださるのでしょう」

「そのつもりです」


「陛下の御慈悲には深く感謝をしているけれど、気象の変更は大量の術者と魔力と費用が必要でありとても大変なこと。だからこそ、風読み師は王宮直属で他の貴族たちのために力を振るうことはしない。この例外を作ってはいけないわ」

「……では、どうするのです? 冬を越せなくなっては……」


「そうね。税の免除をお願いして、慈悲を乞うて食べ物を恵んでもらう。これが一番だと思うの。私が陛下やつてのある貴族たちの元を訪ね歩いて慈悲を乞うわ」

「そんなことをしたら、名誉も何も気にしない愚かな女と笑いものになります。前王妃がしていい行為ではありません」

「それでいいのよ。雪に閉ざされたら、前王妃とかなりふり構っていられないわ。それに、そういうのは気にしないたちだから。陛下が私のために術者を動員したとなったら、陛下が国家権力を私利に使ったと批判が起こるわ。それに、現王妃様だっていい心地はしないでしょう」


 フォルテは驚きを隠さずに、

「私が王宮で聞いたあなたの人柄と実物のあなたはとても乖離していて驚いています」

「王宮での私は愚かな馬鹿な女だったかしら。うふふ」

 エマは怒ることもなく言った。全ては過ぎたことであると受け入れているのである。もっとも途方も無い数の輪廻転生を繰り返したがゆえの達観なのであるが。


 レオンが、

「慈悲を請われた陛下が温情で恵みを与えたとなれば、陛下とやらの株も上がるでしょうしね」

「陛下とやらではないわ。陛下よ」

「それでいいのなら……構いませんが」

「それでいいのよ」

 エマは微笑んだ。


「移動もままならないかも知れません」

「俺が魔法でなんとかする。猛吹雪だろうがなんだろうが、なんとでもしてやんよ」

 レオンは自信満々で言い放ち、フォルテが言い返そうとしたが、

「私はレオンを信じてるわ。レオンが出来ると言ったら出来るのよ」

「……わかりました。明日、王宮へと戻り、そのようにご報告いたします」

「よろしくお願いします」


 エマが頭を下げると、フォルテはぎょっとして、

「そのようなこと……」

「いいのよ。人として当然のことだもの」


 フォルテを客人の部屋に案内してから、エマとレオンがノノに事情を説明しに行くと、ノノは夜空を見上げながら、

「大雪……。正直、世界の底での暮らしが長いから、ピンとこないな。でも、雪なんてものが降るとそんなに困るのか。僕の力ではどうすることもできないよ」

「空から氷の粒が降ってくるようなものだからな」

「そうか。ぶつかったら痛そうだな」

「大丈夫。痛くはないわ。でも、寒くなっちゃうわ」


「そうか。僕は暑さも寒さも感じないけれど、君たちは大変そうだ」

「それはわかってるわ。でも、何かいい知恵がないかと思って」

「……正直、ないな。すまない」

「いいのよ」


 ノノは当てにならない。

 レオンがエマに、

「どうしますか。村に伝えて、できるところまで収穫しますか?」

「いいえ。そんなことをしたら怪しまれるわ。フォルテさんはここに来ているのだから、王より事前に知らされて収穫を急いだと他領の貴族に知られては困るわ」

「ですが、あんたを支援してくれる貴族がいるんですかね?」

「さあね」


 レオンは苦虫を噛み潰したような顔で、

「だから、あんたは俺を救うべきじゃなかったんだ。救わなかったら、あんたはもっと多くの貴族から支援を受けられただろうさ。まだ王妃の肩書はあったかもしれねーな」

「そんな事言うんなら、あなたは私を救うべきじゃなかったわ。私を救わなかったら、あなたの国は滅びなかったかも知れないもの」

「滅んだところでどうってことないですよ、あんな腐敗しちまった国なんて」

「肩書くらいなくたってどうってことないわよ、あんなお飾りの王妃なんて」

 エマが清々しいくらいの吹っ切れた笑顔で言った。

 レオンも自然と笑っていた。切なさをにじみ出しながら。

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