第10話炎の精霊に愛された神父のせい

 食堂に駆け込んできたのは村一番の俊足とされるラニという少女である。


「おい、領主様の御前だぞ」


 レオンが村人から持ち込まれた厄介ごとに対し、面倒くさそうにいった。


「でも、神父様が大変なんです! 助けてください! このままじゃ、連れ去られちゃう!」

「はあ?」


 神父は高齢の老人である。

 レオンはうなずいて、


「もういい年だから、老人ホームに連れ去られる年だろ。耄碌しすぎたんだろ」

「違います! お願いですから、教会に来てください!」


 エマが椅子から立ち上がり、


「レオン、行きましょう。ラニ、私達は馬に乗ってすぐに行くわ」

「それじゃ、村に戻ってます!」


 ラニは食堂から走りながら出ていった。

 エマが立ち上がったんならしょうがない。レオンも渋々立ち上がった。


「レオン、面倒くさそうにしないで。今日、神父様は大地の精霊様を呼んで、精霊様に収穫の無事と安全をお願いする大事な日なんですから」

「わかりやしたよ」


 厩舎には人よりは足は早いが、普通の馬よりは遅い年寄り馬が一頭いる。レオンとエマは仲良く年寄馬にまたがって、教会へと向かう。

 馬はちんたら走っているので、レオンが魔法を使って早く走らせた。


 小さな村のど真ん中に村にふさわしい小さな教会がある。村人たちが集まり、ざわついている。そして、神父のしわがれた叫び声が外にも聞こえてきた。


「おい、どけ、村人ども! 領主様のお通りだぞ! 頭の一つや二つ垂れろ!」

「レオン、失礼なものいいはやめなさい! 皆さん、ごめんなさいね。レオンは悪気があって言っていて、とっても悪い人で」

「フォローが下手っすね」

「あら、そうね。どうフォローすれば……」


 1人の壮年の男性が前に出て、


「奥方様。そいつの口と性格の悪さのフォローは不可能です」

「おい、村長だからっていい気になりやがって、税跳ね上げるぞ!」

「レオンやめなさい! そんなにたくさんの税金がなくたって暮らしていけてるでしょ」


 エマはレオンに呆れ気味にいった。

 村長がエマに、


「ようこそおいでくださいました。どうかこの事態をお収めください」

「村長さん、私とレオンの力でお役に立てるように善処しますわ」

「奥方様。何が起こってんだかわかんねーのに、安請け合いするもんじゃないっすよ」

「私は皆さんの領主なのよ! レオンも騎士で貴族でしょ! 皆さんを守るのは義務ですよ」

「ケッ」


 二人が教会の中に入ると、赤い炎をまとう少女に神父が抱きつかれていた。


「私の理想の人! 愛し合いましょ! 嫌がらないでよ!」

「嫌じゃ! 嫌じゃ! わしはお主の理想の人じゃないわい!」

「あら、恋のお話?」

「なんだ、くだらねー」


 神父はエマを見て、


「助けてくだされ! 朝から精霊につきまとわれて困っておるんですじゃ!」

「つきまとってないわよ! 私達、ひとめぼれじゃない!」


 レオンは神父に、


「おい、じじい。後任の引き継ぎはしっかりしろよ」

「嫌じゃ!ワシは引退する気はない! 助けてくれってば!」

「おい! それが騎士爵しかねー雇われ執事貴族様に対する態度かよ!」

「わしは男爵じゃぞ! 爵位持ち神父貴族様じゃぞ! 助けくてださい!」


 精霊はレオンとエマに向かって、火の粉を散らし、


「朝、この人に呼ばれて初めて出会ったの。その時、一目でこの人が私の運命の人だってわかったの! 何も生えてない頭、しわくちゃの顔、本当に素敵! だから、邪魔しないで! 私のこと好きって言ってよ! ずっと一緒にいよう」

「嫌じゃ、離れろ! お主の炎が熱いんじゃ!」


 レオンが火の粉をかき消し、


「おい、じじい。なんで炎の精霊なんか呼んだんだよ。しかも、そいつ見るからに低級そうじゃねーか」

「こんな小さな村に上級の炎の精霊を呼ばれても困るわよ。国一つ燃やしちゃうんでしょ、上級になっちゃうと」

「らしっすねー」

「大地の精霊がいくら呼んでも来んから、違う精霊を呼んで事情を聞こうとしたんじゃ!」

「それ程度しか呼べねーんじゃ、じじいの能力もたかが知れてるな。だから、こんな僻地の辺鄙村に来たんだもんな」

「失礼じゃぞ!」

「愛しい人、ずっと一緒よ!」

「嫌じゃ! お前なんぞ、全く愛しくないわい! わしにはもう愛する人がおるんじゃー!」


 炎の精霊はカッと目を見開き、叫んだ。

「そんなの絶対許さない!」


「ちょっと、落ち着いて」


 エマは炎の精霊を説得しようと前に出た。

 炎の精霊は叫び、


「もういい! 一緒に精霊の世界に行きましょ! そこで私とずっーと暮らすの! 炎の空、炎の草原、炎の海、素敵な炎の精霊の世界でラブラブしながら暮らそっ!」

「そんな熱い場所で暮らせるか!」

「燃えてろ、じじい」


 炎の精霊は何もない空間にポッカリとした穴を開けた。空間移動のゲートだ。

 精霊は飛び込んだ。

 神父は前に出ていたエマの腕を掴んだ。とばっちりで引っ張られるエマに、レオンは瞬時に抱きついた。

 炎の精霊は神父を引きずり、何もない薄暗い空間を飛びかける。

 かなりのスピードでびゅうびゅうと風の音が耳を切る。

 神父はあまりの速さに耐えきれず、エマを掴んでいた手を離してしまった。

 黒い空間に落下していくエマとレオン。

 レオンはエマを抱きしめた。

 どこまでも落ちていく。

 終わりが見えない。

 炎の精霊と神父ももう見えない。

 レオンは飛行魔法を発動し、ゆっくりと落下していく。

 足がついた。地面らしいが、土も何もないただの何かだ。

 レオンはあたりを見回した。何もない。ただ、薄暗くて広いだけの場所。


「ここはどこだ?」

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