第24話 空の旅を満喫してます

 眼下にある山の窪みに大きな湖を見ながら現在私たちは空を旅しています。

 おはようございます、プルメリアです。

 帝都を出発したのは三日前、パフィオさんから案内され着いた空港に型の古い飛空艇があった。

 アーモンド型の船体に上部には風向きを受け流す羽が数枚重なって付いている飛空艇を私とブロワリアは口を開けて見上げた。

 「父上が若い頃に趣味で買ったものらしい、ほとんど乗ることもなくユッカ爺がずっと手入れしていたと聞いた、このまま埃を被るくらいならと今回俺が飛空艇を買おうとしているのを聞きつけて譲ってくれたものだ、流石に何十年も前のものだからな、中身には多少の手を入れてある、乗り心地は悪くない筈だ」

 ニッと笑って私たちに鍵を握らせたパフィオさん、飛空艇内に魔導通信具があるから月に一度の定期連絡を約束して、私とブロワリア、ユッカ爺はエンジニアとして魔導技師としてフィカスが操縦のために飛空艇に乗り込んだ。

 地上ではパフィオさんとパフィオさんに抱き上げて貰って手を振るマーガレット、その横にカクタスと後ろにカトレアさん、ペディルム伯爵邸からは執事のキュラスさんに護衛隊長のラナンさん、メイド長のカルミアさんが手を振ってくれていた。

 私たちはまたいつか帝都に来ることを約束して飛空艇は帝都を飛び立った。

 飛空艇内はそれなりに広さがあり、ベッドを二つ入れた個室が二つ、空気中の水分から水を作る魔導石を嵌めた洗い場があり、火を使わない魔導石の熱で調理出来る簡易なキッチン、倉庫もある。

 備品は全て現在使用されているものに入れ替えたらしく、真新しい船内は見て回るだけでもため息が出るほど素晴らしい。

 外観からは想像が出来ないほど誂えられたものはどれも最新式のものばかり。

 操縦室は大きな人工魔導石を中心に前方が窓になって開けた空間になっている。

 この人工魔導石に微弱な魔力を流しながら操縦するらしい。

 操縦室の背面の壁に私とブロワリアの印である二本のカキツバタが彫られたプレートがガッチリ嵌め込まれていてその下にそれより小さめのプレートでペディルム伯爵家の家紋が彫られたプレートがかかっている。

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 浮力は機関室にある人工魔導石に貯めた魔力を使用するみたいだけど、詳しいことはわからない。

 操縦室に小さな魔導石が嵌った箱がくっ付いていてこれが通信具らしい。

 らしい尽くしだけど、私も聞きかじっただけだから仕方がない。

 部屋を男女で分けて使用することを決めて今は飛空艇を走らせている、一応時々休憩に地上に降りたり夜間はユッカ爺とフィカスが交代で操縦してくれているため帝都からは結構な距離を飛んだのではないかしら。

 とはいえ機関部は当時のものをベースにしたために飛空艇は最新式ほどの速度は出ない、それでも労せず海や山を越えれるため初日こそ遠目に見えていた帝都の聖杯のようなシルエットは翌日には見えなくなっていた。

 幾つか帝国の村を越えてもうすぐ国境というあたりで個室に通信が入った、これは魔道具ではなく各部屋にパイプで繋がっただけのもの。

 内緒話は出来ないけど空洞の先に設置してある蓋を開ければ声を届けることが出来る。

 「プルメリアちゃん?国境越える前に休憩入れてええ?」

 「いいよ、降りれそうな場所あるかな」

 「この先の山抜けたとこにちょっと大きい川があるんよ、そこなら広さもあるから降りれるよ」

 「オッケー!降りる準備しておくね」

 「おい、川があるんなら水の補給もしとけ」

 「了解」

 艇内通信の短い会話の後、飛空艇は山を越えて川沿いに沿うような小高い丘に着陸した。

 「この川向こうの山を二つ越えたら隣国、獣人族の国バオバブがあるんよ」

 フィカスが尻尾を振りながら降りてくる、先に降りていた私とブロワリアが山を見る。

 「歩いたら何日かかるかな」

 「ちょっと考えたくないね」

 飛空艇に感謝しながらマジックバッグから簡易の天幕を取り出して日除に設置する、その間にフィカスは川から水を汲み飛空艇の倉庫に運び入れていく。

 ユッカ爺は飛空艇に異常がないかチェックをしている。

 ブロワリアは周囲の低木の足元から枯木を集めて焚火の支度を始めた。

 それぞれに何かをやり出したのを見て私はふむと考えた。

 上空から見た感じかなり綺麗な川だった、私はマジックバッグから手に馴染んだ釣竿を取り出すとブロワリアを振り返った。

 「ちょっと新鮮なオカズ取りに行ってくる」

 「気をつけてね」

 「ブロワリアは火を頼んでいいかな」

 「うん、焚火作っとくね」

 ブロワリアに焚火の準備をお願いして私は勇んで川に向かう。

 透明度の高い川に魚の姿が群れを成して見える、私は羽虫を模した擬似餌をつけた竿を振り、泳ぐ魚の鼻先に落とす。

 間を置かずにパクリと擬似餌に魚が食いついた。

 「よっと」

 ヒョイと竿を上げて魚を釣り上げた。

 「綺麗な川だから泥臭さもなさそうね」

 用意していた木桶に魚を入れてまた釣糸を垂らした。

 「うっわ!めっちゃ釣ってるやん」

 暫く村から出て以来の釣りに興じているとフィカスが木桶を覗き込んで驚いたような声を上げた。

 「なんや面白い釣り方しよるなぁ」

 「ほう、擬似餌を使っているのか」

 フィカスの後ろからユッカ爺が竿をジッと見ている。

 「村ではこの釣り方がポピュラーだったんだよね」

 「餌の方がええのんとちゃうん?」

 「まあね、でもこれなら餌がなくても釣れるからねっと」

 話しながらまたヒョイと竿を上げて魚を釣り上げた。

 「うまいもんだな」

 感心したようにユッカ爺が言うので少し恥ずかしくなってきた。

 魚の数も充分獲れたため、私は竿を仕舞って木桶を持ち上げる。

 歩き出そうとした私の木桶を取り上げるようにフィカスが持ち上げ先に歩き出した。

 「下拵えは任せとき」

 ニッと笑ってフィカスが飛空艇に向かう「まかせた!」と魚をフィカスに託し、私はユッカ爺とブロワリアが用意してくれた焚火に向かった。

 「お帰り」

 「ただいま」

 焚火を囲むように各々座ってひと息つく間に魚の下拵えを済ませたフィカスが戻ってくると、切り出した枝に刺した魚を焚火の周りに並べて立たせる。

 やがて魚の焼ける良い匂いが立ち上がり空腹感が増してきた。

 「そろそろええんちゃうかな、ほい先ずは釣ったプルメリアちゃんからどうぞ」

 「ありがとう」

 遠慮なく受け取り「いただきます」と言うなりこんがりと焼けた魚に齧り付く。

 「ん!美味しい!すごい良い塩加減!」

 魚の旨みを上手く引き立てる塩とふわりと香草が薫った。

 「これ、香草?」

 次いで口にしたブロワリアも気付いたらしくフィカスに問いかける。

 「せや、そこんとこに丁度使えそうなん生えとってん、旨いやろ?」

 細い目を更に細めてフィカスが得意げに低木の繁る辺りを指差した。

 「すごい美味しい!」

 「こりゃ、酒が欲しくなるな」

 「ユッカ爺、そりゃ最高の褒め言葉やね」

 フィカスが機嫌良く魚を齧る。

 穏やかに過ぎる時間に私たちはのんびりと火を囲っていた。

 食後にブロワリアが煮出したスパイス入りのお茶を飲みながら気になっていたことをフィカスとユッカ爺に聞いてみた。

 「二人とも、私たちに着いてきてよかったの?」

 一瞬不思議そうな顔を向けたフィカスとユッカ爺が顔を見合わせて困ったふうに笑った。

 「自分、騎士やけど半分獣人やん?帝都やと表に出れん事も多いんよ、せやから魔導技師になったんや」

 「あ……」

 獣人の血を引いていても見た目に分かるか分からないかで表に出れなくなるのは貴族社会ではよくあるのだと帝都にいる時に聞いたことがあった。

 未だに獣人に対する潜在的な排他意識が貴族にはあって、私たち平民ほど獣人と人が馴染んではいないらしい。

 「せやからあのまま帝都に居るよりきっと楽しくなる思って、ラナン隊長から話があった時に一番最初に手をあげたんよ」

 どうやらフィカスは自ら志願したらしい。

 「ユッカ爺は?」

 「俺は最初からこの船のために雇われたからな、ペディルム伯爵がまだパフィオ坊と変わらんくらいの頃、当時ようやく貴族が個人で飛空艇を持てるようになって、格好をつけて買ったのがあの飛空艇だ、そのエンジニアとして俺は雇われたんだがなぁ」

 はあと大きなため息をユッカ爺が吐いた。

 「伯爵が乗ったのは飛空艇を買ったばかりの頃に一回だけだ、だがいつかまた飛ばしてやりたくてずっと手入れを続けてたんだ」

 「一回だけって」

 「伯爵もまたえらい無駄遣いしはるやん」

 「コイツがもう一度、今度は冒険者を乗せて世界を飛ぶってのに俺以外に任せてられんからな」

 どうだとばかりに胸を張るユッカ爺に私とブロワリアはホッと胸を撫で下ろした。

 「無理についていかなきゃならなくなったのかなってブロワリアと話してたの」

 「もしそうなら、何処かで一度帰さなきゃって思ってて」

 「なぁんや、そんなん気にせんでええよ」

 「俺もフィカスも来たくて来たんだ、嬢ちゃんたちが心配することではない」

 「そうそう、気にせんといて」

 二人の言葉に「ありがとう」と返してすっかり冷めてしまったお茶を飲み干した。

 「せや、バオバブ寄るやろ?自分もユッカ爺も冒険者ちゃうから空港からは出られへん、せやからこれ渡しとくわ」

 フィカスから手渡されたのはブローチ、中央の石は魔導石のようだ。

 「通信魔導具なんよ、飛空艇呼ぶ時に使うてな着陸せんのやったら迎えに行けるし、空港に戻ってもええし」

 なるほど、と私はブローチをケープの下に付けた。

 「今夜はここで一泊して明日バオバブ入りしましょ」

 「そうだね、今からじゃあ到着が夜になっちゃう」

 明日はいよいよ帝国を出るんだと二つの月が昇り始めた空を見上げる。

 帝都の方角に見える月の側に一等星が輝いていた。

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