第7話 カクヨム荘に、お別れかな。


 なあん、か。


 なんか、気になる。

 だってさ。ずうっとだもん。


 「どうしたの、いちくん」


 しまこさんがカートを押しながら、オレンジ色の買い物かごのふちで左右を見回し、ふるふる揺れてる僕に話しかける。


 「……いえ……なんでも」

 「なんか食べたいの、あるの? 遠慮しないで言ってね。今日は僕がごはん担当だから、ハンバーグ作るけど」

 「……だいじょぶ、です」

 「そう? ほんとに遠慮しないでね。鳥尾巻とりおかんさんがオーブン取り付けてくれたから、グラタンもパイもできるよ。おかげでやっと玉ねぎペーストも作れて僕は嬉しい」


 そう言い、にこにこしている。

 カクヨム荘から車でしばらく走ったところにある大型スーパー。その野菜売り場のあたりに、いま僕たちはいる。今日は、買い出し。

 鳥尾巻さんと影彦ぴこさんは二階のスポーツショップに行ってる。なんかファールカップを買うとかなんとか言ってたけど、なんだろそれ。

 冬莉とうりさんは仕事があるということで、今日は遠い街に行ってる。

 典雅のりかさんは、来ていない。あいかわらずの缶詰生活だ。ただし、場所はカクヨム荘。


 あの日……僕と鳥尾巻さんが出会い、みんなが来て、僕の家がカクヨム荘になって、そして典雅さんが現れた夜。あれからもう、十日たった。


 独りでいたときは、一日が経つのがすっごくゆっくりだった。でもいまは、毎日がほんとうに早い。えっ、もう夕方、ってびっくりする日が続いてる。

 それくらい、毎日がにぎやかで、慌ただしくて、そうして、楽しい。


 典雅さんは、いろいろと、なんだろ、冬莉さんから教えてもらったことばで言えば、おへんと……おへんた……なんだっけ。まあいいや。なんか、そんな感じのちょっと変わった女性ひとだけど、でも、ちゃんとお仕事、してた。


 あの夜の次の朝、典雅さんはふわあってあくびしながら食堂にやってきて、鳥尾巻さんが用意してるボイルのウインナーぱりぱりつまんで、牛乳をパックごと飲み干して、テーブルにぱたんって倒れて、そのまんま寝ちゃったんだ。

 手元からころんって携帯が落ちたので、しまこさんが手に取った。見ないようにしてたみたいだけど、ちらって見て、それから釘付けになって、指で忙しく画面を送りながら読んで、そのうちぼろぼろ泣いちゃって。

 冬莉さんが近づいてきて、同じようにじっと携帯を見て、くっ、って喉を詰まらせて、顔を隠して向こうに行っちゃった。

 どうした、と、鳥尾巻さんも来る。やっぱり覗き込んで、黙って、台所の方に戻って行った。なんか獣の咆哮うなりごえみたいな声が聞こえてたけど、泣いてたんだろうなあ。


 朝食のあとに、例の淀川さんがやってきた。玄関で前の夜と同じポーズをとってたんだけど、典雅さんは催促されるまでもなく自分で起き上がって出てきて、携帯を、ん、って、淀川さんに渡した。

 淀川さん、じいっと読んでたと思ったら顔くしゃってして、膝かかえて丸くなって泣き出しちゃって、しまこさんにずっと背中撫でられてた。

 しゃくりあげながら、いいわよ、わかった、あんたはここで書くのがいい、もうしばらく居ていいから、必要なものは届けるから、って、こっちの事情も訊かずにわーって喋って、わーって帰って行った。


 典雅さんは振り返って、みんなの顔を順番に見て、へへ、って鼻のあたまを掻いてみせた。冬莉さんがはんぶん苦笑みたいな表情で近寄って、ぽんぽんって、背中を叩いた。

 僕も嬉しくてふるふるしてた。あのたくさんの布、返さなくていいのかなって思ってたけど、空気を読んで黙ってた。


 お風呂とかお手洗いとか、古い設備は鳥尾巻さんが次の日にぜんぶ取り替えた。台所には大きなオーブンも入った。新しい家具や寝具とかもどんどん届いた。僕はふええって驚きながら、家がだんだん立派になるのを見守ってるしかなかった。


 そうして、カクヨム荘は、ほんとうに動き出したんだ。

 ごはんと掃除は、交代制。空いてる時間は小説を書いて、晩ごはんのあとにお互いに感想を言い合って。

 みんなは、僕の意見も訊いてくれた。もちろん、なんにもわからない。でも、必ず、どう思う、って、言葉をかけてくれた。

 僕は、なんだか毎日すこしずつ、色が薄まってる気がしてる。黒が、すこうし、青色を帯びてきたような。僕の身体は、僕のこころとおんなじ形。だから、だと思う。わかんないけど。


 で、今日は、買い出し。

 けっこう遠いけど、この大型スーパーはなんでも揃ってる。食材も、服も家具も、もちろん書店も入ってる。地方都市にはこういうお店が多いのだ。なんでそんなこと知ってるかって? さっき車で鳥尾巻さんが言ってたんだもん。


 すっごい大きなお店。

 というか、僕、外出するのってすごく久しぶり。ずうっと昔に、家に住んでたひとにくっついて、近くのお店にいったことはある。でも今日のは、ぜんぜん違う。

 すごいなあ、って、きょろきょろしてたんだけど……。


 なんか、感じる。

 ずうっと。

 後ろから、見られてる。

 誰か、ついてきてる。

 なにげなく振り向くんだけど、その時だけ、すうっと居なくなるんだ。


 と、しまこさんが、ありゃ、と声を出した。


 「コンソメ忘れちゃった。ちょっと取ってくるから、ここで待ってて」


 カートを迷惑にならない場所に寄せて、しまこさんは小走りに行ってしまった。買い物満載だし、押していくのは大変だもんね。僕はカゴのなかにぽんと入った。キャベツの横でちんまり待つ。


 その時だ。


 「……へえ。色、ついてきてるんだね。いいよ君。おもしろい」


 ざわり、と、僕の背中が波立った。

 こんなに近くに来たのに、気配、感じ取れなかった。僕は怪異もののけだから、生き物の感じてることとか、気配とか、そういうのにとても敏感。なのに……。

 逃げなきゃ。

 カゴからぽんって出たところで、捕まった。

 僕のことをきゅっと握って、そのひとは笑った。


 「こんな街中で、君みたいな古いタイプのあやかしに出会えるなんてね。大丈夫、心配しなくていいよ。もう人間なんかと一緒にいる必要はない」

 

 不思議な雰囲気。

 着ているものは、ぴこさんに少し似ている。鳥尾巻さんが読んで聴かせてくれたおはなしの中の、天狗、っていうあやかしの姿と似てる気もした。深い緑色の着物に赤い下駄。胸の前にしろいぽんぽんの飾りをつけている。

 髪の色も、瞳も、濃い緑。

 それを歪めて、ふうわり笑っている。


 「君、名前はあるの」


 僕を手のひらに乗せて歩き出す。あ、って、戻ろうとするとまた捕まる。

 不思議なことに、こんな目立つかっこうをしてるのに、歩いてる時に誰にも見られなかった。たぶん、このひと、気配を消せる。

 人間じゃないのかな。

 じたばたしてるうちに、スーパーの隅の、静かな場所に連れて行かれてしまった。そこには他にもなんにんかの姿。


 「あ、ちゃんと見つけられたんだな。よかった」


 そのうちのひとり、僕を手に乗せてるのと対照的な赤い服、赤い髪のひとが声を出した。でも、服装も顔つきも、よく似てる。どちらも柔らかく、でもどことなく陰のある、とても綺麗な顔立ち。

 

 「ああ、君の言うとおりだったよ、かいり。かわいそうに、人間に連れ回されて、買い物カゴの中に入れられてた」

 「そうだろう。たまたまこの店、見回りに来ているときでよかったな、結音ゆいね。その子の気配に気づけたのも運が良かった」

 「まったくだ。ずいぶん僕らの眷属も生きにくい世の中になってきた……昔はどんな建物にも店にも暗がりがあったから、僕らあやかしはずっと自由だった。なのに、いまじゃ逃げ場ってものがない」

 「あげくにこうして、人間に捕まったりしてな……どれ、顔をみせてごらん。君は、誰? どこからきたの? ええと、影の精霊、かなにかかな」


 そう言いながら、結音と呼ばれた緑の髪のひとの手のひらに手を伸ばし、僕に触れようとする。僕はおもわず、きゅっと身を縮めた。


 「あはは。そんなに怖がることはないよ。僕は、浬。君を連れてきてくれたのは、結音。森の近くの明神さまの、守り狐の兄弟だよ。それから後ろにいるのは……」


 そう言って、手のひらを向ける。

 いろんな形、いろんな姿の、あやかしたち。

 やあ、よお、といって、みな、僕に笑いかけてる。


 「みんなみんな、家族だ。君のあたらしい家族。さあ、早く戻って、加須かぞさまにご紹介しなくちゃ」




 

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