第9話 カクヨム荘の、住人は。


「……というわけで、僕はいじめられたり、無理矢理に連れまわされてるわけじゃないんです」


 僕を中心に、ぐるりと座ったあやかしさんたち。

 正面には加須かぞさま。その両脇にかいりさん、結音ゆいねさん。ハヅキさんや壱霧いちむさんの姿もある。


 僕は緊張しながら、あの家でどうやって暮らしてきたか、そうして十日ほどまえに急に現れた鳥尾巻とりおかんさんたちのこと、そしてみんなと毎日をどう過ごしているかを、できるだけ大きな声でいっしょうけんめい説明した。

 加須さまははじめ、どこか疑うような表情を浮かべていた。僕が無理矢理にそう言わされているんじゃないか、って心配したみたい。

 でも、そのうちわかってくれた。途中からは僕の話に、あはは、って笑ってくれるようにもなった。典雅のりかさんのバッグの中身のお話をした時には、すん……ってなってたけど。


 「そうか。よくわかったよ。君がとても大事にされていること、人間たちととても良い関係を築けていること。けっして悪いひとたちではなさそうだ」

 「はい、すっごく楽しいひとたちです……でも、山田とりさんも、みんなと一緒にごはんとか食べてるからあのひとたちのこと、知ってるとおもうんですけど……」

 「えっ」


 ぴぃ、と、高いところから声。そろりと逃げようとしていた山田とりさんが別の鳥さんに確保されてる。うっすら灰色のからだ、きれいな黄色っぽいお顔、そしてほっぺたがまんまるに赤いその鳥さんに連れられて、山田さんはふわりと降りてきた。


 「ゆきまるくん、ありがとう。ねえ、山田さん。人間の家にひとりで入っちゃ駄目って言ってたじゃないか。悪い人間だったらどうするの」


 加須さまの声に、山田さんは鮮やかな青い身体をちいさくしてみせた。


 「君はね、森に季節を呼ぶ精霊さんなんだよ。冬も夏も、花も太陽も、君がいなかったらやってこない。心配させないでおくれ」


 山田さんと幸まるさんはふたりとも加須さまの手のひらに乗せられ、胸にやわらかく抱きしめられた。目を細めて、くるる、って声を出してる。

 あやかしのみんなも、互いに顔をみあわせ、ふふって笑ってる。


 と、そのとき。


 「……加須さま」


 廊下から声。僕は振り返ったけれど、誰もいない。


 「このお屋敷の方向に、誰か向かってきます。人間です」


 加須さまがすこし表情を引き締め、顔をあげた。


 「人数は」

 「三人です……まだ遠いし、お屋敷を隠すおまじないも効いてますから、大丈夫だとは思いますが……」

 「ありがとう、豆ははこくん。ああ、あたらしい子が来たから紹介しておくよ、壱くんだ」

 「あっ、じゃ、ちょっとお待ちを……えい」


 よく見ると、廊下の真ん中に、お豆。掛け声とともにぽんぽん跳ねはじめて、くるんって回ると、ちいさなたぬきさんになった。僕に向かって笑いながら小さく手を振る。


 「豆たぬきの豆ははこです、ふだんは豆の大きさになってるよ、そのほうが楽だから。よろしくね」

 「あ……僕も、ふだんはちっちゃいので」

 「そうなんだ、あはは」


 豆ははこさんが笑い声をたてた、そのとき。


 ずん。

 広間に面した庭の隅、見えないところから、低くて重い音がした。


 加須さまはすぐに立ち上がり、浬さんと結音さんに目配せした。ふたりとも頷いて、小さなあやかしさんたちに声をかけ、こっちへ、と誘導する。

 山田とりさんと幸まるさんがふわりと加須さまの前に降りてきた。ふん、と胸をはって立ってる。加須さまを護ろうというのだろう。

 壱霧さんもハヅキさんを腕に抱き、目を静かに細めて立っている。うっすら微笑んでいるように見える。たぶん、このひとたち、すっごく強い。


 やがて、ざざあっ、と、強い風が吹き抜けるような音。

 廊下を何かがものすごい速度で転がるようにやってきて、部屋の前できゅっと止まった。


 「壱くん!」


 影彦ぴこさんだった。

 右足を大きく開き、左を畳んで、低い姿勢をとりながら懐に手を入れている。加須さまの前にいる僕のことを見つけて、鋭く叫んだ。その手が振り抜かれる。ちいさな銀色の刃がいくつも飛ばされる。

 正確に加須さまに向かったそれは、壱霧さんの手から飛んだハヅキさんがすべて撃ち落とした。そのままぴこさんに向かう。壱霧さんが走る。山田さんと幸まるさんも飛び上がり、一斉に襲いかかる。


 「まって、ぴこさんも、みんなも、だめだよ!」


 僕は大きな声をあげたつもりだったけれど、届かない。

 ぴこさんとみんなは組み合い、もつれながら、廊下を移動して庭に降りていった。

 とそこへ、建物の奥の方から声。さっき、浬さんと結音さんがみんなを連れて行ったほうだ。


 「……くそっ、なんだこいつは。僕の三十一文字みそひともじ斬が通用しない……!」


 結音さんの声だった。

 投げ出されるようにふたりがこちらに転がってくる。

 すぐに体勢を立て直し、浬さんが両手を握って腰の横に構える。


 「秘拳……多色からーず著呼霊刀ちょこれいとうっ!」


 浬さんが獣の顎のような形に突き出した両手から虹色の光が放射された。が、たぶんそれが弾き返されたのだろう。強い風のようなものに二人は吹き飛ばされる。

 ずしり、と、廊下をなにかが歩いてくる。


 「……腕を構成するのは、たしかに筋肉と骨だ。が、拳の強さを決定するのはその強弱ではない。心、だ」


 そういい、重々しく廊下の向こうから姿を見せた鳥尾巻とりおかんさんが、右の親指を、とんと自分の胸に突き立てて見せる。


 「ここに宿る、光の強さ。貴様らはかそけき世を渡るものどもなのであろうが、短い時間を生きる人間が生ずる、いのちの熱量。侮らぬほうが善い」

 

 と、そのとき。

 加須さまの横の壁がぐるりと回転した。その壁に背を預けるようなかたちで、誰かが両手を胸の前で交差させたかたちでゆっくりと現れた。

 上半身が裸だ。分厚い胸、褐色の肌、首の下で揺れる黄金の飾り。手には、これも黄金の斧を持っている。そうして、頭は……真っ黒な、鷹。


 「……オシリスとイシスの息子、ホルス。わたしがお相手させていただこう」


 ずん、と踏み出した後ろで、加須さまが心配げに声をかける。


 「みかみさん、気をつけて。侵入者はとても強いようだ」


 ホルスさん……みかみさん、どっちなんだろう、とにかくそのあやかしさんは振り返って、ふっと笑って見せた。


 「ご案じめさるな。五千年の刻を生き、海を渡って美神みかみの称号を受けた我が身。敵手がわたしを退屈させないことを願います」


 部屋から踏み出し、鳥尾巻さんと対峙した。背丈も体格もよく似ている。たがいに首をこきんとまわし、呼吸を合わせるように、ふん、と息を吐いて、手をがっしと組み合わせた。組み合わせた時に生じた風圧で、僕と加須さまは少しよろめいた。


 庭ではぴこさんと山田さんたちが拳を交えている。どちらも強く、たがいにかすり傷すら負わない。不思議なことに、みんな、すこし楽しそうにしているように見えた。


 廊下で闘っている鳥尾巻さんたちも同様だ。ずしん、ずどんと、腕が振られるたびに地響きが起こる。そしてそのつど、ふはっ、ふふっ、と、互いに息を吐く。笑っているらしい。


 「ぬし。強いの」

 「貴様もな。異人……いや、異神いじんにしてはやるではないか」


 そういい、笑ってまた大きく振りかぶった時。


 ふわりと、なにかが漂ってきた。

 うっすら、静かに、だけど強い光を纏ってる。

 僕にはそれが、なにかの文字……たぶん、和、っていう字のかたちに見えた。


 風に乗ってゆらりと舞うそれは、庭と、廊下へ流れ着いた。

 くるりと回転し、ぽんと分裂する。闘っているみなの首筋にさらりと流れ込む。すると全員の身体が柔らかく発光しはじめた。誰もが動きをとめ、自分の手を、羽を見る。

 そうして、庭も、部屋も、廊下も。

 いつのまにか溶け出すように現れた、なかば透きとおったユキヤナギの白い花に満たされていた。わずかに香りも漂っている。

 みんなの身体から放たれる静かな光が、ユキヤナギの色と溶けあう。夢のような白に満たされた空間で、みんなみんな、ぽかんとしている。


 「えへへ。落ち着いた?」


 手にきらきら光る筆と紙をもった、しまこさん。

 庭の向こうからゆっくりと歩いてきて、くるりと見回し、いたずらっぽい、だけど柔らかな笑顔を浮かべてみせた。

 


 

 

 

 

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