第56話 炎の魔人

 獄炎が間断なく押し寄せる魔獣の群れを一掃するのを茫然と見ていた。

 「これで少し時間は稼げるかしら」

 パンと手を打ったコリウスさんが私たちに近づいて来る、その込み上げる懐かしさに目頭が熱くなる。

 「コリウスさん」

 震える声で名前を呼ぶ私とブロワリアの頭をポンポンと撫でる手の暖かさに「えぐ……」と涙が溢れた。

 「わぁ、泣きすぎ」

 「ひどいですぅ」

 コリウスさんに呆れられながらも、その軽口に心が浮き足立つ。

 こんにちは、プルメリアです。

 港町プラムに押し寄せた正気を失っている魔獣たちとの交戦に駆けつけたコリウスさんに再会し私は震えが止まりません。

 「プルメリアは相変わらずねぇ」

 えぐえぐといつまでも涙を溢す私の手元を見て呆れたような声をコリウスさんがあげる。

 「まあ棍棒よりマシかな」

 「あれは杖ですよぅ」

 ケラケラと笑うコリウスさんにブロワリアとフィカスさんが駆け寄って来た。

 「コリウスさん!コリウスさん!うぅ」

 コリウスさんに抱きついたブロワリアが珍しく声をあげて泣き出しました。

 困ったように笑っていたコリウスさんがフィカスさんに目を止めた。

 いや、何だろうなんか目が笑ってない!怖っ。

 「初めまして、だね?」

 「そうですねぇ、お初にお目にかかります、ペディルム伯爵家の騎士で冒険者でもあるフィカス言います」

 軽く礼を取っているフィカスさんとそれを笑顔(仮)で見るコリウスさん、え、怖っ。

 思わず私は隣に来ていたガウラの袖を掴んだ。

 「聞いてるよう?君の活躍、有名人だよねえ」

 「そんなそんな、自分なんて全然」

 「グラジオラスも随分と買ってたみたいだしねぇ、で?君とブロワリアの関係は?」

 「お付き合いしてます」

 「はぇ?」

 ブロワリア、あなたのことですよ。

 惚けてないで止めなさい、私はこわい。

 「ふぅん?へぇ?」

 ジロジロとフィカスさんを観察したコリウスさんにフィカスさんの尻尾がゆらりゆらりと揺れて緊張が見える。

 くるっとブロワリアに向き直ったコリウスさんがにこりと笑いました。

 「大事にされてるならよかったよ、っても大事にしないような相手ならプルメリアが黙ってないだろうけど」

 「ですね」

 私も同意する。

 「さて、プルメリアは魔導書を使うようにしたのね、じゃあ前衛にブロワリアとフィカス、遠距離攻撃は私が請け負うわ、ガウラはプルメリアの護衛をしてちょうだい」

 サクサクと指示を出したコリウスさんが森の方を向いた。

 黒く焦げた地面の上に立ち上る煙がゆっくり晴れていく。

 目の前にゴブリンやオーク、魔猪や魔鹿などの魔獣が森の出口辺りからずらりと並んでいる。

 数にして……数えれそうにない。

 白や二百ではない、数千は居るだろうか。

 その中で異質なプレッシャーを放つソレを目にして私たちは息を呑んだ。

 森を突き出すように現れた巨大な炎の中に人の形が見える、が、人の大きさではない。

 「何、あれ」

 「魔人だね、あれはダリアたちが向かってるから大丈夫、私たちは私たちの役目をしっかり果たすよ!」

 マリーさんの言葉を思い出す。「迎撃にはプラムに滞在していた高位ランクの冒険者が当たります、他の冒険者たちに伝えられた指示は大軍からの防衛です」

 そうか、高位ランクの冒険者って元Sランクのダリアさん。

 ニコニコと笑っていつもさり気ない気遣いで冒険者になりたての私たちを暖かく迎えてくれていた宿屋の女将さん。

 彼女がすごい冒険者だったのは帝都に向かう船に乗った時に知った。

 そのダリアさんが憂いなくあの炎の魔人と戦えるように、私がしなきゃならないことは。

 グッとメイスを握った私はそれをマジックバッグに仕舞い魔導書を開いた。

 そのまま追従型の物理と魔法シールドを前衛の二人に展開する、風属性を付与して広範囲回復の準備に入った。

 私の周囲を警戒しながらガウラが短剣を構えた。

 視線の先でコリウスさんが杖を高くあげて炎が魔獣に向かい走る、その炎の両脇からブロワリアとフィカスさんが飛び出した。

 正直、焼け石に水。

 火力はこちらに分があるけれど、それを凌ぐ魔獣の量に徐々にだが押されていく。

 周囲の冒険者たちが深手を負い吹き飛ばされる中、私は範囲回復を唱えた。

 この広範囲回復魔法は魔導書と私のヒールを組み合わせた特別な魔法、本来ある白属性魔法の範囲回復魔法を私は使えなかった、魔力が足りないんだ。

 最初はショックだった、でも以前バオバブの塔で見つけた魔導書にあった多重魔法の魔法陣がそれを解決してくれた。

 要するに広範囲に複数の小回復魔法を発動するようにした。

 ただ、重ねる回数分魔力は減る。

 なのでこれを唱えて発動すると暫くは魔法を使えなくなる。

 幾つもの白い魔法陣が味方の冒険者の下に浮かび上がり小回復が行われる。

 倒れていた他の冒険者の何割かは立ち上がったようだ。

 魔力が尽きた私はマジックバッグから魔力を回復するマジックポーションという飲み薬を取り出して一気に飲み干した。

 幸いにもくっそ不味いマジックポーションの味もわからないくらいに疲れているため、鼻を摘めば一気飲みは出来る。

 「ぷはぁ」

 マジックポーションを飲み干した私は状況を確認する。

 前方のブロワリアとフィカスさんが比較的中型の魔獣を中心に狩ってくれている、先にかけたシールドも機能しているようでホッとする。

 コリウスさんも森に火をつけない方向で気をつけながらも得意の火属性魔法を撃ち込んでいる。

 他の冒険者は先の広範囲回復魔法で漸く立ち上がった者たちが倒れて戦えない仲間の冒険者を担いで町に退いて行く。

 正直、これだけの大群を相手にするのは冒険者に向いていない、元々少人数のパーティかソロで活動する冒険者には集団戦の経験も意識も低い。

 そのため、連携が取りにくく徐々にだが削られて後退していくことになる。

 今戦えている冒険者はDクラスの一部を除けば実力的にCBクラスといったところ。

 Bクラスは人数も少ないけど上手く立ち回ってくれている。

 私は目についた何人かの近接攻撃タイプの冒険者にシールドを展開して一次強化を図る。

 再び不味いマジックポーションをごくりと飲み干して、広範囲回復魔法の準備に入った。

 その時、不快な咆哮が空気を揺らした。

 森の奥、山の麓の辺りで炎の魔人が腕を狂ったように振り回している。

 どうやらダリアさんたち高位ランクの冒険者と炎の魔人との交戦が始まったようだ。

 魔人の振り回した腕から放たれた熱風がここまで届くと、森が山側から燃え広がって行くのが見えた。

 熱さと煙にパニックを起こした魔獣がなりふり構わず町に向けて雪崩だす。

 パキッという嫌な音が響いて、振り返った私の目に町を囲む壁が壊されたのが見えた。

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