第45話 たまには鎧を脱ぐ日もあるんです
昨日引っ張り出したシンプルなワンピースに袖を通して防寒用のローブを羽織ります、ワンピースが見えないけど見えたら見えたで少し気恥ずかしいのでこれで充分です。
鏡の前で何度もおかしくないか確認をして部屋を出てリビングに降りました。
おはようございます、ブロワリアです。
今日はフィカスさんと市場に行くことになっているので、朝食後に準備をしてリビングで待ち合わせです。
リビングに入ると先に準備を済ませていたフィカスさんがヒラヒラと手を振りました。
「おはようございます」
「おはようさん」
いつもよりラフな服装のフィカスさんがローブを羽織って玄関までエスコートをしてくれました。
「天気も良さそうやし、ゆっくり行こか」
「はい」
晴れやかな町に出て通りを進みます、色とりどりの煉瓦の家が建ち並ぶ通りは、人出が多く賑やかです。
市場のある通りまではそれほど距離もなくすぐに到着しました。
食料品を売る出店や雑貨、道具屋など見ているだけでも楽しい通りです、依頼の帰りに食料を買いに寄ったりはしていましたが、ゆっくり眺めることはなかったので、今日は一軒ずつ覗いてみたいと思います。
「保存食みたいなんが多いんやね」
フィカスさんが言うように燻した肉や魚、ドライフルーツなど保存に向いた食品が目に付きます。
「燻製肉とか新人兵の頃思い出すわ」
「辺境近くに居たんですよね?」
「そう、訓練で一カ月くらい山籠りとかね、そんな時に携帯してる食料に燻製肉があったんよ」
「そうなんですね」
辺境近くの騎士や兵士は人よりも魔獣を相手にすることが多いために訓練も帝都の騎士に比べて格段に苦しいという話はラナンさんから聞いていました。
昼が近いからでしょうか、徐々に人が増えて来ました。
トンとすれ違いざまに肩がぶつかります「すいません」と会釈しながらはぐれないようにフィカスさんを追いかけます。
「んー、人多いねぇ」
細い目をさらに細めてフィカスさんが足を止めて振り向きました、そのまま手を差し出してニコリと笑いました。
「はぐれんように、ね」
差し出された手に手を重ねて再び歩き出しました。
これって手を繋いでますよね?え、手を繋いでますけど?!
戸惑いはあるものの、人の多さに手を離したらすぐはぐれてしまいそうなので大人しく手を引かれていきます。
「あ、可愛いですね」
恥ずかしさで逸らした目の先に花を売る出店を見つけました。
「この辺りの花かな、小さくて可愛い花がいっぱい」
白い小さな花が数種類、切花と苗がありました。
「流石に苗は難しいなぁ」
「そうですね、枯らしても可哀想ですから」
切花を買うのも考えましたが、毎日帰れるかわからないためやっぱり諦めた方が良いでしょう、残念ですが今日は見て楽しむことにしましょう。
「初めて見る花も多いので見てるだけでも楽しいです」
花を見るうちに緊張が解けて自然に笑いながらフィカスさんに話しかけていました。
昼時なのと緊張が解けたせいでしょうか、お腹が空いてきました。
「お昼、そこでええ?」
フィカスさんが足を止めて指差す方を見ると小さな食堂があります、私はこくりと首を縦に振り同意を示しました。
カランとドアベルが鳴り店内の温かい空気がホッとします。
窓際の空いた席に座るためにローブを脱ぎました。
「あれ?今日えらい可愛いやん」
忘れていました、今日はいつもの鎧ではなくワンピースでした。
思い出すと恥ずかしくなりオロオロと目が泳ぎます。
「いつものもかっこええけど、そういうのもよう似合うやん」
「あ、ありがとう、ございます」
いつもの三割り増しでニコニコと笑うフィカスさんに小さく返事を返して椅子に座ると出された水を一気に飲み干して熱った顔を冷やします、冷えて!
正面に座るフィカスさんが微笑ましそうに私を見る視線に堪えきれずメニュー表を広げました、ましたがどれもよくわからない料理名が並んでいます。
「おすすめ、ある?」
注文を取りに来た店員さんにフィカスさんが聞き、暫く考えた店員さんが指差した煮込み料理を二つ注文しました。
「なんや久しぶりにのんびりしてる気がするわ」
「忙しそうですよね」
「ユッカ爺が欲しがってる素材がなぁ面倒なとこにあるんよ」
最近のフィカスさんがかかりきりのユッカ爺から頼まれている素材の話なんかを聞いているうちに料理が届きました。
キャベツで巻いたひき肉をトマト煮にしたものです。
スパイスを効かせた酸味のあるスープとよく煮込まれて甘くなったキャベツがすごく合います。
合わせて出たパンも表面は固くパリッとしていて中はふわふわのちょっと変わったパンですが、たっぷりのバターとほんのりとしたハーブが食欲を倍増させます。
すっかり食べ終えてコーヒーを飲んでから私たちはまた町に繰り出しました。
昼前より人出が増えている気がします。
また手を繋ぐのでしょうか。
「うわっ人すごいな」
「普段こんなに居ませんよね」
「あー陽が差さん一週間があるって言ってたやん?多分それの準備ちゃうかな」
確かに皆さん結構な買い物をしているようです、荷物をたくさん抱えて歩く人が多く目立ちます。
マジックバッグも皆が皆持てるものでもないため、ない人は抱えるしかありませんからね。
「ほら、危ないで」
人にぶつかりそうになったところでフィカスさんの手が肩に置かれて引かれました。
「ふぇ?」
「クッ……」
笑うなんて酷いです、ちょっと驚いただけです。
むぅと膨れた私を宥めながらフィカスさんが歩き出しました、肩に回った手はそのままです。
雑貨を眺めたり工芸品を見たりしながら歩いているうちに陽が傾き始めました。
この時期は昼がすごく短いのです、陽が翳れば気温も下がりグッと寒くなります。
夕食に使えそうな大きな魚の切身や野菜などを買い込み仮住まいの家に向かいます。
「近いうちに、自分とユーコミスで食料品の買い出ししとくわ」
「私もプルメリアに声をかけておきますね」
そんな話をしているとすぐに仮住まいの家に着きました、家の前で丁度帰って来たらしいユーコミスと鉢合わせました。
ユーコミスが口をポカンと開けて眉を寄せます。
「お前ら、そういう」
ユーコミスの表情で未だ肩に回されたフィカスさんの手に気づいて慌てて抜けようとした私をぐいとフィカスさんが自分の方に引き寄せました。
「え、ち、違っ」
「あかんよ?」
「わぁーかったって」
慌てる私を尻目に、フィカスさんがニコリと笑顔?をユーコミスに見せますし、ユーコミスは長い溜息を吐いてます。
「寒いし早く入ろうぜ」
先に折れたのはユーコミスでした。
さっさとドアを開けて先に家に入ると、フィカスさんは開いたドアに私をさらっと先に潜らせて最後に家に入りました。
リビングに向かう私をちょいと引き留めて何かを頭に付けました。
「今日のおみやげ」
立てた人差し指を口に当てて笑ったフィカスさんが先にリビングに向かいました、玄関ポーチにかけられてある鏡を覗くと私の紫の髪に小さな白い花を模した髪飾りが付いていました。
多分ですけど、あの人帝都で絶対モテましたよね。
私は髪飾りを見ながら少しだけ騒がしい胸のうちに首を傾げてリビングに向かいました。
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