第51話 対峙!アイスドラゴン

 黒灰色に紺の虹彩を放つ鱗に包まれたソレは裂けた真っ赤な口を大きく開き、漆黒の翼をはためかせ薄氷のような瞳をギョロと動かしそこに現れた。

 吐く息はダイヤモンドダストを孕みシュウと不気味な音を立てていた。

 「ブロワリア!飛べ!」

 フィカスさんの怒号に反射的に飛び退くと、私が立っていた地面が抉り取られていました。

 バシンと地面が揺れてその尾が地面を抉ったのだと認識したと同時に、アイスドラゴンが吹雪より冷たい息を吐き出しました。

 咄嗟にプルメリアが展開した魔法シールドが初撃を防いだのも束の間、バリンと派手な音を立ててシールドが割れ息吹が襲いかかってきました。

 「大丈夫か?」

 アイスドラゴンの尾を躱しながら声が届く距離までフィカスさんが走っくる、固まるわけにもいかずそれぞれ距離を取りながらアイスドラゴンと対峙しています。

 「退路を何とかしたいね」

 冷や汗を浮かべながらグラジオラスさんが呟きました。

 「逃してって言っても逃してくれへんやろなぁ」

 マジックバッグからもうひと振り剣を取り出したフィカスさんが構える、同時にグラジオラスさんとフィカスさんが飛び出した。

 「え?」

 一瞬動きについて行けずに驚いた私をユーコミスが思い切り引っ張ってプルメリアの方に向かわせた。

 「あの二人なら時間は稼げるだろうから、お前らは山小屋まで走ってくれ」

 「なっ!何言って!」

 プルメリアがユーコミスに掴み掛かるがユーコミスはプルメリアをとんっと突き飛ばした。

 「この人数じゃあ全滅するから!このままアレが町に降りたら……」

 ユーコミスが今にも泣きそうな顔で怒鳴ります。

 はたと何かに気付いたようにプルメリアが私を振り返ってからユーコミスを見ました。

 「助けの連絡だけなら直ぐに出来る!」

 私は即座に通信用魔導具を取り出してユッカ爺に現状を伝えると通信具の向こうからも緊迫した返事が返ってきました。

 「ギルドへ直ぐに連絡する!フィカス!聞こえてるな!一時間、なんとか持たせろ!」

 そのユッカ爺の返事がフィカスさんにも届いたようです。

 「無茶言うやん」

 「無茶でもなんでも持たせろ!」

 「まあ、持たせえ言うなら持たせますけどもっと」

 再び走り出したフィカスさんに合わせてグラジオラスさんが剣を振り下ろします。

 二人に合わせて飛び出そうと構えた背後に気配を感じて振り返れば、先に吹き飛ばされていたイエティの生き残りがバラバラと退路を塞いでいます。

 「っイエティ……っ」

 いち、にい、さん……目視出来る数は五体、ユーコミスにフィカスさんとグラジオラスさんの援護を任せて私はイエティに向かって走り出しました。

 襲いくる爪もブレスも背後のアイスドラゴンの比ではない、身体強化をしながら左右に振りイエティを蹴散らします。

 背後でアイスドラゴンの咆哮が聞こえ、私は振り返り即座にプルメリアを抱えて飛び退きました。

 アイスドラゴンが吐き出した息吹にイエティたちが一瞬で凍りつきます。

 戦況を確認するべくアイスドラゴンに向き直りました。

 二本の剣を携えたフィカスさんはいつもより明らかに動きが早く、アイスドラゴンに的を絞らせずに剣撃を当てていますが、固い皮膚には傷ひとつ付いていません。

 グラジオラスさんの剣も弾かれています、ふと隣のプルメリアから痛いほどの魔力の上昇を感じ取りました。

 「プルメリア盾お願い、ユーコミスは矢を射る準備して!」

 魔導書を片手に開いたページの文字を辿るプルメリアの詠唱が邪魔されないように、アイスドラゴンが動くたび削れて跳んでくる石を剣で弾きます。

 ユーコミスも矢を番キリキリと引き絞っています。

 一際強い魔力が辺りを包みユーコミスの矢尻にバチバチと白い光が走りました。

 「ユーコミス!撃って!」

 「任せとけ!」

 ユーコミスの射った矢が白い光の放物線を描いてアイスドラゴンの額に突き刺さりました。

 それまでとは比較にならない咆哮をアイスドラゴンが上げてぶわりと高く飛び上がります。

 開いた赤い口の中にキラキラと氷の結晶が集まり出しました。

 アイスドラゴンの口が私たちを捉えました、薄氷の瞳が魔力で揺らめいてます。

 バサバサと羽ばたく翼が起こす強風にフィカスさんとグラジオラスさんが吹き飛ばされて私たちと距離が開きました。

 全滅という言葉が脳裏を過ります、同時にフィカスさんを見ればこちらに向かい走り込んできています。

 あ、嫌だな。

 そんな顔してほしくないな。

 全てがスローモーションのようで、今にも泣き出しそうな苦しそうに顔を歪めたフィカスさんを見ました。

 プルメリアは先の詠唱で魔力がないのかシールドが発動出来なくなって、私はプルメリアの前に出ました。

 「ぴぃ」

 気の抜ける囀りの後、私たちの目の前にパンジーが飛び出しました。

 「パンジー!」

 「あぶない!」

 咄嗟に私とプルメリアはパンジーの小さな体を抱え込んで蹲りました。

 ……構えていた痛みも冷たさも来ません。

 顔をあげるとアイスドラゴンと目が合いました。

 「ぴっ」

 私たちの手を抜けたパンジーがアイスドラゴンの前に飛んでいきます。

 「え?」

 「ぱ、パンジー?」

 しばらくパンジーを見ていたアイスドラゴンがフンっと鼻を鳴らした気がしました。

 ばさりと翼をひとつ羽ばたかせアイスドラゴンが飛び上がると悠々とした動作でその場を離れていきます。

 パンジーがパタパタと降りて剥き出しの岩肌に留まりました。

 「これ、鱗か?」

 「鱗やね、しかも丁寧に人数分あるやん」

 剣を納めたフィカスさんとグラジオラスさんがパンジーの側まで歩くとそこにあった手のひらぐらいの鱗を五枚手にしました。

 「ピッ」

 パンジーは二人が鱗を持ったのを確認して私たちの方に戻ってきました。

 抱きしめようと伸ばした私たちの手を擦り抜けてぽすんっとプルメリアのフードの中に入りました。

 空からばらばらと音が聞こえます、見上げると私たちの飛空艇が見えました。

 

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