第41話 雪とワイバーンと飛空艇

 ホロホロと白い綿のような小さな粒が空から舞い降りてワイバーンのいる渓谷の景色を白く塗り替えている。

 こんにちはプルメリアです。

 昨日の釣りから一夜明けて本日は人生初めての雪に見舞われている真っ最中。

 「これが、雪?」

 「冷たい」

 まだふわふわと柔らかな綿毛のような雪が降っているけどエルフ国に向かい空の色が重い灰色になっている、空を見ながらフィカスさんとユッカ爺は難しい顔をしてた。

 「かなり上を飛ばなきゃならんな」

 「ただこれだけ寒いと」

 「仕方ないだろ、燃料は食うが」

 「万が一ワイバーンが」

 話し合いは難航しているのかな、私やブロワリアや今回同行しているユーコミスは飛空艇に詳しくはないから二人の相談には加われない。

 初めて体験する寒さに震えながらフィカスさんとユッカ爺の相談に耳を傾けていた。

 「うーん、困ったな」

 「どうしたんですか?」

 ブロワリアが心配そうに二人に話しかけた。

 「ワイバーンがねぇこの雪でいつもより高く飛んでるんだわ、でそれより高く飛ぼうと思うんやけどね」

 外気温が極端に低くなるのとか何か色々あるらしい、とは言ってもずっとここには居れないので困ったという感じかな。

 渓谷を周り道したいところだけど、渓谷自体がかなり長くて周り道は現実的じゃないとのこと。

 北側は寒すぎるのもあり、南側には気流が難しく危険な場所なんだとか、一番ワイバーンが多い場所を迂回したとしても、色々問題があるらしくて。

 話を聞いても飛空艇に関しては難しいことが多すぎて私にはさっぱり。

 「速度をあげてワイバーンの居る渓谷を突き切るのが一番マシか」

 「ちょっと高めに飛んで躱しながら飛ばんとあかんから」

 ワイバーン、飛竜と呼ばれるトカゲのような体に大きな翼を持つ竜の一種で、知能がそこそこ高いのもあってなかなかに強敵の魔獣なんだ。

 体躯は大型の馬ほどながら、堅い皮膚に鋭い爪と牙。

 多くの冒険者がワイバーンに挑んで敗退しているんだよね、そんなワイバーンの住処なんだよ、一体でもかなりの強敵がわらわらとたくさんいる今は渓谷を避けるのが得策なんだけど。

 「よし、三人とも今日はちょっと揺れるかもやから気ぃつけてな」

 フィカスさんがそう言って飛空艇に乗り込んだ、続いてユッカ爺が飛空艇に乗り込むと私たちも天幕を片付けて飛空艇に乗り込む。

 会議室になっているソファに座るうちに飛空艇がゆっくり高く飛び上がる。

 外の景色を確認しようとしたところで外側から窓を閉じられてしまった。

 鎧戸だろうか、視界はなくなったので外の様子が全くわからない。

 「ガラス窓だと万が一があっちゃあダメだからな、渓谷を抜けるまで窮屈だろうが我慢してくれ」

 ユッカ爺にそう言われて私たちは緊張しながら頷いた。

 外の様子はわからないまでもかなり上下左右に揺れる飛空艇に、今ワイバーンの居る渓谷を通っているのかわかった。

 吹き飛ばされないようにソファにしがみつく。 

 うっかり口を開いたら舌を噛みそうなので話も出来ない。

 時折ワイバーンの鳴く声は聞こえているけれど衝撃などはないから戦闘になっているわけではなさそう。

 その状態が数時間続いて、不意に窓から日差しが入ってきた。

 飛空艇も揺れが止まり静かな時間が帰ってきた。

 カタンと音を鳴らして操縦室からフィカスさんが会議室に入ってくる。

 かなりヨレヨレだ。

 いつもの細い目が心なしか垂れ下がって見えるし、疲労感が半端なさそう。

 「疲れた」

 「お疲れさまです」

 ブロワリアがいち早く体勢を戻して全員にお茶をいれてくれた。

 「ユッカ爺には俺が届けよう」

 ユーコミスがカップのひとつを持って下に降りる階段に向かうのを「お願い」と手を振って見送った。

 「渓谷はなんとか抜けたんやけどな、こりゃエルフ国で春までおらんとあかんわ」

 「春まで、ですか?」

 「今回は運も良かったんやろ、次同じ事は出来んよ風向きも悪いし」

 疲れ切ったフィカスさんを見ていれば無理は言えない。

 私とブロワリアはエルフ国で暫く過ごす決意を固めた。

 「空港のある町にエルフ国内で一番大きい冒険者ギルドがあるんやて」

 と、いうことは活動拠点にするなら空港町かな。

 地図を出して確認してみる、開いた地図をブロワリアも覗き込んだ。

 「ここやね」

 フィカスさんが指差したのはエルフ国の北東に位置する場所、ここから南西に向かい広がるエルフ国だけど森がかなり多くて広い。

 「一番大きな森があるだろう、その中程に王都がある、精霊を孵すだけなら王都ではなくさらに南にある森、アカデミーがある街が良いはずだ」

 ユッカ爺にお茶を持って行っていたユーコミスが会議室に来るなり地図を指差した。

 「ユーカリという街だがかなり大きい、冒険者ギルドも空港町ほどじゃあないがそれなりのものがある、商業ギルドはこっちの方がデカいしな」

 ふむふむとユーコミスの話を聞く。

 「このユーカリから東にある湖だが、ここが精霊の力の一番強い場所になる」

 なるほど、目指すはここなら王都のある森は迂回していけるんだね、やっと役に立ったじゃないユーコミス。

 「ありがとう、それじゃあここを目指して」

 「行くのは春になってからだな、ここらでこの雪だ、向こうはなかり吹雪くぞ」

 ユーコミスの話を総合するとエルフ国は南側こそそこまでではないものの、かなり寒い地域らしい。

 吹雪と呼ばれる雪と風の強い時期は長旅をするにはかなり危険なのだとか。

 結局春までの三ヶ月間は空港町で過ごし、暖かくなってからユーカリに向かうことが決まった。

 ユッカ爺やフィカスさんも今回の渓谷抜けで傷んだ箇所の修繕を含み色々やりたいらしくて長逗留に賛成してくれた。

 窓を見れば外はすっかり白い景色で重い灰色の雲間を飛空艇は飛んでいる。

 そこから三日ほどの空の旅は安定していた。

 明日にはエルフ国に着くというところでパフィオさんに定期連絡だ。

 操縦室ではなく会議室に集まり小さな球に映るパフィオさんと今後の予定について話をしている。

 パフィオさんの膝にはいつも通りマーガレットが座っているけど、これを当たり前に受け止めていいものなんだろうか。

 「ワイバーンの様子はどうだった?」

 「普段を知らないのでなんとも、好戦的ではあまりなかったような気はします」

 「そうか、帝国の方では少しずつではあるが魔獣の被害が増えているらしい」

 「バオバブでも少し増えていると仲間から聞いている」

 ユーコミスが言った言葉に小さくフィカスさんが「仲間おったんか」と言ったけど聞こえないふりをしよう、ちょっと隣でユーコミスが涙目になってるし。

 「スタンピードの予兆と言い出してるがな、大聖堂の連中は」

 やれやれと眉間を揉むように摘んでパフィオさんがため息を吐くとマーガレットが小さな手でパフィオさんの頭を撫でて慰める、そんなマーガレットに蕩けるような笑みを返しているパフィオさん、私たちは何を見せられているんだろうか。

 一頻りパフィオさんとマーガレットのイチャイチャを見終えてエルフ国での逗留予定の報告、エルフ国のギルドでも魔獣についての動向をそれとなしに探ること、などを話し合って通信を終えた。

 「空港町でまずは長期滞在できる宿を探さなきゃだね」

 「三ヶ月なら宿より一軒借り上げても良さそうだけど、どうする?」

 「状況にもよるけど、このメンバーで行動するなら一軒借り上げを優先かな」

 着いてからの行動も決めて私たちは会議室を出た。

 長逗留になる今回は全員が初めから入国するようにするつもり、飛空艇はいつもの空港に停泊ではなく外装の修理もあるからドックに入れるらしい。

 空港町の特徴である入国前の停泊のための施設と入国した町の部分の境界がドックに入れれば両方を行き来出来るらしい、もちろん申請はしなきゃならないけど。

 私たちの場合冒険者として私とブロワリアが、乗組員の身元はペディルム伯爵家と私たちが保証することになる。

 尚、ユーコミスは当人も冒険者なので自分の冒険者証での入国になる。

 なら五人宿泊を三ヶ月するより借りた方が絶対に安上がりになる。

 ということで多少の家財も持っていくよ、備えあればというやつだね。

 私たちは明日に備えて入国準備をいそいそとやり始めた。

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