第16話 おもてなしも程々が良いのですよ
着きました!着きましたよ帝都!
港から馬車に乗り揺られること一時間、帝都の外壁である門を抜けて更に一時間弱着いたのは中心区にほど近い貴族区。
こんにちはプルメリアです。
帝国は円形状に街が広がり遥か頭上には王族と貴族の住むエリアがある浮島が浮いているの。
浮島へは専用の飛空艇を使うらしいのだけど、私たちにはあまり関係はないので今は浮島に向かう豆粒のような飛空艇をブロワリアと並んで見てる。
中心区には浮島へ向かうための飛空艇専用の港があり、その周囲には大聖堂を始めとする行政区、その外側に貴族区があり、そこからさらに外に向けて観光区、ギルドなどが密集する区域や街の人が住む住宅区なと細分化されながら区分けされていると、村に居た頃に読んだ本に書いていた。
張り切っているパフィオさんがこれから邸に案内をしてくれるそう。
港からの移動中の馬車で話してて知ったんだけど、パフィオさんは十八歳で私たちより二つ歳上だった。
我儘ばかり言ってた時には同じくらいか少し歳下かと思っていたからビックリしたよ。
「ほら、見えてきた。あれが帝都のペディルム伯爵邸だ」
指差した邸は白い壁が可愛いコンパクトに纏まりながらも広々とした庭のある邸だった。
コンパクトとはいえ、邸と呼ぶだけあって周囲よりもコンパクトなだけでかり、村でもかなり大きかったブロワリアの家が丸っと三つは入りそうではあるのだけど。
「名前こそペディルム伯爵邸だがここは俺に与えられた邸だから自由にしてくれてかまわないぞ」
私たちがかまうのだが?
機嫌良く前を歩くパフィオさんの後に続く私たちもカトレアさんたちも、緊張で冷や汗が出て来てしまう。
見るからに立派な貴族のお邸ですよ?私だって緊張しますよ?
立派な庭に作られた門が開いて先に使いに出ていたキュラスさんが門まで迎えに出て来ていた。
船に居た時よりきっちりと着込まれた黒い燕尾服がよく似合っている。
「ひろーい」
マーガレットが庭を見て歓喜の声を遠慮なくあげた。
「さあ、皆さま邸に参りましょう」
キュラスさんに促されて門から続く玄関までの小径を歩いていく。
低木に淡いピンクの花が咲き、ふわりと風に甘い蜜の香りが漂う。
白磁の壁に重々しい磨かれた木の扉が開かれている。
促されるままにエントランスに入るとまたマーガレットが感嘆の声をあげる。
「お帰りなさいませ」
数名の使用人らしき人々がパフィオさんを迎えるとパフィオさんは手を上げて答えた後、私たちを客室へと案内した。
「今日は何かをするにはもう遅いだろう、まずは寛いでくれ」
華やかに笑って私たちに伝えるとパフィオさんは客室の角に立っていた使用人らしき女性たちに「彼女たちは命の恩人だ、丁重にもてなしてくれ」と言って戻って行った。
「カトレアさまカクタスさまマーガレットさまは隣に部屋を用意しております、こちらへどうぞ」
使用人らしき女性のうちの一人がそう声をかけてカトレアさんたちを連れて行った。
「お嬢さま方、湯浴みのご用意をしております。先に疲れを落としましょう」
使用人らしき女性のうち高齢の女性がにこやかに私たちに声をかけて湯殿へと連れて行かれてしまった。
ここまであまりに怒涛の流れでろくに口を挟むことも出来なかった。
湯浴みを終えるとあれよあれよという間に使用人らしき女性たちにマッサージをされ、用意されたワンピースに着替えさせられてしまった。
え、この物語のジャンル変わっちゃったりしないよね?
なんて冗談を言う暇さえ与えられずにシンプルだけど品のあるワンピースに着替えた私たちはサロンに案内された。
「さあ、疲れただろう、お茶でも飲んでゆっくりしてくれ」
パフィオさんが出迎えてくれたけど、落ち着かない。
チラッと見たブロワリアも困った顔のまま固まっている。
「後で書庫に案内しよう、調べものがあるんだろう?」
「ありがとう?」
「ありがとうございます」
落ち着かないまま礼を言えば「気にするな」と笑っている。
「でも、ここまでしてもらうわけには」
うんうんとブロワリアも頷く。
「気にすることはない、ここには俺と使用人たちしか居ないんだ気楽にしてくれ」
パフィオさんが少しだけ寂しそうに笑った気がして、私はブロワリアを見て頷き合うとしばらくお世話になることに決めた。
使用人の女性からマーガレットが眠ってしまったと伝えられて私たちはパフィオさんに案内されてペディルム伯爵邸の書庫に向かった。
重厚な扉を開けば古い紙の匂いがした。
「すごい」
ブロワリアが思わずといったふうに感嘆の言葉を漏らしたが、実際に書庫はかなりの広さがあり、本の数も見たことがないほどに揃っていた。
「何を調べるのか聞いてもいいか?」
「えっと、卵」
「たまご」
私の答えにパフィオさんが復唱してキョトンとしている。
「見たことのない卵でプラムの商業ギルドでもわからなかったの、その時に帝都の図書館なら何かわかるかもって教えてもらって」
私が詳しく言えば「なるほど」と少し思案して書庫の奥へと向かって行った。
私たちはパフィオさんの後を追った。
「この辺りが生物学に関する書物だな」
パフィオさんが足を止めた本棚から一冊本を取り出して開いてみる。
「卵の種類とかはないのかな」
「流石にそんなピンポイントの本はないでしょ」
「あるぞ?」
「あるの?!」
パフィオさんが一冊のかなり大きな本を取り出して入り口近くにあるテーブルに置いた。
「すごい!」
開いたページいっぱいに色んな動物や鳥、魔獣と卵が載っていた。
私たちは一頁ずつ読んでいくが、紫から白に輝く卵は見当たらなかった。
というよりグラデーションの卵が見当たらない。
「うーん、ないなぁ」
「現物を見せてもらうことは出来るだろうか」
パフィオさんが遠慮がちに聞いてくると、ブロワリアが私の腰に下げていた巾着袋に手を入れて手のひらの大きさをした紫から白のグラデーションが美しい卵を取り出した。
「これは、綺麗だな。だが、確かにこの本には載っていなかったな」
「何の卵なんだろう、これ一緒に手記も見つけたんだけどね」
ヒントはなかったんだよなぁと私はため息を吐いた。
そうこうしているうちに、時間はすっかり経ってしまっていたようで晩餐にキュラスさんが呼びに来て一旦書庫を出ることにした。
通された食堂はかなり広く縦長のテーブルに真っ白なクロスが敷かれている。
立派な椅子を引かれて座るとマーガレットたちもやってきた。
そうして運ばれてくる見たこともないようなご馳走にひたすら驚くばかり。
テーブルマナーなんてブロワリアが家庭教師に教わったのを教えてもらった程度にしか知らない。
チラリとブロワリアを見たがブロワリアも顔を青くさせている。
気にせずはしゃいでいるマーガレットの肝っ玉が今は羨ましい程。
「気負わないで普段通りでいいぞ」
そうは言ってもこんなご馳走食べたこともないし、この殻付きの海老はどうしたらいいの。
途方に暮れていると横からサッとキュラスさんが大きな海老の乗った皿を取り、殻を器用に外してくれた。
ちなみにカクタスとマーガレットの皿には最初から殻の外した海老が乗っていた。
私も子供用で良いです。
緊張する晩餐は味もわからないほどで、食事が終わる頃にはドッと疲れてしまっていた。
カトレアさんも同じだったらしく、食後に運ばれて来た紅茶を飲みながら申し訳なさそうにパフィオさんに進言した。
「これほどの待遇、私たち平民にはあまりに過分です」
「そうなのか?」
「私もここまでして貰わなくても」
カトレアさんに続いて私も加勢する。
「俺はまた間違えたのか?」
明らかに肩を落としたパフィオさんに私たちはオロオロとするばかり。
冷たくされたり意地悪をされたなら幾らでも言い返せるが、好意を過度に向けられるのは慣れていなさすぎる。
「あの、よろしいでしょうか」
そんな私たちにキュラスさんが声をかけた。
「この邸にお坊ちゃんが友人を招くのは初めてのことにございます、そのため邸の使用人たちもかなり浮き足立っており、みなさまがお許しくださるなら帝都に滞在の間だけでもお付き合い願えませんでしょうか」
待って?友人を招くのが初めて?
私たちはパフィオさんに目を向けた。
気まずそうに力なく笑ったパフィオさんが小さくつぶやく。
「友人と呼べる者が居たことなどないんだ」
嗚呼、出会った頃のパフィオさんならそうだろうと納得しかけて、首を振る。
「あ、あの、友人としては構わないのですが、食事とかはもう少し控えめにしていただけたら、私たちも受け入れやすいというか、その、偉そうにすいません」
ブロワリアもどう対応すべきか困っているのだろう。
「では、そのように致しましょう。おぼっちゃま離れを使っていただくのは如何でしょう、本邸よりも過ごしやすいのではないでしょうか」
「離れか、うん、では俺も暫く離れに」「ダメですよ!」
口を挟んだのは私たちの案内をしてくれていた高齢の女性。
「年頃のお嬢さんと離れで過ごすなんてダメですよ!おぼっちゃまは本邸でお過ごしくださいまし!」
ピシリと言って退けた女性にパフィオさんは頭を掻いて頷いた。
「カトレアさま、先程帝都のレストランから連絡があり是非明日にでもお会いしたいとのことです」
女性がカトレアさんに伝えるとカトレアさんが肩をすくめ小さくなりながら何度も礼を言った。
「離れは明日中にご用意致しましょう、本日はこちらの邸にて旅の疲れを癒やしてくださいまし」
和かな顔付きでそう言った女性に案内されて私たちは食堂を後にした。
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