第48話 精霊の泉

 泉に向かいユーカリ町を出発して半日、森の中に目的の泉がありました。

 こんにちはプルメリアです。

 朝早くから出発して、魔獣に出会すこともなく拍子抜けするほどすんなりと泉に着いた私たちは一旦祈りを捧げたけれど加護はなく、ひとまず宿で用意してもらった昼食を食べた。

 そうしていよいよ泉に卵を浸すことにして、私は巾着から慎重に卵を取り出す。

 鉱石のような白磁から澄んだ紫のグラデーションの卵がいつもよりキラキラと輝いて見えた。

 木々に囲まれた清廉で澄み渡る空気の中、風が揺らす木々の音だけが広がっていく。

 慎重にブロワリアと二人で卵を泉の中に置くと、卵を中心に細波のような振動が泉の表面を揺らして卵がゆっくりと明るさを増していった。

 その光景を私もブロワリアもポカンと見ているだけ、白から紫にかかるグラデーションが徐々に薄くなり真っ白に光った後、ポンっと気の抜けるような音を立てて目の前にふわふわと白い綿毛が揺れていた。

 「た、卵?ちゃん?」

 「孵ったの?」

 ふわふわの白い綿毛はくるくると私とブロワリアの周りを回っている。

 やがて同じような丸い光が綿毛の周りに集まってきた。

 「仲間かな?」

 「そうみたいだね」

 くるくるくるくると踊るように廻る綿毛と光の球たちを少し下がってながめる、緑の濃い泉を背景に見える景色が神々しいほど美しい。

 ほぅと知らず息がブロワリアと私の口からため息となって漏れた。

 「すごいねぇ、自分こんなん初めて見たわ」

 「俺も」

 フィカスさんとユーコミスも呆気に取られたように立ち尽くしている。

 港町プラムで見つけた卵をようやくあるべき場所へ帰せた達成感に包まれているとフワフワと綿毛が私たちの方へとやってきた。

 「みんなのところに帰っていいんだよ」

 触れそうで触れない距離を保ちながら手のひらに乗りそうな綿毛を撫でるようにすれば綿毛がぽすんと煙を立てて空色の小鳥に変わった。

 「はえ?」

 ピッと鳴きながら私の頭に乗っかった小鳥に身動きが取れなくなる。

 「もしかして、一緒に行きたいんちゃう?」

 フィカスさんがそう言うと、まるで返事のようにピィと鳴く。

 「いやいやいや、せっかく仲間と会えたのに」

 私が頭から下ろそうと手を頭に伸ばすと小さな爪をギュッと立てて抵抗する。

 「痛たっ痛たっ」

 「ちょっプルメリア大丈夫?」

 私の頭にしがみついた小鳥に苦戦していると背後の茂みがガサリと音を立てた。

 咄嗟にフィカスさんとブロワリアが剣を構えて茂みに向き直るとひょこりとエルフ族の老婆が現れた。

 「連れて行っておあげなさいな」

 ニッと笑って老婆が私を見た。

 「泉の精霊だね、体現化した精霊を見たのは久しいよ」

 どこか遠くを見るように頭の上の小鳥を見るお婆さんにフィカスさんとブロワリアは剣をおさめた。

 どうやら精霊に詳しいようで私たちはお婆さんに精霊について話を聞くことにした。

 魔除けの水を作るために泉に水を汲みに来ていたらしいお婆さんは錬金術師らしい、ユーコミスの叔母であるルクリアさんと同じだね、と話していたらルクリアさんの先生だったようで。

 「ルクリアの甥かい、随分と……まあ……残ね……まあいい」

 「ええ……?」

 ユーコミスを何故か残念なものを見るような目で見て私とブロワリアに向き直ってお婆さんが話始めた。

 「本来体現化出来るような力もない下級精霊だけど、あんたたちと離れたくないんだろうね、他の精霊たちから力を分けてもらったんだろう」

 優しく笑ってピィピィと鳴く小鳥をお婆さんは見ている。

 「でも、いいのかな」

 「やっと仲間に会えたのに」

 「何が幸せかなんて人も精霊も変わらないよ、その子はあんたたちと一緒に居るのが幸せなんだろ」

 ピッとまるで肯定するかのように囀る小鳥に、私もブロワリアも肩の力を抜いてその場に座り込んだ。

 「もうお別れかなって」

 「笑って見送らなきゃって」

 思ってたのにさ。

 「名前とかあった方がいいよね」

 「ピィちゃん?」

 「流石に安直すぎじゃない?」

 うんうんと唸りながら考えているとブロワリアがぽんと手を叩いた。

 「パンジーは?」

 「あ、いいかも?」

 ピッ!

 良いらしい、ので泉の下級精霊パンジーは空色の小鳥として私たちと旅を続けることになった。

 お婆さんを町外れにある自宅まで送り届け、私たちは町まで帰ってきた。

 夕時にはまだ早い時間だったので冒険者ギルドに顔を出した。

 「あれ?プルメリアとブロワリアじゃないか?」

 「グラジオラスさん?」

 「え!うわっお久しぶりです!」

 懐かしい顔に私とブロワリアは声を上げてグラジオラスに駆け寄った。

 「見違えたな、随分冒険者らしくなったじゃないか」

 グラジオラスさんの大きな手が私とブロワリアの頭を撫でた。

 「ガウラは?」

 「とっくに独り立ちしたさ、君たちより少し時間はかかったけどな」

 そっか、と納得しながら昔話に花が咲きそうになったのをものすごく不機嫌な声が遮った。

 「ブロワリアちゃん、プルメリアちゃん、この方はどちらさんなんやろか?」

 ブロワリアの肩に手を置いたフィカスさんがにっこり笑って……いや笑ってないな?聞いてきたけれど何故か気温が低くなった気がするし、ブロワリアはきゅっとなってる。

 「君は?」

 「自分、二人の後ろ盾やってはるペディルム伯爵家から二人のお手伝いとしてずっと同行してる二人の仲間ですねん」

 「そうか、俺はグラジオラスだ、彼女たちの初心者指導時に一度パーティを組んだことがある」

 落ち着いて返すグラジオラスさんが、握手のために手を出したのを一瞥してフィカスさんがグイッとブロワリアを後ろに下げてからその手を取った。

 「グラジオラスさんはイベリスには何をしに?」

 「ああ、指名討伐依頼だ」

 流石グラジオラスさん、指名依頼とは!

 Bクラス冒険者であるグラジオラスさんは港町プラムで出会ったコリウスさんの旧知の友。

 私やブロワリアにとっても懐かしくもありコリウスさんとはまた別のある意味先生でもある。

 「流石に一人で挑める相手じゃないんでパーティを考えていてギルドに寄ってみたら、君たちが居た」

 「運命ですかね?」

 「巡り合わせだろうか」

 冗談めかして言えば、ふむと顎に手を当てて考えたふうに首を傾げる。

 「ああ、折角久しぶりに会えたんだ、夕食を一緒にどうだ?」

 「わぁ!行きたい!いいですよね、フィカスさん、ユーコミス」

 「あー俺は構わないけど」

 ブロワリアに聞かれたユーコミスがチラッとフィカスさんを盗み見た。

 「自分が決める立場やあらへんから」

 笑って……なさそうで細い目は笑って見えるフィカスさんが愛想なくそう言ったら、きょとんとしたブロワリアが首を傾げた。

 「え?一緒に決めましょう?」

 うん、賛成だけど多分フィカスさんの機嫌が悪いのは違う意味だと、思うんだけどなぁ。

 冷や汗を掻いている私の肩をグラジオラスさんとユーコミスがポンと叩いてわかってると言わんばかりに頷いたので、私は苦笑いをするしかなかった。

 「グラジオラスさん!私たくさん話したいことがあるんです!」

 あーあーすっごい良い笑顔だなーうわぁー。

 

 

 

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