第57話 町中の攻防戦
それは思うよりずっと軽い音でした。
崩れた石を積み上げた町を囲う高い塀が魔獣の突進に耐えきれず破れた音、崩れた石が大きな地鳴りをあげて雪崩るように魔獣が町へと流れ込みました。
考えるより先に体が動いた。
走り出した私の意図を察したプルメリアが私の足元に物理防御のシールドを展開していきます。
私の視界の先でフィカスさんを始めとする獣人族の冒険者たちが塀を飛び越えていきます、相変わらず素の身体能力が凄いですね。
私が塀の天辺に辿り着いた頃には町中の戦闘が開始されていました。
こんにちはブロワリアです。
私は状況を確認して苦戦を強いられている噴水のある広場に飛び降りました。
大抵の通りはこの広場に繋がっているので流れてきた魔獣が広場に集まってきます。
私は手当たり次第に魔獣を蹴散らしていきました。
流れ込む魔獣の量に押されて周囲の冒険者たちが倒れていきます。
町の人が避難している領主館に繋がる道には低ランクの冒険者しかいません、何としても中型魔獣は町中までに仕留めなければならないのです。
そのため苦肉の策ではありますが、小型魔獣は無視して中型魔獣のみに的を絞りました。
向かって来た魔熊がその腕を振り抜きました、ひょいと後ろに下がってそれを躱しましたが躱せなかった何人かの冒険者がその一撃を食い赤く視界を染めました。
ギリッと音が鳴るほど力を貯めて魔熊の腕目掛けて長剣を振り抜きました。
肉を斬る不快な感触と魔熊の嘶き、同意に横から寒気を感じて視線を向けると新たに魔鹿が此方へ標的を定めて突進してきました。
間に合わない、避け切れない。
衝撃を覚悟した瞬間、魔鹿が二本の剣撃に吹き飛ばされました。
間髪入れずに私は身体強化魔法をかけて魔熊の胴体を真一文字に斬りつけました。
「大丈夫?」
「ちょっとキツイです」
「自分もキツイわぁ」
へにゃっと笑って声をかけてきたフィカスさんに口だけ泣き言を聞いてもらいながら長剣に付いた血を振り払います。
ひゅん
幾つもの風を斬る音が鳴り、上方から矢が魔獣に降り注ぎました。
同時に広範囲回復魔法が私たちにかけられます。
見上げれば塀の上に弓を使う冒険者たちと魔法を使う冒険者たちがぐるりと魔獣を囲んでいます。
カンカンカンカン
冒険者ギルドにある鐘が鳴り響きました。
海上から船が砲弾を農場地区に撃ち込んでいきます。
さらに冒険者たちの飛空艇が数隻海近くから飛び上がり農場地区に砲弾を撃ち込んで……ユッカ爺、私たちの飛空艇の火力おかしくないかな。
農場の魔獣一掃しちゃってるじゃないですか。
「町に!入り込んだ!魔獣だけ!ぶちのめしちゃって!くださーい!」
鐘を鳴らしたマリーさんが声を張り上げました。
なるほど、塀を破られたため冒険者は皆町中の戦闘に以降しています、農場には変わらず森から魔獣が出て来ますが上空と海からの攻撃で町中に入る魔獣が減りますから、まだ対処しやすくなります。
降りしきる矢と攻撃魔法を潜り抜けてきた魔獣を迎え撃ちます。
町に残っていた冒険者ギルドの職員さんが動けなくなった冒険者たちを隙を見ながら避難させていきます。
時折森の向こうから熱風が吹き込んで来ますが、それはまだ高位ランク冒険者たちがあの炎の魔人と戦っているからでしょう。
魔獣の血で滑る地面に見切りをつけてひょいと家の壁を利用して飛びながら魔獣を斬っていきます。
何時間経ったでしょうか、長剣を握る指に力が入らなくなりました。
仕方がないので長剣を握った手に布を巻きつけて剣を固定します。
確実に一体ずつ留めを差しながら長剣を夢中で振るいました。
それから更に数時間、少しずつ、少しずつですが魔獣の勢いが減っていっているように思われます。
海からの砲弾は弾切れをしたようで静かになりました。
飛空艇もまた徐々に勢いを無くしていきますが、魔獣も随分と数が減りました。
軈て最後までしぶとく暴れていた魔熊を倒して息をつきました。
ドォンと激しい揺れと気味の悪い咆哮が町を揺らしました。
一筋、鮮やかな色のついた狼煙が森から上がりました。
「勝った、の?」
「みたいやね」
「そっかぁ」
「お疲れさん」
「フィカスさんもお疲れさまです」
「あ、ほらプルメリアちゃんとパンジーが来よるで」
塀から飛び降りて魔獣の遺体を蹴飛ばしながらプルメリアが走って来ます。
白いプルメリアの服があちこち汚れてしまっています。
「ブロワリアー」
「ピィ!」
動けない私にプルメリアが飛びついて来ました。
「良かった!無事で!」
「うん、プルメリアもパンジーも」
ピィピィと鳴きながらパンジーが私たちの周りをくるくる飛んでいます。
その向こうからガウラくんとコリウスさんがやってきました。
「後始末が大変ねえ」
「解体だけでも凄いことになりそうだな」
「商業ギルドが張り切りそうやね」
既に素材の値踏みをするためにチラホラ視界に商業ギルドの職員が見えます。
「あ、ほら、凱旋よ」
コリウスさんに言われて町の入り口を見ました。
「あ……」
「うそ……」
記憶の姿が重なります。
十数年前のスタンピード、逸れて村を襲った魔獣を倒したあの冒険者の姿が。
一人でその魔獣を倒してしまった、私とプルメリアが憧れを抱いた。
目指した人の面影が重なります。
「ダリアさんだったんだ」
プルメリアがぽそりと言いました。
呆けた私たちにダリアさんが近寄ってきました。
「無事かい?怪我してないかい?」
心配しながら声をあげて私とプルメリアをジロジロ見るダリアさんは私たちが知っているダリアさんです。
「だ、だりあさぁん」
へしょっと泣きながらプルメリアがダリアさんに抱きつきました。
私も知らず涙が溢れます。
「疲れたろう?宿に戻ろうね、おやコリウスじゃないか」
「お久しぶり」
「久しぶりだね、あんた全然連絡くれないからさ」
コリウスさんが困ったように笑っています。
赤く夕焼けに染まった空を飛空艇が二つの太陽を背景に飛んでいました。
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