第18話 歳の差十歳はありなんでしょうか

 「君たち、芝居には興味ないのか?」

 夕食後のサロンにて唐突に切り出したパフィオさんを私たちが振り返りました。

 こんばんは、ブロワリアです。

 帝都に着いてから一週間、私は冒険者ギルドの剣術指南に通いプルメリアは大聖堂で神官さんに白属性魔法について聞きに行ってたりしています。

 一度図書館には行きましたが、卵については結局何もわからずじまいでした。

 というか平民に解放されているエリア内にある本には専門書などなく、なんならペディルム伯爵邸の書庫の方が充実した蔵書だったりしました。

 結果、卵については未だによくわかりません。

 帝都の商業ギルドに鑑定を持ち込むことも考えましたが、もし欲深い者がこの卵を見たら危ないかもしれないとパフィオさんから言われてそれもそうかと足を運んでいません。

 そろそろ帝都の冒険者ギルドで依頼を探そうかと話していた矢先に先ほどのパフィオさんの台詞ですよ。

 「お芝居、ですか?」

 「今、隣国から劇団が来てるんだ、評判も良いみたいだからマーガレットを連れて明日行くのだが、個室のボックス席を取ったんで君たちも興味があればどうだろうか」

 私はプルメリアと顔を合わせます。

 「私はちゃんとしたお芝居なんて見たことがないから観たいと思うけど」

 私がそういうとプルメリアは少し考えてからパフィオさんに返事をしました。

 「私たちも興味はあるから観てみたいかな」

 「そうか!ならば明日の昼食後に本邸で待ち合わせて芝居見物に行こう」

 パフィオさんはパァァァと明るく屈託のない笑顔で言いました。

 明日が楽しみです。

 人生初お芝居!

  パフィオさんは普段お母様の出身地でもある領地の経営をしているそうです。

 と言っても実務は現地で起用している人たちに任せていて、上がってくる報告書に目を通すのがお仕事らしいです。

 ただ、任せっぱなしには出来ないので年に一度、領地まで視察に行くらしく船で出会ったのはその視察の帰りだったらしいです。

 夕食後ペディルム伯爵邸から私たちは離れに戻ります。

 離れに着いて私たちはサロンでお茶をしながらカトレアさん一家も一緒に休憩中です。

 「ブロワリア、剣術指南はどう?」

 プルメリアが遠慮がちに聞いてきました。

 私はお茶を飲んでいたカップをテーブルに置いて、少し考えます。

 「前よりは動けるんじゃないかな、

みんな丁寧に教えてくれるし、今までが酷い自己流だったからね」

 眉尻を下げながら話すとプルメリアは首を傾げました。

 「ブロワリア強いのに?」

 自己流が何故ダメなの?と問われますが、力任せに長剣を振り回していた時はやっぱり無駄や隙も多かったんです。

 必然的にスタミナ切れになりやすく、ここぞという時に大振りになったり力み過ぎて外したり。

 剣技としてちゃんとした形を習えば無駄がないことや今まで見えなかったことも見えてきます。

 先人が探求に探求を重ねてきた歴史ですね。

 精錬された剣士の技はもう見ているだけでも美しいんですよ、最小の動きで最大の攻撃。

 そこまでは行けないにしても、今のままではやっぱり不安なのです。

 私のミスが私だけにかかるなら良いけど、私のミスでプルメリアに何かあったらと思うと。

 「でも毎日違う人に習うから、どうしても中途半端になっちゃうのがねぇ」

 「ブロワリア姉ちゃん、ラナンさんに習うのはダメなの?」

 カクタスくんが両手でカップを持ちながら聞いてきました。

 「ご迷惑でしょうから」

 仮にも伯爵家長男の護衛騎士のラナンさんが、時折伯爵邸の裏庭に部下を集めて訓練しているのを見かけます。

 船での戦闘で騎士さんたちの綺麗な剣捌きを見て触発されたところがあるので、それはそれでもし可能ならと思わなくはないけれど、素人同然の私の相手をお願いするわけにはいきませんからね。

 「それより、明日の観劇にカクタスくんやカトレアさんは行かないのですか?」

 話を強引に変えて明日の観劇について予定を聞いてみました。

 カクタスくんは肩を窄めていますね。

 「ジッとして劇を観るとか僕には無理」

 「私もお休みをいただいたので所用を済ませたいと」

 なるほど。

 「パフィオさん、マーガレットと仲良いよね」

 普段の二人を見ているとパフィオさんがマーガレットの面倒を見ているというよりまだ幼いはずのマーガレットが手綱を持っている気がしてしまうのは何故でしょう。

 「パフィオさま、明日はマーガレットにドレスを着せてくれるんだって!」

 マーガレットが嬉しそうにはしゃいでいます。

 最初こそお兄ちゃんと呼んでいたマーガレットはカトレアさんに嗜められたらしくパフィオさんをパフィオさまと呼ぶようになっていました。

 パフィオさんが時折しょげて見える気がしていますが、何故でしょう。

 それにしても、ドレスのマーガレットはさぞかし可愛いでしょうねえ、私はドレスを着て澄まし顔をするマーガレットを思い浮かべて微笑ましくなっていました。

 ところで明日観劇に行く私たちは服をどうしましょう。

 流石にいつもの革鎧はまずいですよね?

 今日はサロンを早めに引き上げます、明日に備えなきゃいけませんからね。

 朝です、おはようございます。

 すごくたくさん寝ちゃいました。

 簡単な身支度をして持っている中で一番マシな服に着替えてサロンに集まった私とプルメリアの前で色鮮やかなドレスを二着持ったカトレアさんとメイド長のカルミアさんがにっこり笑っています。

 その後ろにはペディルム伯爵邸のメイドたち四人が控えています。

 両手に櫛や髪飾りに化粧道具を携えています。

 正直角鼠に囲まれた時より迫力が怖いです!助けて!

 私の隣ではプルメリアが引き攣った笑みを浮かべてます。

 午前中かけて身綺麗にされた私たちは慣れないドレスを断固拒否してなんとか妥協してもらいワンピースに着替えました。

 華やかな淡いピンクのオーガンジーで出来た青い花が裾をぐるりと囲ったワンピースをプルメリアが、私には淡い水色のグラデーションが可愛いシフォン生地のリボンが腰についたワンピースを着せられてしまいました。

 「おかしくない?」

 「大変お可愛らしいかと」

 「うーん」

 私もプルメリアと同じ意見です、こんな可愛くて綺麗なワンピースなんて着たこともありません、絶対似合ってないしおかしいと思うんです。

 緊張に震えている私たちに最後の仕上げとばかりに髪飾りやネックレスをつけてメイドたちはやり切った風に満足気です。

 「や、やりすぎで」「全然!まだまだかなり控えめにしたのですよ?」

 食い気味にもっと飾りたいと目を光らせているメイドさんたちに私とプルメリアは慌てて背を向けて離れを出ました。

 こ、怖かった!

 「やぁ、これは見違えた!二人とも凄く似合っているぞ!」

 ペディルム伯爵邸に着くなりパフィオさんが賞賛を浴びせてきましたが、私たちはパフィオさんの隣に座るマーガレットに目が釘付けです!

 濃い黄色のドレスに髪飾りの花とブローチは濃い青。

 対してパフィオさんはキャラメル色の準正装の燕尾服に緑のリボンタイ、胸ポケットに刺さった白い花はマーガレットですよね?

 私たちはあんぐりと二人を見比べます。

 確か帝国の貴族の間ではごく親しい異性の色を互いに身につける習慣があると本に書いてましたが。

 あからさま過ぎませんか?というより、マーガレットはまだ八歳のはずでパフィオさんとは十歳の差があるはずです。

 先に歩き出したパフィオさんとマーガレットを追う私たちに今日の護衛を担当するラナンさんが小さな声で話してくれました。

 「パフィオさまには歳の離れた妹君がいらしたんだ、仲の良い兄妹だった。母君と一緒に事故に遭われてな」

 キュラスさんが続きを引き受けました。

 「一度に大切な家族を失われて、しかも跡目争いに巻き込まれたのではないかと噂が立ち、パフィオさまはすっかり他者を信じられなくなって遠ざけておしまいになりました、虚勢を張ってご自分を大きく見せることでご自分をお守りになっていたのです、それが最近のパフィオさまはすっかり以前のように」

 キュラスさんがハンカチを取り出し目頭を押さえています。

 これ、長くなるやつ!

 「お、遅れてしまってはいけないので!行ってきますね!」

 プルメリアがキュラスさんに言って私の手を引きました。

 私たちはマーガレットとパフィオさんを追い、用意された馬車に乗り込みました。

 劇場は大聖堂近くにありました。

 真っ白な石造りの建物に濃い青の屋根。

 色とりどりのドレスの淑女が居ます。

 私たちはパフィオさんの案内で劇場の上階にある個室席に入りました。

 舞台を見下ろすおかげで端から端までじっくり観れそうです。

 並んだソファの前にテーブルがあり、飲み物とフルーツが置かれていました。

 これは現実なのでしょうか、あまりに非現実な光景に私は緊張で背中に嫌な汗をかいてしまいました。

 マーガレットも少し緊張しているのかお澄まししてジッとしていましたが、パフィオさんがマーガレットを膝に乗せてテーブルの上にある皿からカットされたフルーツをマーガレットの口に運ぶと、マーガレットは薔薇色に染めた頬を両手で押さえて溢れんばかりの笑みを見せました。

 緊張のうちにブザーがなり場内が暗くなりました。

 「ここから遥か西の国のお伽噺らしいぞ」

 「へえ」

 パフィオさんが簡単に教えてくれました。

 劇はエルフの国の王女とドワーフ国の王子のロマンスものでした。

 魔法に特化した歴史を持つエルフ国と土と技の歴史を持つドワーフ国は数百年いがみ合いながら小競り合いを繰り返していました。

 やがて被害の大きな争いがなくなり、冷戦状態になると人間の国へエルフ国の王女が留学します。

 エルフ国の王女は初めて触れ合う人間たちと友情を築いていきます。

 そこで一人の男子の同級生と仲良くなりました。

 二人はアカデミー生活の中で親交を深めていきやがて二人の間には淡い淡い恋が芽生えますが、卒業をすれば王女はエルフ国へと帰らねばなりません。

 卒業式を控えたある日、将来を約束できない立場の王女は同級生を呼び出します。

 王女は同級生にせめてエルフ国へと来ないかと聞きましたが彼は首を横に振るだけでした。

 別れの寂しさを堪えてお互いの幸せを願いながら二人はアカデミーを卒業します。

 そうして帰国したエルフ国で三年の月日が流れました。

 その間にエルフ国は隣国である獣人の国のひとつから攻め込まれていました。

 魔法を無効化する魔道具を使う相手にエルフ国は苦戦を強いられます。

 エルフ国は人質として王女を獣人国へ嫁がせる話を進めていきました。

 しかし王女は三年の間、同級生の彼への淡い恋心を捨てきれず抱えていたのです。

 説得をする父である国王に国の重鎮たち、そんな中獣人国の猛攻が始まりました。

 劣勢のエルフ国が覚悟を決めた時、国境を越えた大軍がエルフ国に援軍として現れました。

 援軍は圧倒的な強さで獣人国を退けました。

 援軍がエルフ国の王城に招かれるとその大軍の先頭に立つ旗にエルフ国の国民全てが騒めきます、旗に記されていたのはドワーフ国の印。

 そして軍を率いた若き将は王女の同級生であり、あの日々を想い合った恋の相手である男子生徒だったのです。

 彼はドワーフ国の王子でした、王女と同じく世界を知るために留学していたことを王女は知りました。

 二人は再会を果たしました、反対の声もある中二人は婚約をしやがて結婚、王女はドワーフ国へと嫁ぎました。

 二人はたくさんの子どもたちに恵まれて仲睦まじく過ごし、二つの国が手を取り合えるように尽力したということです。

 現在、エルフ国とドワーフ国はひとつの国になっています。

 実話を素にしたお芝居は臨場感たっぷりで、援軍が現れた瞬間なんて思わず立ち上がって応援してしまいました。

 幕が降りた後も私たちやマーガレットは興奮したままでした。

 パフィオさんがカフェでお茶をしようと提案して個室を出たところで、他の貴族の青年数人とすれ違いました。

 「おい、あれ」「ああペディルム家のお荷物……」「女連れかよ、いい身分だよな」

 私たちの耳に陰口が聞こえました。

 その内容にプルメリアが拳を握ります、私も拳を握ってます、ねえあなたたち、さっきから聞こえるようにわざと話してますよね?

 「アイツは呪われてんだろ」

 そのひと言にプルメリアも私も飛び出しそうになったのをラナンさんが止めました。

 見上げた私たちを首を横に振って留めます。

 「構わないさ、言わせておけばいい」

 パフィオさんが私たちに笑いかけました。

 そんなパフィオさんにマーガレットが手をギュッと握ります。

 「今日はお姫さまのエスコートという大役があるしな」

 くつくつ笑うパフィオさんは本当に気にしてなさそうに見えましたが、陰口野郎ども!顔は覚えましたからね!

 その後は平穏に過ごしました。

 カフェでは初めて見るような華やかなケーキをいただき、お土産に焼き菓子を買って帰ります。

 ペディルム伯爵邸ではキュラスさんとカルミアさんとカトレアさんが迎えてくれました。

 マーガレットはカクタスくんとカトレアさんに今日の劇の話を興奮気味に話しています。

 私たちはパフィオさんに今日の礼を言って離れに帰りました。

 「卵さんにも観せたかったよ!」

 私とプルメリアは今日の劇について卵に話しかけています。

 ところで、ずっと気になっていたのですがパフィオさんってマーガレットのことどう思っているんでしょうか。

 何となくいい雰囲気のようにも見えなくはないのですが、マーガレットはまだ八歳なんですよねえ。

 いい雰囲気だとダメではないですか?!


 

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