第22話 書類がたくさんなんですよ、もうたくさんです

 キュラスさんが走り回ってくれたので翌日には冒険者ギルドから職員さんが書類やらなんやら持ってきてくれました。

 今日もペディルム伯爵邸のサロンからお送りします、ブロワリアです。

 昨日、ニゲラさんに聞いてパフィオさんから提案されたスポンサーの話が一日で随分進んでしまいました。

 「そうですね、ここ十年ほどでスポンサーを付ける冒険者が増えましたね」

 「珍しいことではないのですか?」

 「全員が全員というわけではありませんが、こうやって形式が出来る程度には普及しているシステムですね」

 職員さんの話を聞きながら、私とプルメリアはパフィオさんの提案を受けることに決めました。

 職員さんから聞いた話では詳細を取り決めてギルドに提出すれば、それに違反する行為があった場合お互いにちゃんとペナルティも発生するようになるらしいのです。

 ペディルム伯爵家ではなくパフィオさん自身が出資者になることで、帝国に縛られないことをパフィオさんから提案されたのも大きいのです。

 ただ、私もプルメリアもまだEランクの冒険者でしかなく、スポンサーをつけるような腕利きの冒険者というわけではないのが気掛かりです。

 「青田買いですかね、最近の流行りでもあるんですよ、将来的に有望な冒険者に早いうちからアクションしておく事で、その冒険者のランクが上がっても融通を利かせたり依頼がしやすくなったり出来るのでスポンサー側は多少のギャンブル感はあるものの、リスクさえ抑えておけば損はしないと」

 「へえ」

 プルメリアも流石に気後れしているのか何時になく真剣な顔をしています。

 「では、ここにサインをいただいてこちらの魔道具で登録しますね、はい、これでスポンサー契約が成されました」

 ギルドの職員さんは淡々と作業を進めて、私たちとパフィオさんの契約が成立しました。

 「プルメリア、ブロワリア改めてよろしく頼む」

 あまり良い出会いでもなかったパフィオさんと、ここまで関わることになるなんて縁って不思議だなあと思いながら差し出された手を握り握手を交わしました。

 「さて、と。飛空艇だが」

 「流石にいきなり飛空艇は高額過ぎて困るのだけど」

 恐縮してプルメリアが思いとどまらせようと口を開くがパフィオさんはあっけらかんとしています。

 「買って困るほど金がないわけじゃない、そこは気にするな」

 パフィオさんはそう言うけれど飛空艇は安いものではないし、昨日の話では操縦技師も用意するつもりのようですし、遠慮してしまうのは仕方がないんです。

 「何より君たちの実力は俺自身の目でしっかり見て知っているしな。ああそうだ、君たちが今いる離れをそのまま君たちが帝都にいる時の拠点として使用出来るようにしようかと思ってるんだが」

 「ええ?!」

 「流石にそこまではやりすぎですよ!」

 私たちは慌てて首を横に振りました。

 「君たちが居ない間、留守を預かるのにカトレアをこのままペディルム家で雇用することを考えているんだ」

 不意に顔を背けたパフィオさんの視線を追うと、サロンの窓からマーガレットとカクタスくんが本邸のメイドさんと遊んでいるのが見えました。

 言外に「わかるだろう?」と言われている気がします、パフィオさん念話とか使えませんよね?でもマーガレットたちが心配なんですね。

 「そんなわけだから、君たちは今まで通り旅をしてもらって構わない」

 ああ、と声に出さずに納得してしまいました。

 仲良しですからね、パフィオさんとマーガレット。

 一時的に雇用しているカトレアさんですが理由があればこのまま雇入れておけるし先々安心です。

 帝都に暫く居たからでしょうか、田舎の村でも厳しい母子の生活も帝都ではそれ以上に危険があり厳しさも桁違いで生きにくい、それがわかってしまう。

 抗う力の弱い女性が不遇な目に会うことは珍しくないんです。

 だからパフィオさんがマーガレットたちと知り合った以上、何とかしたいと思っているのも充分理解できます、パフィオさんは存外情に厚い方なのでしょう。

 私たちにも充分過ぎるほど良くしてくれていますし。

 「どっちにしろ君たちにも拠点と呼べる場所はあった方が良いだろう、帝都は拠点にするのには向いているはずだしな」

 確かにここは世界で最も大きな国、大きな都市ですから。

 私はプルメリアをチラッと見て頷きました。

 「さて、飛空艇も用意するのにしばらくかかりそうだ、今日は契約出来ただけ良しとしよう」

 パフィオさんがニコリと微笑みました。

 ギルドの職員さんは契約の完了を見届けてギルドに帰って行きます。

 パフィオさんもキュラスさんとお仕事のため執務室に向かいました。

 私とプルメリアは今日の予定を話し合います。

 「どうしようか」

 「西のエルフ国に行くなら図書館に何か書いている本がないか見に行かない?」

 「そうだね」

 私たちは図書館に向かうためペディルム邸を出発します。

 行政区域にある図書館は石造りの豪奢でかなり大きな建物です。

 とはいえ私たち平民が入れるのは入り口を入って直ぐのホールのみに限定されています。

 専門書などが読めるのは鍵のかかった奥のホールか厳重に管理された二階や地下の方、ただし入れるのは貴族階級のみ。

 一般開放されたホールの書棚をぐるりと見て、地理関連の書籍の置かれた棚に向かいます。

 手にした一冊は西への紀行文。

 「観光用かな」

 ペラペラと頁を捲るとどうやら西の土氏族の治めるドワーフ国の紀行文のようです。

 「こっちは……うわっ!レシピだ!すごい美味しそうだよ!」

 プルメリアが私が手にした本の隣にあった本を開き小声で話します。

 挿絵のふんだんに使われた本には完成した料理の模写が描かれていて、確かにとても美味しそうです。

 私たちは数冊、西の方角にある国々の関係する本を手に読書スペースに向かいました。

 読書に耽るうちにいつの間にか陽が傾き閉館の鐘が鳴っています、私たちは大した収穫もなく本を棚に戻して図書館を出ました。

 「エルフ国までってここから二つ国を越えて山脈を越えてまだまだ先になるんだね」

 「すごく遠いんだね」

 目的のエルフ国まではかなりの距離があることはわかりました。

 パフィオさんが飛空艇をと言ってくれなければ諦めていた距離です、歩いて行ったら着く頃にはお婆ちゃんになってそうです。

 のんびりプルメリアと話しながらペディルム邸に戻ると本館のエントランスに入った所でマーガレットが泣きながら抱きついてきました、何があったんでしょう。

 「お、お姉ちゃんたち、行っちゃうの?」

 ああ、エルフ国に行く話を聞いたんですね。

 「なんで?」

 なんでと聞かれてプルメリアも困ったように答えを探しながらマーガレットの頭を撫でています。

 「マーガレット、お姉ちゃんたちは冒険者なんだよ、わがまま言って困らせたらダメだ」

 泣き腫らしたような赤い目をしたカクタスくんがマーガレットの肩に手を置きますが、マーガレットは私たちに抱きついたまま首を横に振りました。

 「マーガレット、プルメリアやブロワリアに永遠に会えなくなるわけじゃない、そのために俺は彼女たちと契約……約束をしたからな」

 ぽすんとマーガレットの頭に手を乗せてパフィオさんが言いました、マーガレットはギュッと私たちの服を掴んで動きません。

 「俺と一緒に彼女たちが帰る場所で待とう?」

 「帰る場所?」

 「スポンサー契約をしたんだ、離れを彼女たちに拠点として提供した。だからいつか彼女たちがまたここに帰れるように俺と一緒に待つのは嫌か?」

 マーガレットがそうっと振り返りパフィオさんを見上げます。

 「一緒に?ずっと?」

 「そうだ、帰ってくれば一緒にお帰りをしてまたいってらっしゃいをするんだ」

 「うん、一緒に待つ……」

 マーガレットを宥めるパフィオさんが優しく笑いました、そんな顔出来たんですね?ビックリです。

 「パフィオさん、マーガレットはまだ八歳なので」

 「わかってるぞ?」

 はぁと大袈裟なため息を吐いているカクタスくんに不思議そうな顔をしたパフィオさんですが、本当にわかっているんでしょうか。

 ちょっと心配なんですが?

 さっきの台詞、一歩間違えたらプロポーズみたいでしたよ?

 「お姉ちゃんたちがいつでも帰って来れるように待ってるね」

 私たちの心配を他所にマーガレットが泣き笑いの表情で私たちを見上げました。

 「それはそうとしてプルメリアとブロワリア、紹介したい奴が居る。執務室まで来てもらっていいか?」

 パフィオさんに聞かれて頷きます。

 まだ涙目のマーガレットを抱き上げて連れて行こうとするパフィオさんからカクタスくんがマーガレットを奪い返して見送られながら私たちはパフィオさんの執務室に来ました。

 ほどなくしてラナンさんが二人の騎士を連れて入ってきました。

 ふわふわとした毛足の長い尾が揺れている騎士は獣人族でしょうか、もう一人は壮年の男性ですが骨格の太さの割に身長はプルメリアよりも低い方です。

 「飛空艇の操縦技師としてうちの護衛隊から選んだ」

 そう紹介を受けて青年が会釈をしました。

 「自分フィカス言いますねん」

 「は、はいプルメリアです」

 「ブロワリアです」

 糸のような目を弓なりに細め(?)フィカスが名乗りました。

 「キツネ獣人族と人族のハーフなんだ」

 「年頃のお嬢さんたちとの旅になる言うんで自分が推薦されましてん」

 年頃のというなら、比較的年齢が近そうな彼は良くないのでは?考えていたことがわかったのかフィカスさんがにぃっと笑いました。

 「自分、尻尾のない女の子は恋愛対象外なんですわ」

 尻尾のない……

 唖然とする私とプルメリアを面白そうにくつくつ笑ってパフィオさんが「だから安心していい」と言いますが、安心していいの?

 「まあ、帝都では獣人族と解る容姿で生きにくいというのもあるんだ」

 ラナンさんが補足してくれました、どうやら帝都では大昔からある種族に対する偏見が一部で強く残っているらしく、腕は達つが表立って活躍しずらかったらしいフィカスさんが、今回の操縦技師として選ばれた一番の理由らしいです。

 「自分、堅苦しいのは苦手なんで」

 やんわりと「さん」付けを断られました。

 「で、隣の爺さんだが」

 「誰が爺さんだ!」

 フンスフンスと鼻息を荒くした壮年の男性が私たちに向き直りました。

 慌てて会釈をします。

 「ユッカだ、飛空艇のメンテナンスを担当する」

 フンと鼻を鳴らしたユッカさんが名乗ります。

 「どこから聞きつけたのか父上から連絡が来てな、飛空艇とユッカを夕方に寄越したんだ」

 パフィオさんが不服そうな顔をしてます。

 「大事な息子が心配なんですよ」

 ユッカの言葉を鼻でパフィオさんが笑います。

 「跡取りでもないんだ、今まで放っておいて……」

 「そりゃあ違う」

 「違わないさ」

 何やら色々ありそうですが、さっき気になることを言いませんでしたか?

 「飛空艇を寄越した?」

 「ん?ああ、うちの飛空艇らしい。見た感じ最新のというわけではないが君たちが旅をするには充分だと思うぞ」

 いや、そうじゃなくて。

 「パフィオ坊ちゃんが自分から家のためにと決断されたのが嬉しかったんだと旦那さまによろしくと頼まれたからな、嬢ちゃんたちよろしく頼むわ」

 見た目に少し気難しく見えるユッカが人の良い笑みを向けました。

 私たちも慌てて「よろしくお願いします」と返します。

 「ほな、自分とユッカ爺は飛空艇のメンテナンスに戻りますさかいに失礼しますわ」

 フィカスがそう言って礼をしてから二人は執務室を出て行きました。

 「彼らは冒険者ではないので飛空艇を停める空港からは出れない、各地の旅については今まで通りだと思ってくれ」

 「は、はい」

 「それと、飛空艇に付ける君たちの証だが」

 証?

 プルメリアと顔を見合わせて首を傾げます。

 「冒険者には自分たちの持ち物や製作したものなどに付ける固有の印があります」

 キュラスさんが私たちの疑問に答えてくれました、そう言えばコリウスさんから貰ったアミュレットにもコリウスさんの印がありました!

 「君たちの証を飛空艇に入れなければならない」

 「私たちの」

 プルメリアと顔を合わせて少し相談しました。

 私はペンを借りて差し出された紙にサラサラと二本のカキツバタを模したマークを描きました。

 「カキツバタですか、良い花ですね」

 意味を知っていたのかキュラスさんが目を細めました。

 「幸運の訪れ、だったか?カキツバタの意」

 「そうです」

 二本のカキツバタ、二人村で研鑽を積んでいた頃に山の中にあった小さな池の周りでよく咲いていた花です。

 「よし、プルメリアとブロワリアは明日冒険者ギルドと商業ギルドにこれを登録してきてくれ、ラナンこれを持ってユッカの所へ」

 「御意に」

 テキパキと進めながらパフィオさんが指示を飛ばします。

 「登録が必要なんですか?」

 不思議に思って聞くとキュラスさんが答えてくれました。

 「登録しておくことで、世界中どこで見つかってもそれがお二方を示すものだとわかりますから」

 何十年打ち捨てられても、飛空艇の主が私たちだとわかる。

 とても大事な登録でした。

 「飛空艇の準備に二か月はかかる、それまでは帝都でゆっくりしてくれ」

 パフィオさんの好意に礼を言って私たちは執務室を出ます。

 離れへ向かう小径を行きながら見上げる空には満天の星と二つの月、そして頭上にある巨大な浮島。

 浮島から小さな光を纏う飛空艇がいくつか飛び立っていきます。

 帝都の二か月はあっという間に過ぎていきました。

 新しい旅に向け軍資金も欲しいので精力的に依頼をこなしながら、私はラナンさんの好意に甘えて騎士隊の訓練に混ぜてもらっていました。

 その間プルメリアは大聖堂で白属性魔法の強化に精をだしていました。

 そして帝都旅立ちの朝になりました。

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