第23話 閑話

 初めて見た時に王子さまかと思ったの。

 キラキラと陽に透けて煌めく緩い癖のある髪に海より澄んだ青い瞳と縁取る長い睫毛、形の良い細い眉が不機嫌に顰められていたけども。

 船に乗る順番を待つ長蛇の列に並ぶ私たちの横を悠々と歩いていく王子さまは、まだお父さんがいた頃に家族みんなでベッドに入りお母さんが読んでくれた本に載っていた王子さまソックリだったの。

 だから王子さまが落としたペンダントを拾った時はちょっと誇らしかったんだよ。

 王子さまを助けてあげれたんだって。

 「マーガレットは大きくなったら美人になるだろうな」

 膝に乗せたマーガレットにクッキーを渡しながらそう言うと、マーガレットは恥ずかしそうに笑いながらクッキーを頬張る。

 慌てて食べたからだろう口周りにクズが残っているのをチーフで拭ってやるのをテーブルを挟んだ向こうに座るカクタスがじとんとした目で見ていた。

 マーガレットとよく似た薄茶の髪が陽にキラキラと輝いている。

 濃い飴色の瞳は妹であるマーガレットと同じの筈だが、マーガレットがまず見せることのない諦めの色を見せている。

 「マーガレットはまだ八歳ですからね」

 最近カクタスは事あるごとに俺にそういうが、俺もそれくらいはわかっている。 

 自分にも妹が居たが、マーガレットとはまるで違う。

 澄ました顔は大人顔負けの淑女然としており、口を開けば裏しかないような含みのある物言いをしていた。

 金髪をくるくるとロール状に巻いていた妹と仲が良かったわけではないし、何より妹は浮島に行きたがっていた。

 母と妹を乗せた馬車が事故に遭ったと聞いたのは今居るペディルム伯爵邸だった。

 「カクタス、ヤキモチは見苦しいぞ?」

 兄のお株を奪っている自覚ぐらいはあったので揶揄い半分に返すとカクタスは首を振りながら大きなため息を吐いた。

 「僕はパフィオさまみたいにマーガレットを膝に乗せたりしませんよ」

 カクタスは十歳に似合わない顔付きで相変わらず俺を見ている。

 「失礼します、パフィオさま」

 和やかな四阿の空気を壊すように執事のキュラスが声をかけてきた。

 「弟君がいらっしゃいました」

 「は?」

 耳を疑う俺の目の前、キュラスの背後から俺と同じ金髪青い瞳の弟が顔を出した。

 「兄さん、久しぶりだね」

 ニコニコとしているが目が笑っていない。

 警戒する俺の変化を敏感に感じ取ったのであろうカクタスが心配そうに見上げている。

 俺の膝に座るマーガレットがきょとんと俺と弟を見比べていた。

 「えっと、そちらは?」

 「お前には関係ない、何の用だ」

 感情を出さずそう言ってからカクタスを手招きした。

 カクタスはうんと頷いて俺の側に駆け寄るとマーガレットを俺の膝から下ろした。

 「先に戻っていろ、すぐ行くから」

 聡いカクタスの頭を撫でてマーガレットと共に邸へ帰らせる。

 それをジッと見ていた弟がカクタスが座っていた椅子に腰掛けた。

 「随分甘やかしているんだね」

 「お前には関係のないことだ」

 「ふうん」

 気のない返事をする弟を睨むと弟は無言で肩を竦めた。

 「セロジネ、先触れもなくここに来た理由はなんだ」

 チラッとカクタスたちの背中を見た弟セロジネが鼻白んで俺に目を向ける。

 「下(こっち)に用があったんだよ、兄さんが冒険者に出資したって聞いてようやく伯爵家の人間らしい振る舞いをし始めたって浮かれてる父上を心配した母上が……」

 「なら見るだけ見ただろう、さっさと帰れ」

 話を遮られて不快そうに顔を歪めるセロジネを残して俺は立ち上がった。

 「俺がやっていることは以前と何も変わらない、さっさと上に帰れ」

 ぎりと顔を歪ませたセロジネがふうと長い息を吐くのを横目に見て俺は席を立ちカクタスたちを追った。

 「だ、大丈夫でしたか?」

 「パフィオさま、怒ってる?大丈夫?」

 本邸のエントランスで待っていたのかマーガレットとカクタスが心細そうな顔を向けた。

 「大丈夫だ」

 俺は努めて表情を緩ませると少し屈んで二人の頭を撫でた。

 そのままマーガレットを抱き上げて片手で支えるとマーガレットが頬を染めながら俺の眉間の辺りを小さな指で押し広げている、うっかり眉間に皺を寄せていたようだ。

 そんな気遣いを見せるマーガレットのふっくらと柔らかそうな頬に自分の頬を寄せると「きゃあ」とマーガレットが声をあげる。

 癒される……。

 そう思いながらカクタスを見れば先程までの心配した面持ちはどこへやら、ため息混じりのジト目である。

 その変化を楽しく感じて俺はフッと本心からの笑みが溢れた。

 「はぁ?」

 入ってきた扉の方向から声がしてマーガレットを抱き上げたまま振り返る。

 そこには不機嫌に顔を歪ませたセロジネが俺を否カクタスとマーガレットを睨んでいた。

 「なんなの?コイツら」

 「お前には関係ない、俺の大事な友人たちだ」

 「兄さんに友人?ふんっ」

 険悪な雰囲気に腕の中のマーガレットがギュウと抱きついてくる、同時に抱き上げている反対側の空いていた手をカクタスが握る。

 「さあ、二人は今から勉強だったな、俺も見てやるから行こうか」

 くるりとセロジネに背を向けて俺は階段を上がっていく。

 「セロジネ、用は済んだんだろう?さっさと帰れ」

 チラリと後ろに視線をやり俺はすぐに前を向いて階段を登り切ると二度と振り向く事なくエントランスを後にした。

 夜に初めてのプルメリアとブロワリアからの報告が来るということで今日の夕食は本邸でマーガレットやカクタスも共に食べることになっていた。

 食堂に入ると席についているセロジネが目に入った。

 同時に壁際にマーガレットとカクタスが立っている。

 俺は小さく舌打ちするとマーガレットとカクタスを席に座らせた。

 「なんで僕が平民と同じテーブルにつ」

 「気に入らなければ今すぐ帰れ、大体何故まだここに居るんだ、ああマーガレットそれはまだ食べにくいだろう、貸してみろ」

 セロジネを見ずにマーガレットの前に置かれた魚のソテーの乗った皿を引き寄せた。

 ナイフとフォークを使い骨を外してマーガレットの前に戻す、マーガレットは恥ずかしそうに頬を染めながら魚を口に運んだ。

 「ん!美味しい!」

 「そうか、良かったな」

 マーガレットの無邪気さにささくれ立つ心が癒される。

 「カクタスは随分カラトリーの扱いが上手くなったな」

 覚えたてのテーブルマナーをほぼ習得し器用にナイフとフォークを扱い魚を食べるカクタスにそう言えば、はにかんだような小さな笑みを浮かべ頬を赤く染めて「ありがとうございます」と呟く。

 「は?僕は兄さんに褒められたことなんかないんだけど?」

 というセロジネの小さなボヤキは聞こえないフリをする。

 そのうちデザートが運ばれてくると俺はマーガレットを呼び膝に乗せた。

 「うわぁ綺麗!」

 目の前に出されたケーキを歓声をあげて見ている。

 クリームが得意ではない俺のケーキはシンプルなチーズのケーキだ、対してマーガレットやカクタスにはふんだんにクリームを使ったカットフルーツが宝石のようなケーキ。

 俺は自分のケーキをフォークに刺してマーガレットに食べさせる、次いでマーガレットのフルーツのケーキを食べさせた。

 二つのケーキに目を白黒させて頬にいっぱいケーキを詰めるマーガレットにセロジネが声をかけた。

 「マーガレット、だったかな?」

 「うぐっ、んぐ、は、はい」

 慌てて返事をしようとしたマーガレットが喉にケーキを詰まらせかけて慌てて水を飲ませてから、胡散臭い笑みを浮かべたセロジネを俺が睨め付ける。

 「兄さん、そんな怖い顔しないでよ、ね、マーガレットは随分と兄さんと仲が良いんだね」

 「えへへ」

 マーガレットが俺と仲が良いと言われて嬉しそうに笑う、それが妙に嬉しく感じた。

 「でもずっと兄さんと居るわけにはいかないだろう?」

 「?」

 「いずれ兄さんも結婚を……」

 「セロジネ!やめないか!」

 「何故?」

 セロジネの瞳に暗い光が宿る。

 「兄さんもいずれは貴族の子女を娶ることになる、そうなればこんなことをしていられなくなるだろう?なら早めに現実を教えてあげた方がいいじゃないか、平民では貴族の……」

 「いい加減にしろ」

 得意げに話すセロジネの言葉を途中で遮り俺は低く唸った。

 「お前が伯爵家を継ぐ頃には俺は伯爵家の人間ではなくなるんだ、俺が誰といつ結婚するなどお前には一切関係がない」

 帝都行きの船に乗る前に父から受けた話は伯爵家を弟セロジネに辺境近い母方の地方の領主を俺にと昔から決まっていたのだという知らせだった。

 その為には近々母方の爵位を受け継ぐことになる。

 聞いたばかりの頃は納得がいかずに苛々と周りへ当たり散らしていたが、その曇った目を覚まさせてくれたのはあの日、小さなその体で誰よりも勇敢な行動を取ったマーガレットだ。

 恐怖に震えながら笑ってペンダントを差し出したマーガレットのおかげで俺は目が覚めたんだ、そのマーガレットを俺から遠ざけようなどとするなどと。

 「関係ないことはないだろう?僕はあなたの弟な……」

 「お前を弟だと思ったことはない」

 自分でも驚くほど温度のない声色に膝に乗せていたマーガレットがびくりと震えた。

 それを宥めながら俺はマーガレットに笑みを見せる。

 「マーガレットたちと居ると俺も楽しいしな」

 「私もパフィオさまと居るのは楽しいよ」

 うふふと笑うマーガレットを抱き上げて俺はカクタスを連れて執務室に向かう為食堂を出た。

 「パフィオさま、結婚するの?」

 「そうだなぁ、いつかはするかも知れないがするならマーガレットみたいに素直な甘い匂いがする娘がいいな」

 マーガレットの問いに笑みを浮かべながら答えるとマーガレットがきゃあと頬を染めた。

 「だから、マーガレットはまだ八歳なんですよ?」

 カクタスが呆れた声をあげている。

 しかし、本音でもあるのでカクタスのジト目を無視していると「八歳年上の義兄とか、ないわ」とカクタスが呟いた。

 ふと十年後を想像してみる、薄茶の髪が今よりずっと長くなり背が伸びてキラキラとした瞳に今より成長した自分が映る。

 悪くない、と思ってしまった。

 初めてのプルメリアやブロワリアとの通信に胸をときめかせているマーガレットを抱いたまま立ち止まった。

 「マーガレット、十年経ったら俺と結婚するか?」

 「パフィオさまのおよめさんになるの?うふふ」

 うんと小さく頷きながらさらに頬を染めるマーガレットが愛しくて俺はさらに破顔する。

 カクタスが諦めたように長いため息をついていた。

 背後から覗いていたセロジネが目を丸くしている、その全てが愉快に思えて俺は足早に執務室に向かって歩き出した。

 そして十年後、この日の約束を果たした俺の隣で真っ白なウェディングドレスを纏ったマーガレットがあどけなさを残した笑顔で微笑んでいた。

 それはまたずっと未来のお話。

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