第11話世界の隙間の底に住むハーフエルフ

 レオンとエマがいるのは薄暗くて何もない場所だった。

 レオンが暗視と遠視の魔法を使い、周囲を見回すが、何もなさすぎることしかわからなかった。


「辺り一帯、何もないっすね……」

「困ったわね」


 レオンはエマを抱きかかえ、飛行魔法を発動した。

 上を目指すしかないだろうと思ったのだ。だが、上に行ったところで終わりがない。果てがない。

 人っ子一人、低級な精霊一人すらいない。

 エマは泰然としている。転生しすぎて、動じなくなっているのだろうか。

 そういうレオンだって、あまり焦ってはいない。かつて別の世界では大天使だったのだ。だから、本当はなんでもできるが、やりすぎては人間外だと気づかれてしまう。

 

「なんもないっすね」

「そうね。レオン、疲れたでしょう。降りて休んだら?」

「そっすね」


 レオンという人間の力でなんとかするには限界がありそうだ。エマが疲れて寝た頃にでも適当に大天使らしい魔法を使って脱出でもすればいいかと思った。

 無理やり魔法で眠らせても良かったが、あとで、「誰かに魔法で眠らせられたのでは?」などとエマが騒いでは困る。

 仕方なく、レオンは下に降りた。上に果てはないが、下には終りがあるからだ。

 

久しぶりに長い時間魔法を使って、疲労感があった。

 二人は寄り添うように隣に座った。

 何もすることがなく、ただボッーとしていた。

 しばらくそのままでいると、向こうから小さな小さな光が見えた。

 レオンは遠視の魔法で正体を探る。女の子がカンテラを持って歩いている。

 耳はエルフのように長く尖り、肌は白い。黒い髪に紺色の瞳。紺色のフードがついたマントをまとっている。


 少女はこちらに近づいてくる。

 エルフはほとんどが金髪だ。耳が尖った人間を聞いたことがない。ダークエルフの耳は尖っているが、肌は普通は黒い。

 少女はどの種族の特徴も持っているが、結果的にどの種族にも当てはまらない。


 少女はレオンとエマから目を離さない。おそらく自分たちに気づいている。

 レオンは小娘とはいえ、油断せず、いつでも飛びかかれるように身構える。エマはそれに気づいて、いつでも逃げられるように少しだけ後ろに下がった。

 少女が声の届く範囲についたら、足を止めた。

 レオンは少女に対して、


「おい、ここはどこで、お前は誰だ? 種族はなんだ」

「ここは世界の隙間の底で、僕はノノ。ハーフエルフ」


 十代半ばのスラリとした体型の少女は静かな落ち着いた声で言った。


「世界の底? ハーフエルフ?」

「精霊界や人間界の間には隙間があって、ここは隙間の底」


 エマが不思議そうに、


「ハーフエルフということはエルフと何かのハーフなの?」

「そうだね。僕の先祖はエルフと人間のハーフなんだ。人間でもない、エルフでもない中途半端な種族は地上で生きる場所を失い、この世界の隙間に辿り着いたらしい」

「こんな何もないところにもハーフエルフみたいな人たちがたくさんいるの?」

「かつてはそれなりにいたよ。今では僕一人だけだ」

「他の人たちは?」

「いないよ。こんな隙間の世界でもかつては色々な奴がいてさ。でも、皆、喰われちまった」

「え?」

「昔、ちっさい丸っこい魔獣がこの世界に迷いこんだ。成長するに連れて、目の前にいるやつを一飲みしてしまうようになった」

「じゃあ、あなたの仲間は……」

「飲まれちまった」

「可哀想に」

「いや。抵抗しようと思えば、そいつを倒せたのかもしれない。この土地はあまりにも不毛の土地で、皆、疲れ切っていた。ハーフエルフはエルフのように強い魔力を持っているわけじゃないから、土地を変えるほどの高い能力を持つ精霊を呼べなかった。そんな魔法も使えなかった。だから、低級な精霊の力を借りて、なんとか土地を耕し、細々と生きていた。だから、皆、いつも飢えていた」

「こっから出られなかったのかよ。そんな腹好かせてたら、人間界や精霊界にでも逃げるしかねーだろ」

「そいつは世界と世界を繋ぐ入り口も食っちまったんだ。結局、そいつも僕のようなハーフエルフと一緒で、腹を空かせていたんだ」

「そう。じゃあ、あなた、今、お腹減ってるわよね。辛かったでしょう」

「空腹は辛くはない。僕はエルフの血が濃すぎるからか食べなくても生きていけるんだ。だから、僕だけ生きてる。精霊のちょっとした精霊力があれば充分なんだ」

「へー。そういうものなの」


 感心するエマに対して、レオンが、


「奥方。通常のエルフは菜食です。エルフは元々、人間と精霊のハーフだと言われています。食事を採らなくてもいいエルフというのはかなり稀で、食事が不要のエルフということは精霊に血が近いものと思われます」

「あら、そう」

「そうなのか」


 ノノ自身も感心している。


「まあ、食べなくても生きていけると空腹はイコールじゃねーからな」

「そうよね! いいものがあるわ。朝に作ったかぼちゃまんじゅう。作ったことを自慢しようと思って、村に持っていっていたの」

「そんなもんを自慢ねー。暇なんすねー」


 エマが懐からかぼちゃまんじゅうを出そうとしたところ、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あわわわわわわー」


 のほほんと小走りしているかのと後ろにはでかい丸っこいやつがいる。丸っこいのがかのを追いかけていた。


 そいつはでっかい口に1つ目で、丸にちっさい手と尻尾が生えている。あー、いかにもな化け物だった。大きさは2メートルほど。デザインセンスのない不良品のボールが駆けている感じだ。

 1つ目デカ口は長いべろを出し、よだれを垂らしている。よほど腹が空いているのだろう。


 エマが叫んだ。


「かのちゃん! こっちよー!}


 エマに言われたとおりにかのはこちらに走ってくる。


「ほっときゃいいのに」

「いけません! かのちゃんが食べられたらどうするの!」

「やつの腹で消化されるんじゃないっすかね?」

「あの化け物って胃袋があるのかしら? 体はないし」

「化け物だから、そういうの関係ないんでしょうね。おい、あいつが世界の出入り口とやらを食ったやつか」

「そうだよ」

「あいつを倒せば、出られんだな」

「……そうだね」


 ノノは静かに言った。

 かのがポスンとエマの胸に飛び込んだ。


「戦うのっていつぶりくらいっすかね?}

「レオン、しっかりね」

「へーへー」


 レオンは面倒くさそうに前に出て、利き手である右手を軽く動かした。

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