第32話 お久しぶりだね、さあ行こう!
「はぁぁぁぁ!」
「甘い!」
勢い込んで振り下ろした長剣が空を切り横腹に衝撃が当たる。
「ぐっ」
痛みに顔を顰めながら私はすぐに長剣を構え直すと「加速」を使いながら一直線に走り出す、長剣を振り上げる直前に「瞬発」で方向を変えて斬り込む角度を変える。
ドスっと長剣がツタさんに当たるとツタさんが両手を上げて笑いました。
「参った参った、よし休憩にしよう」
そう笑いながら親指で指した先に彼の妻であるカモミールさんが外に出してある木造りのテーブルセットにお茶を置いて手を振っていました。
こんにちはブロワリアです。
プルメリアと別行動をすることになってもうすぐ三か月になります。
ツタさんから剣術と身体強化魔法の使い方を習う毎日にようやく慣れた気がします。
初めてこそ薪割りやら薪運びに雑草抜き、さらには水汲みなんて雑用を毎日毎日させられて焦る気持ちでツタさんに詰め寄ったこともありました。
実のところ、身体強化魔法で一時的に能力を上げても体はその強化に付いていくのが難しいらしいんです。
元々身体の丈夫な獣人族でもいきなりの強化魔法に体がついていかずに実戦でいきなり使って大怪我を負ったり最悪儚くなったりすることもあるそうで、私のような普通の人族それも女性の場合にかかる負荷はとんでもないらしいのです、なのでまず体力を含む堪えれる体、その辺りを最初に鍛えられていたらしいのです。
そんな事とはつゆ知らず焦る私を宥めてくれていたのはカモミールさんでした。
最初の一か月はそうやって過ぎ、次の一か月は剣術の基本を、と言ってもここはペディルム邸に滞在中ラナンさんたち護衛隊の訓練に参加していたこともありツタさんの訓練にも充分対応出来ました、ただし厳しさはラナンさんの比ではなかったのですが。
最後の一か月は身体強化魔法を使い体と感覚を慣らせる事、複数の同時展開や連続発動など実践的なものでした。
使用後に脱力してしまう、なんてこともないようにとかなり厳しい訓練が待っていました。
三か月は長いと思っていたけれど、最近はまだまだ足りないぐらいだって実感してます。
テーブルを囲みカモミールさんお手製のベイクドチーズケーキを頬張っていると、ツタさんが真面目な顔をして私を見ました。
「俺から教えれることは教えれたと思う、この先はブロワリアが自分で旅をしながら強くなるだけだ」
「え?」
「呆けた顔をするんじゃない、卒業ってことだ」
「良かったわね、ブロワリアちゃん」
卒業?言われた意味を理解するのに時間がかかります、もうツタさんからは指導を受けれなくなるのでしょうか。
そこに思い至って不安な気持ちが顔に出ていたのでしょうツタさんが困ったように笑いました。
「今度からは対等な冒険者同士だが、ブロワリアの師匠は俺だからな、たまにはこっちに寄ってくれりゃあ打ち合いぐらいは相手になるさ」
大きな手が私の頭を撫でます。
「二、三日休養してしっかり旅に備えたらいいよ、そろそろプルメリアちゃん来るんでしょ?」
「はい、ありがとうございました」
私は溢れそうな涙を堪えて笑顔を作ると二人に何度も何度も礼を言って宿屋に戻りました。
部屋に戻り卵に話しかけます。
「私の特訓、終わったんだって。もうすぐプルメリアに会えるし楽しみだね、卵ちゃんもプルメリアに会いたいよね」
私は昇り始めた二つの月を見上げて長い息を吐きました。
あれからプルメリアの連絡はありません、定期連絡をフィカスさんに入れるとプルメリアが元気にしているとだけ教えてくれましたが。
詳しい状況はわからないけど、プルメリアならきっと宣言通り魔導書を手に入れていることでしょう。
私は瞼を閉じました。
翌日、晴れた村の中をブラブラと散策していました。
「ブロワリア!」
懐かしい声に私はキョロキョロと辺りを見回しました。
駆けてくる姿が視界に入りました。
その姿に私は地面を蹴って走ります。
「プルメリア!」
「ブロワリア!久しぶりだね!」
「プルメリア!久しぶり!」
お互い抱き合って再会を喜び合い、額を寄せて笑い合います。
「プルメリアちゃん、急に走ったら……はぁはぁ……」
息咳を切って追いかけてきたアスターさんを見て私は慌てて挨拶をします。
「お久しぶりです、プルメリアのことありがとうございました」
「いいよってブロワリアちゃんちょっと変わった?」
「あ、少し背が伸びました」
変化に気付かれて嬉しくなる私にプルメリアが頬を膨らませます。
「また伸びたの?私全然伸びないのに」
「プルメリアはそのままでも充分可愛いから」
「私、可愛いより強そうがいい」
「何処目指してるんよ」
クスクスと笑いながら話していると心地良さに涙が出てきました。
「良かった」
「ん?」
「来なかったらどうしようかと思ってた」
「そんなわけないでしょ、バカね」
大人びた笑みに薄く涙を溜めてプルメリアが私を見てます。
兎に角とアスターさんがプルメリアとアスターさんの宿を取ることを提案してくれたので、私たちは宿に向かいました。
部屋を取った後プルメリアの部屋に集まります。
「ブロワリア、成果を聞いていい?」
改まってプルメリアが問うのを強く頷いて返します。
「うん、身体強化魔法もう実践で使えるよ」
「そっか、私も目当ての魔導書を二冊なんとか手に入れれたから、アスターさんが居てくれたおかげだよ」
「照れるなあ」
そう言いながらマジックバッグから二冊の魔導書をプルメリアが取り出しました。
「まあどっちかというと解読の方が時間かかっちゃったけどね」
プルメリアが眉尻を下げて笑います。
「ともあれ、無事に合流出来て良かったわ」
「そうですね」
私たちはそのままお互いの三か月間について沢山話をしました。
あっという間に翌日となり私たちは一旦ギルドのある首都へと向かうことになりました。
ツタさんとカモミールさんに挨拶に行くと激励を受けました、二人に見送られてパイン村を出発、山を越えビスカスを経由して首都に着いたのは三日後でした。
「冒険者ギルドで腕試しに良さそうな依頼探そうよ」
「そうだね、お互いどれくらい変わったのかも知りたいしね」
「ずっと二人で行くならお互いの手数は知ってる方がいいね、うん、なら」
アスターさんが足を止めて私たちを見ます。
「おススメの洞窟に行ってみる?」
「洞窟ですか?」
「そう、目当ては魔猪かな、コイツの巣にある魔法石はギルドがいつでも買取ってくれる指定依頼だからね、このまま向かっていいと思うよ」
ウズウズしていた私たちに気づいていたのでしょうアスターさんの提案に私たちは頷いて洞窟に向かいました。
首都から馬車で二時間ほど行くと鬱蒼とした森に着きました。
「ここからは歩き」
アスターさんが先導して森を歩きます。
「前に一人で挑んで負けたのね、今回はリベンジも兼ねてるの」
「強いんですか?」
魔猪は帝国でもかなり端の方で山や森が深い所にしか居ないため私たちも詳しくは知りません。
「まあ、固いね」
固いのか。
「しかも直線ならすごく早い」
「直線なら?」
「猪だからね、魔猪って」
なるほど?
「ああ、見えた」
アスターさんが足を止めました。
岩肌にぽっかり空いた空洞が見えます。
「あれが魔猪の巣、ああいうのがこの森のあちこちにあるんだよね」
そう言ってアスターさんがジリジリと穴に近づきます、手で合図されて私たちも続いて歩きます。
「プルメリアちゃん」
アスターさんに声を掛けられてプルメリアが小さく「ライト」と照明魔法を唱えました。
フワフワと明かりが洞窟内に入り周辺の視界を作ります。
「大丈夫そうかな、行くよ」
「はい」
私たちは慎重に洞窟の中へと入って行きました。
どの程度歩いたでしょう、目の前に巨体を震わせる魔猪が現れました。
「でかい!」
「こんな穴ん中で出会っていい大きさじゃない!」
プルメリアは不平を溢しながらマジックバッグから魔導書を取り出して一枚紙を破りました。
「付与魔法発動!」
プルメリアの声に反応して紙が淡く光りだしました。
バリバリと光がプルメリアの持つメイスから立ち昇りました。
「加速」
ビュッと影を残すイメージで魔猪に私は斬りかかりました。
頭を激しく振って私をいなそうとする魔猪の片目を長剣が真横に引き裂きます。
「でぇぇぇい!」
プルメリアが魔猪の鼻先をメイスで殴りつけると魔猪が不快な咆哮をあげました。
瞬発で魔猪に標的を絞らせないようにしながら私は魔猪を少しずつ削っていきます。
上手く隙を突いたアスターさんの投げた短剣が魔猪の眉間に当たって落ちました。
「くっ、相変わらず固い!」
魔猪が体を動かす度に狭い洞窟の岩盤が崩れて行きます。
長引けば生き埋めになりかねない!
焦る私にプルメリアが付与魔法を使いました。
ぼわっと長剣に炎が乗ります。
それを見て私は地面を蹴りました、足が着く度に瞬発をかけ、加速しながら魔猪を左右に振り回し隙を作ります。
気を取られた一瞬を突いて飛び上がり私は力一杯魔猪の眉間に長剣を突き刺しました。
グラリと揺れた巨体が横倒しに倒れて沈黙しました。
プルメリアが間髪入れずに浄化します。
やがて纏う瘴気が沈静化しました。
「倒した?」
「うん」
私はプルメリアと顔を見合わせて笑いました。
アスターさんがさらに奥にあった魔法石を持って来ます。
「結構沢山出来てたよ」
「うわぁ、戻ったら三人で分けましょう」
私たちは魔猪をその場で解体し素材となる部分のみを取り出して残りを浄化で消し去りました。
「じゃあギルドに戻ろうか」
「うん」
足取りも軽くギルドに向かい魔法石を買い取ってもらって宿を探します。
程なくして見つけた宿に入り今後の予定を決めます。
「フィカスさんやユッカ爺も待ってるし私たちは明日首都から空港街に行くよ」
「次に行く国は決まってるの?」
「はい、エルフ国に行くので次はおそらくドワーフ国になるかと」
広げた地図を見ながら話します。
今いるバオバブの隣にドワーフ国があります、山しかないその国は鉱山から出る鉄や石の研磨から始まりたくさんの物を生み出しています、鍛冶大国とも揶揄される国です、このドワーフ国のさらに向こうにエルフ国があります。
「じゃあ明日は馬車用意しとくね、朝迎えに来るよ」
「でも、」
「遠慮しなくていいよ、僕が君らと一緒にする旅ももうすぐ終わりだからね、見送りはさせて欲しい」
アスターさんが笑顔を見せます。
長くお世話になったアスターさんに私たちは礼を言ったのですがまだ早いと一蹴されちゃいました。
翌日、宿近くまで来ていた馬車は御者をアスターさんが務め、私たちを乗せて空港街を目指しました。
和やかな旅を続け、空港街に着くとアスターさんは私たちを下ろし、笑いながら手を振りアッサリと馬車を首都に向けて走らせていきました。
「湿っぽいのは好きじゃないからね」
「また会おうね」
そんな言葉を残して去っていくアスターさんに心で何度も礼を告げます。
空港街の検閲を抜けてバオバブの空港エリアに入ると、フィカスさんとユッカ爺が迎えに来てくれていました。
「お帰り」
「ただいま!」
笑顔で迎えてくれた二人と合流して飛空艇に向かいます。
「ドワーフ国やろ?前までなら一か月はかかったやろうけど」
「一週間だな」
ユッカ爺がしれっと言いましたが、一か月を一週間で行けるんですか?何で?
「さあ、さあ、行きましょ」
聞きたいことはたくさんあるのに、私たちは二人に背中を押されながら飛空艇に向かって歩き出しました。
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