第16話大地の精霊と祝福

 大地の精霊の葬式の終了間際に飛び込んできたのは一人の黒髪の少女だった。年の頃は15歳から16歳。今どきの元気そうな女の子だ。


 レオンは胡散臭いものを見るような目で、

「お前、誰だよ。魔族がしょーもなく女に化けて、悪さでもしにきたのかよ。あぁん!?」


 こんな田舎に女の子が一人、来るわけないのである。

 魔法が使えたり剣を使えて魔物とやりあえる女の子は、何もなさすぎて退屈以外に大きな問題のない村に来たりしない。

 来るとしたら、女の子に化けた魔族や知性のある魔物である。村人たちを血祭りにあげて、暇つぶしをする性悪連中のことだ。


 若い男女が好き好んで出ていくことはあってもやって来ることのない村というのは、村人たちも重々承知している。だから、なんで魔族がこんな村に来たのかと身を縮こませている。

 少女は首を横に振り、


「違います! 私はメルカです! この村に豊作をもたらす大地の精霊の役割を今年から与えられた精霊です!」

「だったら、魔法陣で来るだろ」

「だって、魔法陣をくぐるの怖いじゃないですか! 本当にちゃんとした場所に行けるかどうかって思ったら、くぐれなくなったんです! それに、メルカは大地の精霊としてこの村に豊穣をもたらす気はさらさらないんですっ!」


「じゃあ、最初から来るなよ。お前が来なかったら、黙祷やって終わりだったんだよ」

 レオンの言葉に、

「来てやったんだから、そんなこと言わなくてもいいじゃないですか!」


 エマが、

「そうよ。レオン。話だけでももう少し聞きましょう。この子が少しでも魔性を隠しているのなら、あなたならとっくに見抜けているでしょう」

「まぁ、そうすけどね」


 見る限り、普通の人間そうではある。精霊っぽさが全くない。

「お前、本当に精霊か? 精霊は人間よりも強い魔力を持ってるんだがな。お前からはそれを感じねー」

「ギクッ!」

「ギクッって言うやつ初めてみたぞ」

「メルカは精霊としては魔力がなさすぎて、落第。ここに豊穣の力はあるですが、なんと魔力がなさすぎて力を使えないんです! もちろん、人間よりもメルカのほうが魔力はあるですけど」


 メルカは背負っていたリュックを降ろし、緑色の力を出した。豊穣の力のようだった。

 精霊としての力がないやつに大地の精霊としての役目を与えるとは。田舎の村だからと精霊からも舐められているのかもしれない。

「でも、精霊としての力はないんだろ。クソヘボじゃねーか」

「ヘボじゃないです! 魔力ないですけど、メルカほどの超絶美少女はこの世にいないですよ! 天は二物を与えなかったんです! ステータスを美貌に全振りしただけです!」

「お前、美少女じゃねーから」

 普通より可愛い程度だ。


 笑顔だったメルカは豹変し、目を見開き、

「うっせー! 田舎もんにはわからない美貌なんですよ!」

「それでいいや」

「メルカはたとえ魔力があっても大いなる夢があるから、大地の精霊としての仕事はできないのです。それを皆様に謝罪しにきたのです。豊穣の力を渡すので、これでなんとかしてください」

 メルカはレオンに豊穣の力を渡した。


 メルカは清々しい表情で、

「これで肩の荷が降りました」

「良かったな」

 レオンは面倒くさそうに言った。とっとと村から追い出そうと思ってる。


 メルカは希望に満ちた可愛い笑顔で、

「これから、王都に行ってアイドルになるんです」

「ほぉん」

「それで、ファンに囲まれて、ちやほやされて。プライベートでは男をはべらせて、毎日、酒池肉林三昧の日々を過ごすです。性奴隷たちを調教しつつ気持ちよくなる日々を送るです」

「お前の夢、わりかし最悪な部類だな。アイドルにならないで、風俗嬢にでもなったほうがいいぞ」


 レオンの言葉に、エマが、

「でも、風俗嬢だったら、お客様のことを優先しなきゃいけないんじゃないかしら。それに、お客さん全員が調教されたい人だけじゃないだろうし」

「そうっすね」

「じゃあ、メルカはもう行きます! 立派なアイドル兼ご主人さまにならなくちゃいけないので!」

 メルカは教会をサッサと出ていく。


 残されたのは豊穣の力。

 緑色の光の玉だ。


「ねえ、これって精霊なら誰でも使えるものなのかしら?」

「奥方様。炎の精霊は炎の力のみ扱うというように、扱える力は決められておりますじゃ」

 神父が言った。


 豊穣の力だけ残されても困る。

 なにせ、普通の魔力しか持ち合わせていない人間たちには到底扱えない。


 エマが、

「ねえ、レオン。一人だけ心当たりがあるわ」

「奥方もすか」

「もう一度行けるかしら?」

「行きますか」


 二人が向かったのは世界の底。

 ノノが一人、座って遠くを見ていた。


 世界でたった一人のハーフエルフだが、エルフの先祖である精霊の血が色濃くでている。そのため、エルフや人間よりも精霊に近い存在だ。


 エマがノノに、

「私たちの村を助けてほしいの」

「君たちの村を?」

 ノノは困惑している。


「私たちの村は春と秋に大地の精霊に感謝の祈りを捧げ、畑に豊穣の祝福をいただくのだけれど、大地の精霊様が、えーと風俗嬢になっちゃって」

「違います。都会に出ていったんです」

「そうなの。上京しちゃったの。あなたなら、この豊穣の力を使えるはず。お願い、私たちの村の大地を祝福してください」


「僕なんかができるわけない」

 ノノは戸惑いを見せるが、レオンが、

「ずっとここにいるよりいいだろうよ」

「でも」

「安心しろ。村人はエルフもハーフエルフも精霊も見分けがつかねーよ。いいじゃねーか、俺たちを助けるくらい」


 ノノは結局、断りきれず、豊穣の力を受け取り村へと行くことに。

「行くけれど、僕は精霊じゃない。だから、豊穣の力は使えないかもしれない」

「その時はその時よ!」

 エマは笑顔で言った。


 教会に戻ると、村人たちがノノを見て、驚きの表情をする。

 ノノは村人たちの視線を受けて、緊張している。彼女の過去にハーフエルフとして迫害されてきたのでその過去が蘇ってきた。


 村人の小さな少女が声を上げた。

「精霊様すっごくきれい」

 ノノの素肌は白く、黒色の髪は星を散りばめたかのように魔力で少し光っているから、精霊のように見えるのだろう。

 これを聞いて、ノノは驚いている。


「じゃあ、お願いできるかしら?」

 エマの言葉に、

「……努力はしてみる」


 ノノは豊穣の力を身に宿す。すると、体はまばゆい緑色に輝いた。

 光が消えると、ノノは高らかと、

「大地に大いなる豊穣の祝福を与えよう」

 緑色の光が村や村の畑を優しく包みこんだ。


「ありがとう、ノノちゃん!」

「これくらいどうってことはないよ」

「これからもずっとこの村にいるといいわ! 世界の底は寂しすぎるもの」

「……それは考えさせてくれ」


 ノノは静かに言ったが、レオンが、

「またボーッと何もない場所を眺めてんのかよ。ちったぁ働けよ」

「もう僕は年寄りなんだ」

「精霊に年齢なんてないだろうよ」

「本当に困ったな」


 ノノは困った表情をしたが、結局、エマの屋敷に一室を与えられ、静かに暮らしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る