第30話 塔に向かうんです

 パイン村を出て山道を進みながら先導しているアスターさんが首を傾げました。

 「どうしました?」

 「んん?なんだろう、普段ならもう少し魔獣が出るんだけどなあ」

 「居ない感じですか?」

 「ソードディアがこの辺のボスだったのかな」

 確かに魔獣の気配はない、瘴気は変わらず感じるので普通の動物も居ないのだけど。

 「何も居ないと居ないで不気味な感じだね」

 「ですね」

 生き物の気配の感じない不気味さを抱えながら慎重に山を進む。

 結局山を越えるまで魔獣と出会すこともなくビスカスに着いた私はアスターさんに連れられて首都行きではない魔導列車に乗った。

 「空港街側に行くなら首都に寄るよりこれの方が近道だし、途中の町とかで露店も回れるだろうしね」

 この国の地理に詳しいアスターさんに同行してもらえたのはラッキーだったのかもと思う。

 ブロワリアにはツタさんやカモミールさんが居るし、パイン村から離れたりはしないだろう。

 私はあちこちに足を伸ばすつもりなのでアスターさんが着いてきてくれるのは助かるけど。

 「タヌキに連絡したら魔導書の情報調べるって言ってたから」

 「え?オーガスタさんにも言ったんですか?」

 「ブロワリアちゃんが強くなるのに僕と一緒に行くプルメリアちゃんが空振りだったら僕が格好悪くなるでしょ」

 くくっと笑うアスターさんに頭を掻いて礼を言った。

 「いいよ、僕もこれが仕事だからね」

 私はホッと息を吐きながら魔導書について考えていた。

 昔隣町の教会に旅の神父が来たことがあって、ちょうど町の方で回復の奉仕をさせられていた時、その場に居合わせた神父から魔導書の話を聞いた。

 「戦う力がなくてもその書物にある魔法陣に魔力を流せば使えるらしい」

 いつか君の力になるかもしれない、そう言って教えてくれたけど今思えばまるで便利な道具のように使われていた私が逃げる時の希望になるように教えてくれていたのかもしれない。

 まあ、魔導書に出会う機会なんてなかったけど。

 今回手にいれた魔導書は殆どが古代文字で書かれていた。

 読み解かなければ効果はわからない、しかも使うためにはページを破り取らなければいけない、消耗品だ。

 古代文字は時間をかけて読み解くとして、そもそも魔導書がないと使えないし、発動には相応の魔力が必要になる。

 魔導書があれば大技が使えるわけではなく、自分の魔力に見合った魔法以外は使う方がリスクになる。

 珍しいと言われている白属性の魔力を持つ私だけれど、ただそれだけで実のところ魔力量はさほど高くはない。

 要するにいくら魔導書があっても強力な魔法は使えない。

 けれど今よりはずっと戦闘時の幅が広がる、うん、無駄じゃないからいいんだ。

 私は落ち込みそうになる気持ちを切り替えて顔をあげた。

 「そうだ!ずっと不思議だったんですけどバオバブってどの村や町にも名物があるんですか?」

 私はアスターさんに聞いてみた。

 「大体あるかな」

 「もしかして、どこも肉だったりします?」

 「稀に果物もあるけど殆ど肉」

 肉、好きすぎないか?バオバブの人……。

 「ごく稀に野菜もあるにはあるけど少ないね」

 「なるほど」

 これは暫く肉三昧出来るかな。

 そうこう言ううちに少し大きな町に着いた。

 「今日は宿取って露店のあった町は明日朝から歩いて行こうね」

 「そうですね、ついでに保存食も買い足したいかな」

 「じゃあマーケットの方に行こうか」

 私たちは明日からに備えてマーケットに向かった。

 ついでに魔導書を売る露店について聞いて回ったけど案の定、空振りに終わった。

 そもそも魔導書を扱う店なんてものはないらしく、町のギルドで聞いてみたがそれらは万が一見つかれば殆どが魔法省や魔塔に行くらしい、一般には殆ど見かけないとのこと。

 翌日早くに出発したおかげで露店のあった町には昼過ぎに到着した。

 ただ、既に居なくなった後だったらしく露店は跡形も無くなっていた。

 「どうやら流れの商人だったみたい、どうする?」

 「うん」

 考え込む私にアスターさんが地図を開いて見せてくれた。

 「心当たりがあるって話覚えてるかな、ここに古い塔があるんだけどここで魔導書を見たって話があるの」

 ん?とアスターさんを見る。

 「魔導書は古い時代の魔術師が遺したものらしくて、今は再現も出来てないけど古い塔や古城なんかでたまに見つかるって話を昔組んだ魔塔出身の魔術師が話してたの」

 なんと!有用な情報に私は顔をあげた。

 「もちろん、魔獣は棲みついてるけどね」

 「行ってみたいです」

 「よし、じゃあこのかまいたちの塔に行ってみよう」

 アスターさんの情報で魔導書の手がかりを得た私は塔に向かうための準備に今日を費やした。

 翌日、出発前にアスターさんが馬車を借りてきていました。

 「歩くよりいいでしょ、しかも御者要らず」

 「おお!」

 魔導石を燃料にある程度の方向を定めれば自動的に走る馬車を前に私は感嘆の声をあげた。

 私とアスターさんは馬車に乗り込み町を出て塔を目指しす。

 野営をしながら馬車で一週間、立ち寄った村もあったが魔導書については何も収穫はないままに目的のかまいたちの塔に着いた。

 古い石造りの巨大な塔の周りは強い風が吹いている。

 この風がかまいたちの塔の名前の由来らしい。

 「じゃあ行こうか」

 「うん」

 アスターさんが先導しながら塔に踏み込む、埃に混じって瘴気の纏わりつく嫌な感触がある。

 同時に多少の腐敗臭があるのは塔が安全ではないからだろう。

 コツコツと抑えても鳴る足音が緊張感を高める。

 「そこ、踏まずにこっち」

 「あ、はい」

 アスターさんはレンジャーなので加護の力で罠がわかるらしい、すごい、欲しい!って言ったら笑われたけどね。

 冒険者には喉から手が出るほど欲しい加護だよ。

 どれだけ歩いたのか、塔の内側壁沿いにグルグルと螺旋を描き上に繋がる階段を上がっているとアスターさんが立ち止まった。

 「ここ、何かあるね」

 アスターさんが暫く壁を探っているとカチッと小さな音が響いた。

 「隠し扉……」

 音もなく石の壁が開いて奥に真っ暗な部屋が現れた。

 「ライト」

 私はライトを唱えて現れた光の球を部屋に投げ入れる、煌々と照らされた室内は書斎だろうか、壁にはみっしりと本が詰まった本棚があり重厚な執務机に黒かった名残があるソファがある。

 危険がないかアスターさんが加護の力でチェックしながら部屋に入り、罠がないことを確認して手招きをした。

 私は部屋に入った。

 本棚の本は全て古代文字で書かれていて、所々わかる言葉を抜粋したけれど、全く意味がわからなかった。

 ただ何かの研究をしていたのだろうことはわかる。

 執務机に積み上げられていた本の中から緑の装丁の魔導書を見つけた。

 「あった」

 「あ、これ貰ったらダメかな」

 アスターさんが何かを見つけたらしく顔を上げるとどうやら本棚にあった本のうちの一冊が仕掛け本だったらしい、内側がくり抜かれた本の中から一本の短剣を取り出した。

 「プルメリアちゃん、この本読める?」

 「えっと、毒?蝶?……しびれかな?毒蝶の何かを仕込んだ短剣みたい」

 「当たりひいたかな、プルメリアちゃんも見つけたなら一回降りよう」

 名残惜しいが長く居れば夜になる、これだけ瘴気のある場所で夜を迎えたくはない。

 私も同意して部屋を出る、自然に隠し扉が閉まった。

 私たちは下に降りていく、と、下からかちゃかちゃと固い何かが当たる音がした。

 もうすぐ一番下に着く、出口も近い。

 なら誰か入ってきたのか、とも考えたけれど今から夜になるのにわざわざそんな時間を選ぶバカは少ない、居なくはないだろうからね。

 「ライト」

 私は光の球を下に向けて投げた。

 「うわぁスケルトンだわ」

 うんざりという風な声をアスターさんがあげる。

 階下には骸骨が歪な動きで徘徊していた、捕食の欲求がないスケルトンには食べられることはないが、彼らは好戦的で目についた生き物に飛びかかってくる性質がある。

 しかも骸骨だけに痛みがないらしく、多少斬ったところで意味がない。

 完全に沈黙させるには浄化するか焼き尽くすしかないが、もちろん塔のような密閉した空間で火を使うわけにはいかない、逆にこちらが倒れてしまう。

 さらにアイツらはバラバラにでもなろうものなら、それぞれが独立して動き出す、中途半端にメイスで殴ればその分数を増やしかねない。

 今使える手段の中で唯一有効な手段は浄化しかない、幸い私は浄化が使える。

 「浄化で多少は何とかなるけど」

 「数出る前に抜けよう」

 「うん」

 アスターさんが素早く飛びかかりスケルトンの足を奪う。

 足首を失ったスケルトンが体勢を崩して倒れるがすぐに起き出しアスターさんに手を伸ばした。

 「ピューリファイ!」

 白い光がスケルトンを包み熱さのない炎が立ち昇った。

 その隙に私はアスターさんと合流して一目散に出口に向かう。

 「っく……ピューリファイっ」

 前を塞ぐように増えてくるスケルトンを何度も浄化しながら走る。

 アスターさんは際限なく湧き出しては前を塞ぐスケルトンを短剣で薙ぎ払いながら道を作る。

 「出口まで辿り着いたらなんとかなるから!」

 塔や洞窟の魔獣はそこから自力で出ることは出来ない。

 不思議な話だが何かの力が働くらしい、この辺りの研究もされているが不明だと言われている。

 要するに、塔さえ出ればスケルトンから逃げ切れる。

 「出口!」

 「後ろっ」

 背後をチラッと振り返るとスケルトンはいつの間にか増えてひしめくようにしながらこちらに向かってきていた。

 「出た!」

 バンっと足を踏み出し塔を飛び出した。

 背後でアスターさんが塔の扉を閉めた。

 「ふう」

 「助かった」

 長い息を吐いてその場に座り込む私をアスターさんが手を引いて立たせた。

 「馬車に乗って安全なとこまで移動するよ、まだまだ油断しない!」

 「うっす!」

 私たちは馬車に乗り込み、塔を背に近い町へ向かった。

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