第14話竜ホカホカ作戦

「おい、ジジイ! この借りは高くつくぞ!」

 レオンが叫ぶと、ジジイもとい神父は怯えた声で、

「レオン殿ー。お助けくだされー。お礼にお主の葬式代を20%OFFにして、経を10秒長く読んで差し上げますじゃー。だから、ワシを助けたらさっさとくたばれ! このクソ執事が!」

「テメー! 自分の身分だけはどんな時でも自覚しやがってよ!」


 かのが何か面白かったのか、

「レオンの葬式。レオンの葬式」

 と愉快そうに歌いだした。

「おい! ガキ、お前の葬式出してやろうか!?」

「アハハハ」


「レオン、駄目よ! かのちゃんも駄目よ。レオンはお葬式出せるだけの貯金ないでしょうから」

「奥様は俺の葬式代出してくださらないんすかね?」

「私にそんなお金はありません! だから、ちゃんと竜を倒して、神父様をお助けして、一緒に帰りましょうね。がんばれー、レオン」

 しょうがねーなと思いながら、レオンは黒い氷竜へ突っ込んでいく。


 本来、竜退治というのは国のいっちゃん強くて、武器や防具の金をたらふく支給されるような騎士団のお仕事であり、田舎の執事の仕事じゃないのだ。


 それを知りながら、エマは地面に座って、かのを膝に乗せて高みの見物である。

 レオンを買いかぶりすぎているだろう。それとも、異世界の大天使だという正体でも知っているのか。だとしたら、さっさとそれを言ってほしい。

 自分も人間のレオンとして振る舞う必要がなくなり、人間としてではなく大天使様として瞬間オーバーキルし放題で楽できる。

  

 竜は氷のブレスを吐き出す。炎を和らげる赤いマントのせいで、冷気が倍化されて届いているのがわかる。寒さで体が緩慢になる。

 脱げば冷気は和らぐだろうが、体が火だるまだ。

 この竜は己の冷気で炎の世界でもものとも我が物顔で歩き回っているのだろう。

 仕方なくレオンは、風魔法にシフトする。

「じじい! 少ない魔力で自分の体くらい防御しろよ!」

 強烈なかまいたちが竜を襲う。表面の肌に傷が付き、青い血が吹き出る。

「冷たい!」

 血が当たったジジイが悲鳴を上げた。

 竜の血は冷たいらしい。


 かのはポツリと、

「血、冷たい?」

「そうみたいね。竜の血は冷たいみたいねー」

「じゃあ、竜さん、寒い?」

「! きっとそうね!」

 エマは立ち上がって、走り出した。

「レオン、ちょっと待って! 待って! その子、きっと寒いのよ!」

「はぁ!?」

 レオンは何いってんだと思ったが、命令だから攻撃を止めた。


 エマの後ろをかのもトロトロと走る。

 かのは竜の前に行こうとする。竜は氷のブレスを吐き出すが、かのがコケたことで外れた。運が異常に高いのだろう。

 かのはひょっこりと何事もなかったかのように立ち上がると、竜の前にひょこひょこと歩き、

「め!」

 怯んだ竜はそれから氷を吐かなくなったし、ジジイも放した。


「あら、お利口さんなのねー」

 エマが竜を撫でようとしたが、あまりの冷気に触ることが出来ない。

「まあ、冷たい。神父様はさぞ冷たかったでしょう」

「いえいえ。ワシの教会の服は加護がありますのじゃ。だから、冷気も炎も軽減されますのじゃ」

「あら、便利ですね」


 エマは竜に向き直って、

「これじゃ、寒いわよね。この子を温めてあげるにはどうしたらいいのかしら?」

「奥方帰りましょうよ。竜は放っておけばいいじゃないっすか」

「あら。放ってはおけないわよ。寒いのは辛いもの」

 レオンは心のなかで舌打ちをした。エマのお人好しモードが発動した。こうなると一切、言うことを聞かない。だが、骨を折るのはエマじゃない。

 びっくりするくらいの安い給料で、世界中の誰よりも献身的に働く長時間労働従事者(レオン自称)の執事レオンである。


 かのがニコニコと、

「お風呂!」

「あ! そうね。お風呂よね!」


 エマは気の迷いでジジイに惚れた炎の精霊に、


「この辺りに温泉はないわよね?」

「うん。水は蒸発しちゃうし」

 レオンが、

「どっかの穴にこいつの冷気でも入れますか。大量に入れれば、溶けて湯くらいにはなるんじゃないっすか」

「そうかもね」

 一同は適当な穴ぼこを見つけ、竜にブレスを吐かせる。

 だが、湯はまたたく間に蒸発してしまう。

「あらー」


 炎の精霊が、

「この世界にいたら、嫌でも熱くなりそうなものなのに」

「でも、体の底から冷たいからそういうわけにはいかないのでしょうね……。何か炎の海みたいなものがあればいいのかもねー……」

「炎の海?」

「そう。ズバーンと入ったほうが気持ちいいでしょうし」

「あるわ」

「え?」


 炎の精霊に案内されたのは山の火口だった。

 マグマがダグダグと踊っている。


 かのは火口を指差し、竜に向かって、

「行けー」

「お前、ヒドイやつだな」


 竜は最初こそ怯んでいたが、

「だいじょぶ。怖くないよ」

「お前、じゃあ、行ってみろよ」

「だ、駄目よ! 本当に行ったらどうするの」


 かのはレオンの言葉に、ほわわほんといつもの笑顔だったが、

「お見本見せてあげる」

 ひょこひょこ火口の中へ飛び込もうとする。

 レオンは慌てて襟首を掴んだ。

「あ、こら、馬鹿行くな!」

「かのちゃん。あの中はホカホカというよりはあつあつよ」

「そんなもんでも収まらねーよ」


 竜はかのがお見本を見せようとしたのに勇気づけられたのか溶岩の中に突っ込んでいった。

 足先だけつけてみるということもなく、大胆に頭からすっぽりと入った。姿が見えない。

 炎で溶けたのかと一同が固唾を飲んで見守った。

 もしも竜が人間だったら、死ぬことを一同で促したのだから、とんでもない犯罪行為である。


 1分後、竜は幸せそうな顔をしながら浮かんできた。

「あいつの死に顔か?」

「だとしたら、満足して死ねたみたいね」

「いや。顔の筋肉が死んで緩んだのですじゃ」

「すぐ緩むわけねーだろ」

「いやいや。相手は竜じゃぞ。わしら人間とは緩む時間が違うのかもしれんぞ」

「それもそうか」


 そんな話をコソコソとしていると、竜は口を開け、

「クワー」

 と気持ちよさそうな声を上げた。

 竜は安寧の地を見つけたのだろう。マグマの中を泳ぎ回っている。

「良かった」

 かのは言った。


「そうね。本当に良かったわね! いいことすると本当に気持ちいいわね! それじゃ帰りましょう!」

 エマはそう言って、一同は炎の精霊に道案内で、村の教会へと戻った。

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