第44話 白樺の森へ
エルフ国の空港町に仮根を下ろして一週間が経ちました。
簡単な討伐依頼をこなしながら当面の生活費を稼いだのでそろそろ動き出したいところです、こんにちはブロワリアです。
エルフ国、正確にはイベリス国って名前があるんですけど通称がエルフ国なために大抵それで通じてしまうんですよね、とはいえ国内で国名を使わないのは反目されてもおかしくはないので気をつけておきたいところです。
イベリスにはユーコミスのような色白金髪緑目のエルフ族とダークエルフ族と呼ばれる銀髪に褐色肌、金色の瞳を持つ方々、そしてハーフエルフ族と呼ばれているエルフやダークエルフの血を次いだ他種族との子孫たちが暮らしています。
因みに彼らやドワーフ族やノーム族は長寿で平均寿命が人族や獣人族の三倍はあるらしいです。
外交を開いたのは近年でそれまではドワーフ国との紛争もあり、かなり閉鎖的な国柄だと言われていましたが、国交を開いて蓋をあければむしろ好奇心の塊みたいな面を持っていたらしく、仮住まいの私たちにも近辺に住むエルフのみなさんは好意的に接してくれています。
穏やかな一週間を過ごし、今日はユーコミスが話していた白樺の森に住む錬金術師に会いに行きます。
白樺の森は読んで字の如く、白樺の木が一面に広がる白い森です。
森に入る前に近くにある泉に足を伸ばして祈りを捧げました。
受け取れた加護は私には珍しく地面を揺らす魔法「アースクエイク」でしたが、相変わらず体外への魔力の放出は上手くいかず、唱えた魔法もほんのわずか地面の上にある雪が微かに揺れた程度でした。
プルメリアは「マジックシールド」という魔法やブレスなどに強い盾をいただいたようです、前回ノームの里で得たシールドは物理攻撃に強いらしいのでそれぞれタイプの違う防御壁を得れたようです。
ただどちらのシールドも防御力は使用者の魔力や熟練度に左右されるらしく得たばかりの今はまだ実用性は低いとボヤいています。
私たちは眩しいくらいの白の中を足元に気をつけながら歩いていきます。
白樺の森は雪に埋もれて足元がよくわかりません。
見晴らしは良いので魔獣が居ればすぐに目視出来るのは良いのですが。
魔獣だけではなく、この辺りに住む普通の獣も実のところかなり強いのです。
厳しい環境と強い魔獣に対抗して生きているため、熊にしろトナカイにしろ侮れば一発で天界入り待ったなしですから、森の中も一切油断できません。
幸いポクポクと煙を吐く煙突が付いたこじんまりとした小屋が見えるまで戦闘にはならずに住みました。
ユーコミスが小屋の扉を軽く叩いて扉を開きました。
「ルクリア、いるか?」
「居るよ」
ツカツカと室内に入るユーコミスを追って小屋に入ると中は所狭しと見たこともない道具が犇めいています。
「紹介する、ルクリア叔母さん錬金術師だ」
「は、はじめまして」
私たちに背を向けて作業をしていた女性が振り返りました。
金の頭を一つに束ね深い緑の瞳が理知的な光を携えている美しい女性が私たちを目に留めて眉をピクリと動かして首を傾げます。
「ルクリアだ、君たちが手紙に書いてあったプルメリアとブロワリアだね」
「そう、今日は魔導書の話を聞きたくてきたんだ」
私たちに代わってユーコミスが答えました。
頭を掻きながらふうと息を吐いたルクリアさんが顎に手を当ててプルメリアを見ます。
「魔導書ねえ、持ってはいるんだろう?」
プルメリアがマジックバッグから数冊の古い本を取り出しました。
「まだ、解読しきれていなくて」
「そうだろうねぇ、少し待っていな」
ルクリアさんはそう言って奥の部屋に行きました。
私とプルメリアはソワソワしながら待ちます、すぐに戻ったルクリアさんが一冊の分厚い本をプルメリアに渡しました。
「かなり古い時代に作られた古代語の辞書だよ、これに書かれていない言葉は既に失われた言葉だと言われている」
ペラペラと辞書を捲りながらルクリアさんが話してくれるのをプルメリアは真剣な表情で聞いています。
私には古代語はサッパリわからないので隣で話を聞くプルメリアとルクリアさんを見ています。
「古代語と言われるこれらの言葉は一部の学者から精霊の言語ではないかとも言われていて」
難しい話で断片だけではやっぱり私にはわかりません。
しばらくして話が終わり、ルクリアさんから辞書を受け取ったプルメリアが礼を告げました。
「暗くなる前にお帰り」
「ありがとうございました」
重ねて礼を告げて私たちは小屋を後にしました、古代語に関して私はよくわからないのですが、錬金術には結構使われる言語らしくルクリアさんも古代語の研究をしていたらしいのです。
魔導書に書かれた言葉がわからないと封じられている魔法が使えないらしく、プルメリアは単独で入手した魔導書を解読していたのですが、このところ参考に出来る文献がなく解読が手詰まりだったとか。
「魔導書であれば攻撃魔法が使えるから」
そう言ってるけど、プルメリアは白属性魔法持ちなので後衛で守られていて欲しいんだけどなぁ。
ともあれプルメリアにとってはかなり嬉しいことだったのか浮き足立ちながら帰路を進んでいきます。
時折見かける雪狼を駆除しながら町に着くと私たちは市場で夕飯を買い込み仮住まいの家に戻りました。
活動がそれぞれ違うため、私たちとフィカスさんやユッカ爺が一緒に食卓につくことはありません、なので依頼をこなした日や今日のように遠出をした日は外で買ったものを夕飯にします。
料理をすることはあまりなく、せっかくのキッチンはもっぱらお茶やコーヒーをいれるために湯を沸かす以外の出番がないのです、勿体無いですね。
今日も食卓には私とプルメリアとユーコミスしか居ません。
「ユーコミス、ありがとうね」
「おう」
「これで解読が進められるよ」
プルメリアが嬉しそうに笑っています、ユーコミスも満足気にしていますね。
数日は簡単な依頼を受けてプルメリアは魔導書の解読を進めたいという話だったので私も異存はないし、たまにはゆっくりしてもいいかなと食後のお茶を飲みながら頷いていました。
プルメリアは食事を終えると早速魔導書の解読をしたいと部屋に戻りました、ユーコミスも今日は歩き疲れたからと部屋に引き上げました。
私は二人の飲んだお茶の片付けを請け負って、のんびりと自分のお茶を飲んでいます。
カタリと音がしてフィカスさんが帰って来ました。
「お帰りなさい」
「ただいまーって、なんかええねえこういうやり取り」
癒されるわと言いながら疲れた顔をしながらもにこやかに話すフィカスさんが挨拶もそこそこに浴室へ向かいました。
私は出てくる頃を見計らい冷たい水を用意します、サッパリとしたらしいフィカスさんがリビングに戻って来ました。
まだ湿気った尻尾が水分を含んでヘタっています、珍しいですね?普段はキッチリ乾かしてから出てくるのにかなり疲れているんでしょうか。
「上手くいってないんですか?」
「うーん、まあ」
眉尻を下げて笑っていますが上手くいってはいないのでしょう。
「時間はちょいかかりそうやけど、何とかはなるかなってところやね」
フィカスさんが手こずるなら私が口を出しても役には立たないでしょうねぇ。
「協力出来ることがあったら言ってくださいね」
「うん、ありがとうね」
差し出した水を一気に飲み干してフィカスさんが私の頭を撫でました、最近やけに頭を撫でられるのは何故でしょう。
悪い気はしないので構わないのですが、少し気恥ずかしいんですよね。
チラッと見上げてフィカスさんの様子を見ますが細い目と柔らかな表情はいつもと変わらなく見えます。
「今日は白樺の森に行ったんやろ?どうやった?」
「プルメリアが探してた物が見つかったみたいで、しばらく魔導書の解読に専念するって言ってたんで、当分はのんびりする予定ですよ」
ふーんと私の顔をジッと見ていたフィカスさんがまた私の頭を撫でました。
「ほな明日一緒に市場の方行ってみる?」
「ふ、二人でですか?」
「嫌?」
「い、嫌じゃ、ないですけど」
唐突なお誘い、決して嫌ではないし行ってみたいけど。
「フィカスさんは大丈夫なんですか?今やってるのとか」
「あんまり棍を詰めてもな、気分転換は必要やん?」
断る理由もないので、明日はフィカスさんと市場に行く約束をして私たちはそれぞれ部屋に戻りました。
部屋に帰る前にプルメリアに声をかけます。
「明日ね、フィカスさんが市場に行こうって誘ってくれたから行ってこようと思うんだ」
「いいじゃん、ブロワリアすぐ頑張りすぎるからゆっくり遊んでおいでよ」
「プルメリアもちゃんと休んでね」
はぁいと気のない返事を返したプルメリアに念を押して部屋に帰ると私はマジックバッグから久しぶりに旅装束ではないワンピースを取り出した。
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