第28話 ソードディアと三人の冒険者

 山に入ると空気が一変した。

 ねっとりと絡みつくような湿った重い空気が体に纏わりつく不快感。

 女神や精霊の加護が薄い辺りは瘴気が強く出てくると聞いたことがある。

 私はマジックバッグから鉄のメイスを取り出して辺りを警戒しながら一歩二歩と後ろに下がる、代わりにアスターさんが前に出てその後ろにブロワリアが付いた。

 細い道は所々草に覆われてまるで獣道のよう。

 「うん、この先に多分魔獣いるよ」

 足を止めることなくアスターさんが短剣を取り出し構えながらジリジリと先に進んでいく。

 木立の合間からその白い体躯が見えた。

 「ソードディアだ」

 通常の鹿であれば角が生える部分から枝のような角ではなく刃状の鋭利な角が二本生えている、体は白い短毛に覆われ体長は大人二人分といった巨体。

 そのソードディアが三体、木立の向こうに見える。

 見た目通り強い上にこの魔獣は縄張り意識が高く闘争心が強い。

 ただし、その素材は人気があるためかなり高値での買取がされる。

 角もさることながら毛皮もまた人気がある。

 というのを帝都の図書館で読んだ本に書いてあった。

 「一人一体、いけそう?」

 アスターさんが無茶を言い出した。

 「ブロワリアちゃんはいけるでしょ、プルメリアちゃんは……え、何故メイスに鉄球ぶら下げて……」

 チラッと振り返っていたはずのアスターさんが目を見開いているが気にしてる暇はないのだよ。

 私はしれっと武器を持ち替えて先日買った魔導書から一頁破って取り出すとそれに魔力を込めた。

 シュッと煙のように紙が消え去り鉄球にパリパリといかづちが付与された。

 「よし、いける」

 「プルメリアちゃんやる気すごいね」

 「私も、いけます!」

 ブロワリアが長剣を構えた。

 「じゃあ、任せた」

 アスターさんが言うなり小石をソードディアに投げつけて走り出す。

 右に走ったアスターさんをソードディアが追いかけていく、音を立てながらブロワリアが左に走るとそのうちの一体がブロワリアに向かって走る方向を変えた。

 私は真っ直ぐに飛び出した。

 走ってくるソードディアが頭を大きく振るのに合わせて私はメイスを遠心力に任せて振り抜く。

 「でぇぇぇい」

 ガッと鈍い音がしてぐらりとソードディアが態勢を崩した。

 間髪入れずに振り返した鉄球がソードディアの刃の一本に当たりバキンと折った。

 怒りに顔を歪ませてソードディアが体当たりをしてくるのを避けるが刃が腕を掠める。

 「っ痛」

 一瞬痛みに気を取られたのを突かれて巨体が横飛びにぶつかってきた。

 「きゃっ」

 どかっと鈍く重い痛みが体を突き抜ける、吹き飛ばされた体が後ろにあった木にぶつかった。

 「こんっの……!」

 手のひらをソードディアに向けて浄化をかけると目が眩んだのかソードディアの勢いが削がれた。

 その隙を突いて鉄球をソードディアの頭に振り落とした。

 ゴッという鈍い手ごたえの後、一拍置いてソードディアの頭部から血が吹き出す。

 「ーーー」

 聞き取れない悲鳴をあげてゆっくりとソードディアが倒れた。

 しばらく見ていたが流れる血がとまることもなく、巨体は動かない。

 私はもう一度浄化をかけるとその場に座り込んだ。

 「ふう、ブロワリアは大丈夫かな」

 心配になりキョロキョロとしているとすぐそばの茂みがガサリと音を立ててブロワリアが顔を出した。

 肩からソードディアの死体を担いでいる。

 「プルメリア、無事?」

 「うん、大丈夫」

 ドサリと置かれたプルメリアが倒したソードディアは乱戦の跡がまざまざと見て取れた。

 私は慌てて立ち上がるとブロワリアにヒールを重ねて何度もかけた。

 「プルメリア、プルメリア落ち着いて」

 「あっ、うん」

 所々に赤黒い血の跡を見つけて私の眉がぎゅっと寄ったのがわかる。

 「それよりプルメリアも結構怪我してるみたいだけどちゃんと回復した?」

 してませんでした。

 私は心配をかけまいと慌てて自分にもヒールをかける、ズキズキと痛んでいた背中も楽になった頃アスターが戻ってきた。

 「え?二人とももう終わらせて……もしかして僕が一番最後?」

 ドサリと置かれたソードディアの眉間に短剣が突き刺さっている、でもそれ以外はまるですぐにでも動き出しそうなほどに姿を保っていた。

 「アスターさん、強いんですね」

 ブロワリアの言葉にアスターさんは頭を掻いた。

 「弱いから一撃で終わらせる戦い方しか出来ないのだけどね」

 そんなわけがない、それにこれだけ姿を保っていられるならその素材の買取だってきっと法外になる。

 「冒険者としては理想的です」

 私がそう言うとブンブンと首を振った。

 「あ、怪我とかしていませんか?」

 「怪我はしてないから大丈夫」

 「良かった、でも念の為に一度回復かけますね」

 「ありがとう、助かるよ」

 からからと笑いながらヒールを受けたアスターさんは三体のソードディアを手早く解体して素材として売り物になる部分を取り分けてくれた。

 その間にひと息付いた私たちは素材をマジックバッグに入れてパイン村に向かい歩き出した。

 いやもうね、これだけ瘴気の強い場所で夜になんてなりたくないから必死だよ。

 無駄口を叩く間もなく私たちは山を降りて街道に出た。

 少し先に丸太を組んだ砦が見えた。

 「あれがパイン村」

 「すごい丈夫な外塀ですね」

 門番に冒険者証を見せて私たちはパイン村に足を踏み入れた。

 すぐに依頼を終わらせるため村長の元に向かう、アスターさんは別行動をして宿の手配に向かった。

 村長に荷物を無事に渡して私とブロワリアは冒険者ギルドの出張所に向かう。

 私たちの育った村もそうだけど、こういう小さな村にはギルドの出張所がある。

 冒険者登録などは出来ないけれど依頼をしたり終わらせた依頼の達成手続きが出来る。

 手続きが終われば依頼は完了するのだけど、報酬は出張所では受け取れないの。

 完了した依頼の情報は冒険者証に記録されてそれを街のギルドで精算してまとめて報酬を受け取れる。

 なので今回は村の出張所で完了の手続きだけ済ませて私たちはアスターさんと待ち合わせた村の入り口近くの大木前に戻った。

 既に宿を手配したらしいアスターさんが手を振りながら迎えてくれた。

 「まだちょっと時間あるけど、訪ねるのは明日にしたら?」

 「そうですね、もうすぐ夕方だし訪ねるには遅すぎる気がしますね」

 「じゃあパイン村の名物食べに行こ」

 なんだろう、バオバブの街や村って何かしら名物料理があるのかな。

 「パイン村の名物は羊の包み焼き!これが旨いんだよ」

 待ち合わせた場所からすぐの所にあった店にアスターさんが入る。

 よくある食堂だ、テーブル席に座ると早々にアスターさんが私たちに果実水を自分には黒い麦酒を、そして羊の包み焼きを頼んだ。

 少し時間がかかるようなのでアスターさんがバオバブについて話してくれた。

 「ここら辺から西は女神より精霊の加護が多くなるのね、だから帝国に比べると瘴気が抑えきれていない場所も多い」

 「だからさっきみたいなことが」

 「そう、あのクラスの魔獣が出ることは帝国でなら珍しいけどね、女神の加護が薄い分全体的に帝国より強い魔獣が出やすいの」

 女神とはいえ別に信仰がどうとかというわけではない、単なる分布図でしかないと聞いたことがある。

 魔力に関係する事象らしく水風火土の力が強い場所には精霊が降りやすく、それ以外には女神の加護が届きやすい。

 もちろんそのどちらの影響も受けない地域もある、らしい。

 村の本で読んだ程度の知識しかないから詳しくはわからないけど。

 「獣人族はむしろ自然に近いからね、精霊の加護が強い方が力を発揮しやすいの、あ!料理が来たみたいだよ」

 「お待たせしました」

 店員さんがテーブルに料理を並べる。

 そこで話は中断した。

 並べられた料理は大きな葉で包んだ蒸し焼きらしい。

 名物というだけあって、葉の中に詰められた羊肉はスパイスと葉の香りがほんのり香りとても美味だった。

 果実水もライムだろうか柑橘の爽やかな香りで口の中の脂を流してくれる。

 追加であれこれと頼んで私たちは食堂を出た。

 アスターさんに案内されて宿に向かう。

 明日に備えて今日は早く眠ろう。

 アスターさんの部屋が近いこともあって、今日は卵に話しかけれそうにない。

 「では、また明日」

 「おやすみなさい」

 「おやすみ」

 キャスケットを脱ぎくるりと胸に当て礼をするポーズを取ったアスターさんがニコニコと見送ってくれた。

 「さ、汗流しで寝ようか」

 「うん」

 明日はツタさんを訪ねる、明日が楽しみだわ。

 

 

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