第21話 スポンサーって何ですか
翌日、パフィオさんが繋いでくれた魔法生物研究の著者でもある研究者を今サロンで待っています、こんにちはプルメリアです。
三日前に取り付けた約束で今日ペディルム邸に出向いてくれるということで、サロンには私とブロワリア、パフィオさんとキュラスさん、万が一を想定して護衛のラナンさん、給仕のためにメイド長でもあるカルミアさんが居るんだけど。
「まあ、のんびり待とうじゃないか」
パフィオさんがカルミアさんのいれた紅茶の入ったティーカップを優雅に口に運んで言う、とはいえ約束の時間からは一時間も過ぎている。
「どうせその辺で寄り道でもしているんだろう、待たせた分しっかり話をしてもらおうじゃないか」
あ、これちょっと怒ってるわ。
ひくりとこめかみに青筋が立っているパフィオさんが紅茶のカップをテーブルに戻したタイミングで来客を告げにメイドさんが顔を出した。
「迎えに行って参りますね」
キュラスさんがサロンを出る、しばらくしてパッタパッタと軽快なリズムを踏む足音が聞こえてサロンの扉が開いた。
「あーパフィオくん!久しぶりだねぇすっかり大きくなってまあ立派な」
「うるさい、アンタは親戚のおばさんかよ」
「嫌だなぁ、せめておじさんと」
「そういう話じゃないんだよ」
いきなり漫才を始めました。
ビックリしながら入ってきた方を見る、頭から黒いフード付きのボロボロのローブを被りフードから覗く前髪はチリチリとうねりを持って湿気っていてその奥から赤い瞳がギョロと落ち着きなく周りを見ていた。
「おい!待て!まだ座るな!ニゲラ!お前この前いつ風呂に入った?」
空いているソファに座ろうとした男をパフィオさんが大声で止めた。
「んーいつかなぁ……五日?じょ、冗談だよ?怖い顔しないでよぅ、多分二ヶ月くらいま」
「ラナン、こいつを今すぐ風呂に叩き込んでこい」
「御意に」
「え?まっ……嫌ぁぁぁぁ連れ去られるぅぅぅぅぅ」
「うるさい!臭い!黙らんか!こら!暴れるな!」
「嫌ぁぁぁぁぁぁ」
男の叫び声が小さくなり呆気に取られていた私とブロワリアがパフィオさんを見る、パフィオさんはこめかみを抑えて久しぶりに眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。
カルミアさんが黙って窓を開けて換気をする。
「えっと?」
「あ、嵐のようでした、ね」
「あーすまない、ちゃんと身綺麗にしてくるように書いたんだがな」
どうやら普段からあんな感じらしい。
しばらくしてサッパリ現れてパジャマのような服に着替えさせられた研究者が戻ってきた。
「はぁ、大変な目に遭いましたよ」
「ため息を吐きたいのはこっちだ。改めて紹介する、こんなナリでもアカデミーきっての魔法生物研究者のニゲラだ」
「どうもー」
軽い、何だろう、すごくすごく軽い。
パフィオさんは相変わらずこめかみを抑えている、私はソファから立ち上がり気休めでもと回復魔法をパフィオさんにかけた。
「すまない」
「いえ、気休めにでもなれば」
「ところでぇ、何やら面白そうなものがあるって聞いたんですけどぉ」
私たちの紹介はいらないらしい。
とてもマイペースな方のようだ。
「私はEクラス冒険者のプルメリア、こっちが同じくEクラス冒険者のブロワリア」
「ブロワリアです」
ニゲラの話を遮り私は強引に自己紹介をした、ニゲラはへらへらと笑いながら聞いてる?ちゃんと?
「どっちもリアちゃんねぇ」
「なんでそこを取った?」
パフィオさんが盛大にため息をついた、私たちも何故だかドッと疲れた気がする。
「で、面白そうなものって?」
ヘラヘラは変わらず私たちに問うニゲラに、私は腰ベルトにぶら下げた巾着から卵を取り出した。
途端にニゲラの顔付きが変わる。
「ほう、これはまた……触っても?」
聞かれて頷くとニゲラは卵を持ち下から上から観察をする。
「ほうほう、ふむ、うんうん、なるほど」
一人何やらぶつぶつと言いながら卵を撫で回したりつついたりしているのを私とブロワリアは固唾を飲んで見守っている。
しばらく観察をしたニゲラがふと私の方を見た。
「卵です」
「それはわかっている」
パフィオさんがニゲラに突っ込むように相変わらずこめかみを抑えながら言う。
「微弱ですが、魔力を帯びてますねぇ」
「魔力、ですか?」
「恐らくですがぁ」
「勿体つけるな、わかっているなら早く言え」
「パフィオくんはせっかちさんですねぇ……そんなんだとモテませんよ?」
「お!ま!え!に!言われたくはないな!」
「そりゃあそうでしょう」
くつくつと笑うニゲラに段々私も苛々としてくる、間伸びした話し方もだけれどこの無意味なやりとりはわざとなんだろうか。
「皆さん随分いらいらしてらっしゃいますねぇ」
アンタのせいでしょ!と心の中で悪態をついて深呼吸をする。
隣に座るブロワリアも深呼吸した所をみると、私同様ニゲラに対して苛立ちを覚えているようだ。
「恐らく、精霊の卵でしょうねぇ」
ニゲラが卵を私に渡しながらヘラリと笑った。
「昔、西の方に探索に出た時にエルフ国で見た精霊の卵と酷似してますからぁ」
西のエルフ国……。
「精霊が自由に棲まう国ですよぅ、もし卵を孵すつもりならエルフ国に行くのが一番じゃないですかねぇ、遠いですけどぉ」
相変わらずのヘラヘラ顔でニゲラがそう言うと、私の手首に着けているアミュレットに視線を移した。
「あれ?これ、コリウスの……ふぅん?君たちコリウスの関係者?」
ニゲラが小首を傾げて私たちに問う。
「コリウスさんを知ってるんですか!」
ブロワリアが前のめりになったが、私も気になる。
帝都に着いてギルドに行った日、ギルドでコリウスさんについて尋ねると既に飛空艇に乗り旅立った後だった。
行き違いに残念な思いを抱えていた私たちが食い付くのは仕方ないだろう。
「そりゃあ、僕ぅコリウスのスポンサーの一人だからねぇ」
うふふと薄気味悪い笑みを浮かべたニゲラがカルミアさんの出したお茶を飲む。
「スポンサー?」
パフィオさんが不思議そうな顔をしてニゲラに聞いた。
「そう、スポンサー」
お茶を飲み干してニゲラが続けた。
「冒険者のぉ金銭的な支援をするんですよぅ、代わりにこちらが欲しいものをいただく、言い換えれば出資者というところですねぇ、僕の場合はぁコリウスが旅先で見つけた魔法生物に類するものの情報ぅ」
ウフウフと笑いながら話すニゲラにパフィオさんが考え込むように膝の上で人差し指をトントンと叩いている。
「パフィオくんはぁ彼女たちのスポンサーじゃないんですかぁ?」
「いや、違う」
「そう」
考え込むパフィオさんに声をかけたのはキュラスさんだった。
「パフィオさま、冒険者のスポンサーは貴族であればステータスとしても、また実務的にも良しとされています」
「実務……?ああ、なるほど、情報か」
パフィオさんが何やら仕事モードの顔をしてます。
「有力な冒険者のスポンサーになるのはお得なんですよぅ」
「だろうな、キュラス手続きにかかる書類を取り寄せてくれ」
「畏まりました」
パフィオさんに指示されたキュラスさんが足速にサロンから退出する。
「西のエルフ国かぁ」
私はそれを他人事としてブロワリアに行くかどうかと目で質問する。
「孵すにしろ帰すにしろ、行ったほうがいいよね」
「わかんない、けど気になるし」
相談している私たちにニゲラがヘラヘラと笑いながら話しかけてきた。
「西のエルフ国に行くつもりですぅ?難しいかも知れませんよぅ?」
「な、何故です?」
うん、とニゲラは頷いて眉尻を下げた。
「すごく、遠いんですよぅ、飛空艇を何度も乗り継がなきゃいけない、すっごく!お金がかかるんですぅ」
最後は肩を竦めて話す、そうか海から船と陸路で行くのは難しいのか。
確かに遠いだけではなく、登山するには険しすぎる山脈やかなり強い魔獣の生息地なんかもある。
加えて国境を越える飛空艇は料金が桁違いに高い。
正直なところ今持っている二人の全財産でも隣国までの私一人分にすら料金が届かない。
「だからぁスポンサーをね、持つんですよぅ」
ニゲラがまたヘラリと笑った。
「西のエルフ国に行くなら君たちのスポンサーに僕がなりたい所なんですがぁ、残念なことに半月くらい前にコリウスが来てですねぇ、僕の有金全部持って行かれてしまいましてぇ」
えへへと笑ってるが笑いごとじゃないし、コリウスさんは何やってるんですか!
「東に行くらしくてぇ、あっちは僕たちのような善良な帝国民にはしばらく行けそうにないですからぁ」
きな臭いですからね仕方ないけど、ご飯代くらいは置いといて欲しかったですねぇとまた笑っているが、本当にコリウスさんは何をしてるんですか!
「その君たちのスポンサーは俺では役不足か?」
「へ?」
パフィオさんが話に割って入ってきた。
「既に離れを提供しているんだ、君たちのスポンサーとして改めて俺と契約しよう」
ビックリです!
いきなりそうは言われてもとブロワリアと顔を合わせる。
「こちらの条件は簡単だ、定期的に行った国での情勢が知りたい。俺の預かる領地が辺境近いのは聞いただろうか、魔獣の襲撃も多い土地柄、農作物があまり育てられないんだ。代わりに輸出入でやりくりしている、だからこそ近隣含めた国や国同士の情勢に関する情報はすごく欲しい」
パフィオさんがいつに無く真剣な眼差しを向ける、深い青の瞳が私たちを真っ直ぐに見ている。
「で、でも私たちが知れる情勢なんて知れていますよ?」
ブロワリアの言葉にうんうんと頷く。
「それで構わない、帝国から動けない俺からすれば僅かななこと些細なこと全てが貴重な情報になる」
「すごくありがたい申し出なんだけどブロワリアと少し話し合ってもいいかな」
「構わない、ゆっくり話し合ってくれ。出来れば前向きに」
「優秀な冒険者との契約はぁ貴族のステータスなんですってぇ」
ウフウフと変わらず笑っているニゲラに視線が集まる。
「ちゃんと使えなきゃ意味がないんですけどねぇ、それはそうとペディルム家をスポンサーに出来れば飛空艇も手に入るんじゃないですかぁ?」
え?っとパフィオさんを見ると、パフィオさんが口角を上げていた。
「勿論だ、そう大きいものは用意出来ないが、操縦する技士付きで提供しよう」
「となるとバイヤーの手配が必要になりますね」
「そうだな、ラナンは操縦技師の候補を出してくれ、うちの騎士たちに何人か良い技師が居ただろう」
「御意に」
「飛空艇の規模はどれくらいがいいだろうか」
「それならですねぇ」
バタバタと慌ただしくなってきた。
まだ契約すらしていないのに話がどんどん進んでいる。
えーっと状況に戸惑っている私とブロワリアを置いてパフィオさんとニゲラは飛空艇に必要なものを話し合っている、ラナンさんは騎士たちの待機所に向かい、キュラスさんはメモを手に連絡をするためだろうか、サロンを出た。
いやまだ契約してないんだって、みんな落ち着いて……。
唖然とする私を諦め顔のブロワリアが肩を叩いて慰めてくれた。
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