第15話腹が空いたから、黙祷する

 村の木造の小さな教会へと戻ると、すでに夕方。

 畑のほうから汚れた村人たちが疲れた顔で戻ってくる。

 村人たちはエマを見て、バツが悪そうに、


「村長が……収穫をしようと……」


 エマが村人たちに、

「それでいいのよ。お疲れ様でした」


 一方の神父は、不機嫌そうに、

「大地の精霊への感謝を捧げないで収穫をするとは」

「神父様。今回は緊急事態でした。許してさしあげてください」

「奥方がそう言うなら」

「元はと言えば、ジジイお前のせいなんだよ」

 レオンの言葉に、神父はレオンを睨みつける。

 そこに、村長がやって来た。


「奥方様」

「本日の作業お疲れ様でした。疲れている所申し訳ありませんが、村の皆を教会へ」

 村長はエマの手を掴んで離さないかのに視線を送りながらも、

「わかりました。村人たちを集めてきます」

「お願いします」

 エマは頭を下げた。


「神父様。これから儀式を執り行っても大丈夫ですよね」

「もちろんですじゃ」

 神父は仰々しく頷いた。


 10分もせず、村人たちが集まり、狭い協会にギュウギュウに座った。

 エマが村人たちに向かって、

「皆さん。本日のお仕事お疲れさまでした。今年も無事に収穫を迎えることができたのも日頃の皆さんの勤めと神父様の神や精霊様への祈りの賜物です」

 村長がエマに、

「ありがたきお言葉ですじゃ。ところで、奥方、側にいる方はどちらで……」

 かのについて尋ねた。


 村人たちも全員が気になっていて、かのに注視している。

「この子はかのちゃんです。異界から迷いこんできた女の子よ。皆、仲良くしてくださいね。かのちゃんもご挨拶して」

 かのはゆっくりと村人たちを見回し、

「かのだよ。へへ。ふふ」

「気持ち悪ーな」


 レオンの言葉にもかのは気にせず、嬉しそうに笑って、言葉を続けた。

「よろしくね」

 かのはエマの手を離し、笑いながら歩き出した。

 そして、スッと消えた。


 驚く村人たち。

 エマは、

「かのちゃんはそういう子なの。これからは村の中も歩くかもしれないから、仲良くしてね」

「奥方の客人なら、無下にはいたしません」

「ありがとう」

 エマがそう言うのなら、そうだろうと村人たちは納得したようだった。

「では、神父様。儀式を」


 神父は頷き、聖書を開いた。

 レオンは欠伸をし、脇の下を掻いた。

「こりゃ! レオン」

「早くやれよ、ジジイ! ここにいる連中も俺も腹が空いてんだよ! どうせしょぼい大地の精霊しかこねーだろうが。そんなしょぼいのに感謝捧げてやんだぞ、こっちは。感謝しろよ」


 王の直轄領に呼ばれる大地の精霊は凄まじい力を持ち、毎年、大豊作。一方のこっちは不作の年もあり、正直、効果は微妙なのである。だが、伝統を軽んじてはいけない。

儀式を省略したことが理由で、教会の上層部に目をつけられては困る。吹けば飛ぶ村にしてみれば、一大事である。


「レオン、お行儀悪くしちゃだめよ。神父様。お許しください」

「奥方がそう言われるのなら……」

 神父は渋々、聖書を読み、大地の精霊を呼び出そうとする。

 村人たちもエマも手を合わせ、精霊の降臨を待った。

 ……。

 来ない。


 神父は再度、何事かを唱えたが、何も起こらない。

 やはり精霊もブランド志向があるのだろう。呼ばれるのなら、辺ぴなクソ田舎ではなく、王や伯爵、公爵が収める土地がいいのだろう。そういうところは流通も発達し、町も賑やかだし、娯楽もある。

 精霊としても賑やかな場所のほうが退屈しないからいいのだろう。帰りに観光もできるし。納得である。


 神父は咳払いをしてから、

「では、皆のもの、始めますぞ」

 過去2回の失敗をなかったことにして、始めようとする。

 レオンは立ち上がった。


「こりゃ、儀式の最中に立ち上がるとは!」

「うっせー! いいか! 大地の精霊は死んだ! 来ないってことはそういうことなんだよ! だから、村人ども、大地の精霊に黙祷! 全員、目をつむれ。それで、儀式は終了だよ!」


 エマも、

「大地の精霊様も忙しいでしょうから、来られないのかもしれないわね」

「死んだことにすりゃ来年の儀式は省略できるから楽ですよ。奥方そうしましょう」


 そこに、駆け込んできた少女が一人。

「誰だ、お前。俺たちは死んだ大地の精霊のために黙祷すっところなんだから、超多忙なんだよ!」

「ちょっと待ってくださーい! 死んでなんかいません! だから、黙祷しないでくださーい!」 

 少女は半べそ掻きながら、叫んだ。

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